第3部 住民に身近なPFI
       

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第3部 住民に身近なPFI

第5章 地方自治体とPFI

1 NPM理論から誕生したPFI

 PFIという制度はNPM理論から誕生したことは第1部の冒頭でも述べたが、ここで特筆すべきことは、NPM理論の中に「顧客主義への転換(=顧客志向)」という新たな発想があることである。「顧客志向」とは、公共サービスの提供対象である住民を公共事業の「顧客」としてとらえ、公共サービスの業績/成果を「住民ニーズを重視」して評価するという考え方である。

 この考えに基づいた具体例としては、マーケティング調査を通じて住民ニーズを政策や事業に反映させることや、住民にわかりやすい指標を導入した政策評価により、住民監視のもとで事業の改善を図ることなどが挙げられる。いずれも住民の視点・立場で、より効率的で良質なサービスの実現を目指すものである。

 当然のことながら、PFIの制度にも、この「顧客志向」の発想はある。PFIに期待される成果として、「PFI基本方針」の中に「第一に、国民に対して低廉かつ良質な公共サービスが提供されることである。」という記述があることからもわかる。しかしながら、我が国では、PFIを語る際、このことについてはあまり議論されていない。

NPM理論

 1980年代半ば以降、英国などのアングロサクソン系諸国を中心に形成された行政運営理論。主に、行政実務の現場から形成されてきたマネジメント理論であり、積極的に民間部門の経営理念・手法等を公的部門に導入し、行政の効率化・活性化を目指す。
具体的には下記の4つの考え方を基本としている。
 
@業績/成果による統制(成果重視、契約型システムへの転換)
 A市場メカニズムの活用(民営化、エージェンシー化、PFI導入)
 B顧客主義への転換(住民を『顧客』ととらえる)
 Cヒエラルキー簡素化(業務単位に細分化した組織に改革

2 住民に身近な公共サービスへのPFIの適用

 NPM理論やPFIの重要な理念である「顧客志向」を具現化するためには、より住民に密着した公共サービスを提供する分野において、PFI導入の取組を進めることが必要ではないだろうか。なぜなら、こうした住民に身近な公共サービスにPFIを導入することを通じて、事業コストの縮減だけでなく、サービスそのものの質的変化や、それに対する住民の満足度を把握し、確認することができるからである。

  「顧客志向」を実務的にとらえるとき、サービスの受け手である顧客(=住民)により多くの利益をもたらし、満足度を向上させることが、NPM理論に沿った考え方となるのである。PFI導入で、こればかりが期待されがちな「コストの縮減」についても、そもそもは「Value for Money(=住民負担に見合うサービスの実現)」や「Getting More for Less(=より少ない負担でより多くのサービスを)」という住民起点の発想から始まったものである。

 NPM理論やPFIの理念に沿った行財政改革を実現したいと考えるならば、まずは住民の顔が見え、住民の反応・意見を把握しやすい「身近な公共事業」から改革の取組に着手してみることが効果的ではないだろうか。

 そこで、第3部では、これまであまり議論されてこなかった、住民に身近な公共事業へのPFIの導入について検討してみる。

住民に身近な公共サービスの例

・学校・図書館・公民館・博物館・体育館・病院・保健所・公営住宅
・道路・橋・公園・水道・下水道・ゴミ処理・リサイクル
・住民票・戸籍登記・パスポート・自動車免許・警察・消防

3 地方自治体がPFIに期待するもの

 最近、公共事業の実施に当たって、PFIの具体的な検討や発注手続に入る地方自治体が増加している。地方自治体はPFIに何を期待しているのだろうか。

(1) 事業コストの縮減

 一般的に、公共事業にPFIを導入すると、従来型公共事業よりもコスト縮減が期待できるといわれている。この理由については第1部でも述べたが、あらためてPFIならではの特筆すべき点を二つあげる。

ア ライフサイクルコスト

 ライフサイクルコストとは、施設の企画・設計から建設、維持管理、修繕、解体・撤去までにかかる総コストのことをいう。PFIではVFMの算出にあたり、このライフサイクルコストを考慮する。

