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第1部 PFIとは何か 第1章 今、地方自治体に求められること 1 行財政改革のための新しい考え方 近年、地方財政の悪化等を背景に、全国の地方自治体では「事務事業評価・政策評価」や「バランスシート」、「PFI(Private Finance Initiative)」など、行政運営の新しい改善手法が検討され、導入されつつある。 こうした新しい手法の一つであるPFIとは、「公共施設等の設計、建設、維持管理及び運営に、民間の資金やノウハウ等を活用して、公共サービスの提供を民間主導で行う手法」のことである。PFIでは契約期間が長い場合には、20〜30年にも及ぶ。当初の取り決めが、20年、30年と引き続くことを考えれば、いかに最初の契約内容が大切かは想像できよう。 つまり、PFIでは、その本質を正しく理解し、いかにPFIの特長を活かした契約を結ぶことができるか、がポイントになる。PFIの導入がなぜ求められているのか、PFIの根底にある考え方は何かが、正しく地方自治体職員に理解されていなければ、適切な契約が結べず、PFIが有効に機能しなくなってしまうだろう。 (1) さまざまな住民ニーズと財政 一般に社会が成熟化すると、住民ニーズも多様化・高度化する。 近年、国の一般会計歳出額は、急激に伸びている。また、公債残高も(特にバブル崩壊以降、景気の回復に向けた経済対策の影響もあり)右肩上がりとなっている。(図表T−1)
埼玉県の状況も同様である。長引く不況の影響により、県税収入は平成3年度をピークに、その後低迷を続けており、11年度決算額は、2年連続で前年度を下回っている。その一方で、国の経済対策に対応した事業を実施するために発行された県債の累積残高も増加の一途をっており、12年度末残高(見込み)は3年度末の3.3倍となる。(図表T−2)。 図表T―2 県債残高の推移 埼玉県内の市町村においても、地方債の残高は一貫して伸びており、6年度からは、地方債残高が標準財政規模を上回る状態になっている。10年度は、標準財政規模に対して起債残高は約1.23倍である。(図表T―3) 図表T―3 県内市町村地方債現在高、標準財政規模の