 従来型公共事業では、一般的に地方自治体が維持管理などのコストを考慮しないで施設を建設するため、管理・運営コストがむこともある。一方、PFIでは設計・建設から管理・運営までを同一民間事業者にゆだねることにより、民間事業者の創意工夫で最も安いライフサイクルコストの組み合わせを選択させ、事業コストの縮減を図ることが可能になる。

イ 性能発注

 従来型公共事業の契約とは、例えば建設工事であれば、定められた仕様に基づいて施設を建設する「請負契約」であり、業務委託であれば仕様書に定められたことを確実に履行することを求める内容であった。これは、どの業者が受注しても同じものができることを重視した発注方法であり、民間事業者のもっているノウハウを発揮させるということについては消極的にとらえていた。

 PFI事業では、地方自治体が民間事業者に求めるのは施設の「仕様」ではなく、施設が満たすべき「性能」である。そして、その「性能」を発揮するための「仕様」の決定は民間事業者にゆだねることになる。性能発注方式では、民間事業者は自ら持っている能力を最大限活かすことが可能となり、事業の効率性が上昇し、事業コストの縮減を図ることができる。

(2) 民間事業者による公共サービスの創意工夫

 地方分権時代が到来し、地方自治体の裁量が拡大し、地域の特性やニーズに応じた、きめ細やかな地方自治体独自の行政運営が求められている。生活に必要な都市基盤整備が一定の水準に達しつつある現在、多様化・個別化した住民ニーズに対応していくためには、柔軟性・効率性という民間事業者の持っている利点を最大限に活用して地方自治体の運営を行うことが望ましい。PFI導入によって、民間事業者が公共事業において主導権を発揮すれば、弾力的で柔軟性・効率性のある公共サービスを提供できるようになるだろう。

 このようなメリットを持つPFIに、各地方自治体は大きな期待を抱いている。しかしながら、第4章の事例紹介やアンケートからもわかるとおり、大規模な事業へのPFIの導入は進みつつあるものの、住民に身近な公共事業への導入はほとんど見受けられない。それは、住民に身近な公共事業とPFIの間に、何か越え難い障壁があるからなのだろうか。


第6章 何が問題か(住民に身近なPFIの導入が進まない理由)

 地方自治体がPFI導入を検討する際、懸念される主な問題点は、次の3点である。

  ○事業規模が小さいこと
  ○VFMの算出が複雑で難しいこと
  ○第三セクター方式と混同されやすいこと

そこで、これら問題の内容とその本質を述べてみたい。

1 事業規模が小さいこと

(1) VFMは得られるか

 PFIは、大規模な公共事業向きといわれており、実際、我が国で事業化されたもの、あるいは検討されているものは大規模な事業が多い。

 事業規模が大きければ、その分縮減可能なコストは多額になるが、事業規模が小さければ少なくなる。しかし、規模の大小にかかわらず、契約締結等にかかるコスト(アドバイザー費用など)の額に大きな変化はないので、小規模事業の場合、そのコストに見合ったVFMが得られないと考えられているのである。(図表Y−1 略)

 地方自治体が発注する公共事業の大半は「住民に身近な事業」であり、それらは概して小規模なものである。この種の事業にPFIが使えないとなると、多くの地方自治体ではPFI導入の機会を逸してしまうことになる。

(2) レプリカブル

 ある地方自治体で実施した事業の実施過程や成果物は、他の地方自治体でもそのまま参考にできる。これをレプリカブルという。

 地方自治体が抱えている身近な問題は、その多くは他の地方自治体と共通している。さらに、「事業規模が小さい」ということは、事業形態がシンプルなものが多く、同様の事業を行うにあたり「参考にしやすい」ということにもつながる。

 地方自治体が住民に身近な公共事業へのPFI導入を試みる場合に、初めの一例こそアドバイザー費用などに多額のコストを要するものの、2回目以降の同種の事例においては、コストを縮減していくことが可能となる。したがって、似たような行政課題を抱えている地方自治体が数多く存在するのであれば、問題を共有している地方自治体全体で初めのアドバイザー費用などを負担できる仕組みを作れば良いわけである。

 そこで、小規模事業におけるPFIを成立させる手だてとして、次の二つの仕組み(政策)を提案する。

ア 小規模PFIアドバイザー等費用補助事業

1 事業内容・目的
  小規模事業にPFIを導入する地方自治体に対し、事業スキームの検討(リスク配分)、PSCの計算、事業者の選定、契約書の作成等に関するアドバイザー委託料に対する補助を行う。これにより、少額の初期費用でPFI事業の実施が可能になると見込まれる。

2 事業主体
  地方自治体を構成員とする広域連合

3 対象事業
  事業採択の要件は次のとおり。
・各地方自治体に共通する行政課題の解決を図る事業であること。
・予定される事業費が比較的少額であること。
・全国的に見て、同種の事業がPFIで行われた例のないこと。

4 事業成果の取扱い
 事業成果は広く他の地方自治体に公開し、同様事業の実施において活用することができるようにするものとする。

イ 小規模PFI事業推進人材派遣事業

1 事業内容・目的
 PFIの経験のない地方自治体に対して、PFI事業の技術的指導を行うため、少額の委託料で招可能なアドバイザーを派遣し、事業の発案から募集、選定、契約、事業実施におけるモニタリングまで、様々な段階での相談に応じる。これにより、少額の初期費用でPFI事業の実施を可能とすることを目的とする。

2 事業主体
  半官半民組織

3 対象となるアドバイザー
  民間事業者、学識経験者、PFI事業実績のある地方自治体担当職員などPFI事業に実績のある者を対象とする。事業主体がこれらの者を登録し、各地方自治体の依頼内容に応じて、適任者をアドバイザーとして選定・派遣する。

4 事業成果の取扱い
  事業主体が、アドバイザーの成果を集積し、さらにこれを分析活用することで、PFI事業のさらなる効率的かつ効果的な実施を図る。また、広聴広報活動により、住民に対してもPFI事業の周知を図る。

(3) ローリスク・ローリターン

 こうした様々な支援策を講ずることにより、小規模事業でもPFIが成立するということになれば、小規模ならではのメリットが見えてくる。それは「ローリスク・ローリターン」ということである。「リスク」とは事業を進めていく上でマイナスとなる不確実要素、「リターン」とは事業利益のことである。ローリスク・ローリターンということは、思いがけない負債を抱える可能性が低く、安定しているが、事業利益も少額であるということである。

 事業費が少なく、住民に身近な事業は、事業構造がシンプルであることが多いため、リスクが比較的限定されている。これは、PFI事業を行う民間事業者側の負担を軽くすると考えてよいだろう。

 一般に、大きなリスクを受け入れられる事業者は、大きい利益を期待する。こうしたハイリスク・ハイリターンの事業構造を受け入れられるのは、需要予測などに自信を持ち、PFIの経験を積んだ大企業に限定されるだろう。中小企業でこのような大きなリスクを負って事業ができるような者は少ないので、ハイリスク・ハイリターン型のPFI事業に幅広い層の企業による応札は期待できない。しかし、ローリスク・ローリターン型の事業であればPFI事業の経験が浅い企業でも入札に参加することができるだろう。その結果、多くの中小企業がPFI事業へ参入することができるようになり、公共部門と民間部門のパートナーシップという貴重な経験を積むことが期待できる。

2 VFM算出の困難性

(1) ノウハウの不足

 PFIの実施にあたっては、公共部門がPSCを算出し、PFIを実施した場合のコストと比較し、従来型公共事業と比べてより高いVFMが達成できるかどうかを判断する。しかし、PSC算出の基礎となる、従来型公共事業コストの積算とリスク評価は非常に困難かつ精緻な作業である。地方自治体職員の中にも、PSCの算出、リスク評価・配分に関する十分な知識がないため、PFIを実施したくても、二の足を踏む人もいることだろう。また、たとえその精緻な作業を行っても、VFMが達成できないとPFIを実施できないと考える人もいるかもしれない。このPFIにつきもののVFMについては、どのように考えればよいだろうか。

(2) VFMはどこから生まれるか

 PFIを実施する場合には、従来型公共事業で実施する場合と比べると、公共部門の負担が増大する要因と負担を縮減させる要因がある。まず、負担増大要因としては、「PFI事業者(=民間事業者)の利益」、「資金調達コスト」、「アドバイザー費用」などがあげられる。そして、負担縮減要因としては、「性能発注」、「ライフサイクルコストの最少化」、などがあげられる。VFMはこれら二つの微妙なバランスから生じてくるのである。

(3) 財政負担を増大させる要因

 負担増大要因のうち、「アドバイザー費用」はPFIの複雑な手続を行うために生じるものであり、PFI導入に際して必ずといってよいほど発生する。「PFI事業者の利益」は、PFI事業に参入しようとする民間事業者の最大のインセンティブとなるもので、民間事業者に事業を委ねる場合に無視することはできない。「資金調達コスト」の増大は、従来型公共事業とPFIにおける調達金利の金利差から発生する。従来型公共事業においては、資金調達コストは国債・地方債金利がこれに該当する。現在、国債・地方債金利は約2%である。これに対し、PFIにおいては、プロジェクト・ファイナンスの金利は、市場から調達する金利(=市場金利)にプロジェクトにおけるリスク評価分(=貸し手金融機関のマージン)を含んだものとなる。市場金利自体が国・地方債金利よりも高い上に、更に貸し手金融機関のマージンが上乗せされるため、プロジェクト・ファイナンス金利は現在10%近くなるといわれている。資金調達コストを表面的にとらえるなら、国債・地方債の金利の方が圧倒的に低いが、国債・地方債の金利には、先述のとおりプロジェクトのリスク評価分が含まれていないため、単純に比較することはできない。

(4) 財政負担を縮減する要因

 財政負担縮減要因の一つに、「性能発注」がある。「性能発注」とは、従来型発注方式である仕様発注に相対する考え方である。仕様発注では、発注者が企画・設計などの詳細(=仕様)を決定したうえで、施工のみを受注者に行わせるが、受注者は仕様に基づく施工部分しか請け負わないため、使いやすさ、新しい技術、メンテナンスなどに対して受注者側の創意工夫が反映される余地がほとんどない。これに対し、性能発注とは、発注者が求める最終的な性能(=アウトプット)を明らかにし、企画・設計から施工までをすべて受注者に行わせる。このため、仕様について受注者の裁量の余地ができ、受注者の創意工夫が発揮されやすくなる。

 そして、性能発注に加え、一括発注を行うことで、「ライフサイクルコストの最少化」を図ることができる。従来型公共事業は、設計、施工、維持管理の各プロセスを、それぞれ分離して発注していたため、公共施設のトータル的なコスト(=ライフサイクルコスト)を縮減するという受注者のインセンティブがなかった。しかし、一括発注の場合には、ライフサイクルコストの縮減は、民間事業者にとって、事業権獲得の(価格)競争に勝つことと、利益を増大させるという二つのメリットをもたらす。ゆえに、民間事業者はライフサイクルコストを縮減させるために、施工費、維持管理費が少なくてすむような設計を行うのである。例えば、照明費を縮減するために窓を大きくすることや、明るい窓側に作業空間を配置することである。また、空調費を縮減するため、部屋の配置を考えることや、太陽光の熱を空調に活用することなどがそれにあたる。

(5) VFMがすべてか

 VFMは、これら負担縮減要因と負担増大要因の差と表現することができる。このため、負担増大要因を上回るような負担縮減要因がなければ、VFMが出ないこととなる。つまり、公共事業をPFIで実施する意味がないことになる。しかし、負担縮減要因も負担増大要因も金銭的な価値として算出することは非常に困難であり、この困難な作業にこだわり過ぎると、PFI導入自体にブレーキがかかってしまう。逆に、PFIによって事業を実現するために、的にVFMを出すことにもつながりかねない。ここで忘れてはならないのが、PFIにはVFMという金銭的メリット以外にも、利用者に対するサービスの向上、社会環境に対する負荷の縮減など、金銭的な価値以外の様々なメリットがあるということである。

3 第三セクター方式との混同

(1) 第三セクター方式の問題点

 我が国では、1980年代後半のいわゆる「中曽根民活」以来、第三セクター方式により、民間部門が社会資本整備に参画する事例が数多く見られた。しかし、バブル崩壊をきっかけに、この第三セクター方式は一気に暗転し、経営不振に陥るケースや、経営責任が明確にならないまま破綻するケースが目立っている。こうした第三セクター破綻による後年度財政負担は、地方自治体の財政を確実にみつつある。PFIについても、この第三セクター方式と名前を入れ替えただけで、第三セクター方式の失敗を繰り返すのではないかという危惧が各地方自治体職員はおろか、市民にまで及んでいる。そこで、PFIが従来型公共事業と比べて、地方自治体にとって後年度財政負担とはならないかどうかを検討する。

(2) 後年度財政負担の考え方

 従来型公共事業は、支出面だけからとらえれば、初期に多額の建設費を支出し、その後の運営期間には少額の維持管理費を支出することになるため、後年度の債務負担は少ないと考えられている。しかし実際には、初期コストは起債により調達し、後年度にこの償還費が発生することになるし、維持管理費が当初に債務として計上されるわけではないので、後年度財政負担は決して軽いものではない。

 さらに、これをリスクという観点からとらえると、後年度財政負担に対する考え方に新たな一面が浮かび上がってくる。従来型公共事業では、第三セクター方式を含めて、すべてのリスクは公共部門が負担することになっていた。自然災害によるリスク、事業破綻によるリスク、経済環境の変動リスク、需要に対するリスクなど従来は公共部門が行う事業であったため、顕在化していないものもある。PFIでは、これらのリスクをすべて分析し、公共部門と民間部門でリスクの適切な分担を行う。民間部門はサービスの提供を行う責務を負い、公共部門は民間部門に一定額の支払をする責務を負う。この一定額の支払には、明確に分担されたリスクに対するものも含まれているため、一概にPFIが後年度財政負担を増加させるとはいえないのである。

(3) 従来型公共事業の本質的な問題点

 従来型公共事業の本質的な問題点は、その運営主体が第三セクター方式であるか否かではなく、住民ニーズを反映したものであったかどうかということである。例えば、劇場やホール、その他の公共施設で住民ニーズを把握せず、採算の見通しもたたないまま整備されているようなものがないだろうか。もしそうだとしたら、不必要な債務が累積し、最終的には住民にその債務を負担させることになる。

 この問題をPFIに置き換えた場合どうなるだろうか。民間事業者は採算を重視するため、市場を調査し、分析する。採算のあわない事業には参入することはないため、この段階で事業の選定が厳しく行われる。このため、PFIでは住民に対し、より必要性の高いサービスを提供できるようになるのである。従来型公共事業においてもPFIにおいても、問題は「何が必要とされているか」であり、住民ニーズを的確に反映しなければならないことには変わりがない。そして、PFIの方がそのチェック機能において勝るところがあるといえよう。

第7章 手軽にPFI

1 「PFI的」手法の提案

 以上に見てきたように、地方自治体がPFIを実践しようとした場合に、それをさせるような要因がいくつかある。また、それに対する考察により、その要因がどのような性質のものであるかについて述べた。今度はそれとは違う観点から、PFI事業を実践する方法について考えてみたい。

 その鍵になるのが「PFI的である」ことである。PFI(慣用的に日本版のものも単に「PFI」と呼ばれている。)は、元の意味でわかるようにPrivate Finance(=民間資金)を使った事業手法である。しかし、「PFI法」では、必ずしも資金調達を民間事業者が行うことを要件としていない。いわゆるBOTなど初期投資を民間事業者が行うもの以外の計画も考えられるのである。

 この章では、この「PFI的」事業手法を用いることを鍵として、地方自治体でPFIを実践する方策について述べる。

2 手続をシンプルに

(1) 契約を複雑にしているのは何か

 PFIによる事業契約が複雑であることが、事業実施に係る手続を複雑にしている。契約を複雑にする主な要因にリスク配分の取扱いがあげられる。とりわけ、事業期間が長いことにより潜在的なリスクが多くなることから、契約書に多くの条項を割かねばならないこととなる。また、ファイナンス(=資金調達及び返済)に係る取り決めも契約を複雑にしている要因の一つである。

 契約が複雑であると、地方自治体職員の手に負えない部分が増え、アドバイザーの関与する部分が多くなる。結果として、PFI事業実施手続に係るコストがかさむこととなる。

そこで、契約内容を単純にすることを検討してみよう。

(2) リスク配分を見直す

 リスクは二つに分けて考えることが出来る。「予期されうるリスク」と「潜在的なリスク」である。「予期されうるリスク」とは、利用者数による収入の増減など、その事業を行っていく上で当然前提とするべきものであり、あらかじめその影響について計量可能なものである。それに対して「潜在的なリスク」とは、通常はそれを意識しないで事業を執行している、事故による損害のようなものである。実際にこの「潜在的なリスク」はPFIであるか否かにかかわらず常に存在しており、それが顕在化することにより、そのコストが地方自治体の負担となる。

 まず、民間事業者への「予期されうるリスク」の移転を少なくする。つまり、PFIだからといって移転できるリスクを全部移転させるのではなく、民間事業者が事業の適正な実施に必要なインセンティブを発揮できる範囲で、その計画の要となるリスクのみの移転にとどめるのである。ここで、先に述べたように事業のシンプルな形態はリスクを把握するのも比較的容易であることを掲げておく。

 次に、民間事業者への「潜在的なリスク」の移転はほとんど行わない。すなわち、一度起こると(顕在化すると)事業に重大な影響を与えるような「潜在的なリスク」については、従来型公共事業でも保険などに加入しており、このようなリスクは公共部門が負っていても民間部門が負っていてもその負担額が大きく変化することはないだろう。これらのリスクについてはすでに民間保険会社などに移転してしまっているのである。これを改めて民間事業者に移転するために契約内容を複雑にするくらいなら、リスク移転のリストから外しても良いのではないだろうか。

 「潜在的なリスク」を考慮しない最大の効果はPSCの算出時に顕れる。PSCは建設コスト、運営コストとリスクの調整(定量化)を積み上げて算出されるが、一番困難なのはこのリスクの定量化である。実際、リスクの定量化の方法については今までに確立されたものはなく、これから研究されていくべき課題となっている。

「予期されうるリスク」と「潜在的なリスク」、この二つのリスク移転を少なくすることで、PFI契約の複雑さはかなり緩和されることとなる。

(3) ファイナンスを単純化する

 一般に、PFIには事業の信用力で資金を調達するプロジェクト・ファイナンスが適しているといわれている。その理由は、PFI事業は投資と事業による収益及びリスクの取扱いが契約上で確立していること、また民間事業者として当初の借入金を自己の負債として貸借対照表にのせることで経営指標を悪化させたくないことである。しかし、プロジェクト・ファイナンスはその回収を当該プロジェクトのみに頼っているので、金融機関としても契約内容に慎重にならざるを得ない。

 そこで、従来から行われているコーポレート・ファイナンスに着目してみよう。先に述べたように、住民に身近な公共事業は比較的小規模なものが多いので、その負債額も他の大規模事業に比べて小さくなる。これを自己の負債としても大きく影響しないのであれば、コーポレート・ファイナンスによる資金調達としてはどうだろうか。コーポレート・ファイナンスは、事業会社の信用(事業自体の信用ではなく)で融資が行われるもので、民間事業者が設備投資などを行う際に、日常的に行われている融資方法である。したがって、その融資方法などは十分に確立されており、プロジェクト・ファイナンスほどの複雑さを持たない。

 ファイナンスはリスクへの対応と関わることが不可避なため、ファイナンスを単純化することは(2)で述べたリスクの総量を少なくする。したがって、契約が単純になることは間違いない。

3 デザインビルド・オペレートによる事業の提案

(1) デザインビルド・オペレートによるPFI的手法

 デザインビルド・オペレート(=DBO)とは、英国で行われているPFIの一形態であるDBFOのF(=Finance)を除いたものである。

 デザインビルド・オペレートでは、事業実施に必要な施設の建設費を公共部門が当初に負担し、その所有権を取得するところがDBFOと異なる。

(2) デザインビルド・オペレートのメリット

ア 公の施設の整備

 公共事業に多くあるものとして「公の施設の整備」が挙げられる。公の施設の整備をPFIで行うにあたっては、民間事業者が全般的な施設の運営を行うこと及び使用料を自己の収入にすることについて制限されている。つまり、地方自治法の公の施設に関する規定がPFI事業においてもそのまま適用されるのである。したがって、公の施設をPFIで一般的なBOTなどの手法で整備しようとすると、SPCが公共部門の出資団体に限定されてしまったり、SPCへの投資の回収(借入金の返済)が直接使用料収入から行えず、公共部門からの委託料などによって行わざるを得なくなったりと、事業計画に制約が増える。

 それならば、施設整備に係るコストは従来通り公共部門が当初に負担し、運営についても公共部門が行い、「事実上の業務」だけをSPCに行わせるという方法がとれないだろうか。

イ ライフサイクルコストの考慮

 デザインビルド・オペレートで民間事業者の創意工夫を活かすのは、性能発注と、一括発注にある。民間事業者は、公共部門が示したアウトプット仕様を満たし、かつ建設費及び事業期間中の維持管理コストが低廉となるように設計を行うことが期待できる。

ウ 移転すべきリスクの縮減

 デザインビルド・オペレートによる事業計画で、SPCの負うリスクがかなり限定され、少なくなる。通常のPFIであれば、運営に係るリスクの多くを負ったりするが、特にアで述べた「公の施設の整備」のように、運営については従来通り公共部門が行った場合などにおいては、仮にソフト面での企画をPFI事業者の業務に加えていたとしても、限定されたリスクのみの移転となろう。

 ただし、SPCへの限定されたリスクのみの移転にとどめると、維持管理についての十分なインセンティブが働かないおそれがある。これを回避するために、運営期間中の公共部門のSPCへの支払は委託料の中に、施設の状況に応じて支払額を変動させるような(アベイラビリティ・フィー)要素を加えておくことが適当だろう。             

エ 従来型財源による建設

 施設の建設時に建設費を支払ってしまうことにより、公共部門は建設については従来型公共事業の財源、すなわち、国庫補助金及び地方債を用いることができる。これは、PFIによる資金調達コストを縮減することとなる。

もっとも、現在の国庫補助金のシステムでは必ずしも自由な設計、つまり補助事業の採択基準にこだわらない設計では、国庫補助を受けられるとは限らない。今後、PFIで使える補助メニューが増え、民間事業者の創意工夫の余地ができれば、かなり効果があろう。

(3) デザインビルド・オペレートのPFI的要素

 ところで、この方式はPFIとしてのメリットを具備しているのだろうか。

ア VFM

 少なくとも従来型で設計し、従来型で建設し、従来通り維持管理委託するのに比べ、ライフサイクルコストを意識した設計により、すべてが一括して同じ民間事業者に性能発注されることによるコストの縮減は期待できる。

イ 競争性

 維持管理の段階においては、特定のSPCが長期にわたり委託を受けることになるが、事業の当初でライフサイクルコストを考慮して競争性を発揮させているので、競争性は十分確保される。

ウ 透明性、説明責任

 長期にわたる契約を見積もるにあたり、入札参加者に対し公開された情報を示す必要があり、また、債務負担行為の設定及び施設建設に係る議決などが必要なこともあり、透明性及び説明責任が他の事業手法に比べて不十分ということはない。

4 手軽にPFI

 PFIが敬遠され、なかなか浸透していかないのは、手続が煩雑なこともその一因となっている。そこで、その手続を簡素化してしまおうというのがこの章のねらいである。

 ここで取り上げたのは、リスク、ファイナンスの見直しとデザインビルド・オペレートによる事業化であるが、工夫次第で他にもいろいろ考えることができるだろう。先行事例といわれるものの中には、埼玉県が実施したSKIPシティ整備事業で見受けられるデザインビルド・オペレートの実践のようなものもある。

 完全なPFIとはいえないとしても、経験のない地方自治体が複雑なスキームを持つ事業にいきなり挑むより、どのような形であれPFIを用いた事業を行っていくことで、一つはPFI契約に必要な知識として、また、それとは別にコスト意識として、職員の資質を向上させていくこととなり、これがその地方自治体の財産となることは間違いない。

SKIPシティ(さいたま新産業拠点)整備事業

埼玉県及びNHKが、民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して、以下の事業を川口市において実施しようというものである。

・県映像関連施設の設計、建設、維持管理及び一部の運営・行政施設の建設及び維持管理
・NHKアーカイブスの設計、建設及び維持管理
・民間企業入居施設の設計、建設、維持管理及び運営
・道路の建設

 県は、県関連の施設を一体発注することによるスケールメリット効果や事業者の創意・工夫を活かしたデザイン(設計)、ビルド(建設)、オペレート(維持・管理)の導入により費用の軽減を図る。また、映像関連施設の運営を民活手法で行なうことにより、効率の良い運営や運営費の軽減を図る。これらの効果を得るために提案競技を実施して、事業者を決定した

       ここまでのまとめ  − あなたのまちにPFIを −

 昨今、公共事業のあり方が問われる中で、市民という存在が大きな役割を担いつつある。
市民の目には、現在の地方自治体は、増大する地方債などによる財政の硬直化や、少子高齢化、構造的な景気低迷に伴う税収の減少など、強い閉塞感と先行きの不安感に包まれているように見えるのではないだろうか。また、公共事業にまつわる不祥事や、住民不在といわれる公共サービスの実態が、公共事業に対する市民の信頼の低下を招いている。このような状況の中で、公共事業のあり方については、効率的な事業執行、サービスの質の向上など、大きな変革が求められているのである。

 新たな公共事業の手法として我が国に導入されたPFIは、事業実施にあたり「透明性の確保」や「情報公開」を必要とし、また「競争の原理」などの市場メカニズムの導入による「サービスの向上」が期待できると考えられている。

 当初、私たち研究チームにおけるPFIの受け止め方は「PFIの導入は新たな公共負債の増大要因となるのではないか」又は「財政のさらなる硬直化につながるのではないか」というものであった。しかし、PFIを一年にわたって研究した現在、PFIの導入は「対象事業におけるVFMの確保」にとどまらず、「PFIで得られた成果を他の公共事業にも活かし、公共事業全体の変革が期待できるもの」と感じるようになった。このため、本報告書でも、PFI普及の必要性やPFI導入・活用の方策などに重点を置いて述べてきたところである。

 PFIは、我が国においてはまだ生まれたばかりの制度であり、今後、様々な形態により導入が進み、その成果が検証されていくものと思われる。我が国より一歩先を行く英国においては、官民それぞれの得意分野を活かしたパートナーシップ型の事業形態が進み始めている。我が国の先行事例でも、PFI事業者(民間事業者)が運営する公共施設と、公共部門が運営する既存公共施設との連携を試みるものもある。今後は、公共部門と民間部門に加えて、第三の主体としてNPOなどの市民セクターも巻き込んだ運営形態や、事業監視体制のあり方などについても、研究を進めることも必要となろう。

 どのような事業形態を導入するにしても、大切なことは「公共事業の成果を市民のもとに還元していく」ということであると、私たちは考える。多くの自治体がPFIを経験し、その経験を他の事業にも活かしながら、住民が望む公共事業の変革が進むことを、私たちは期待する。

 

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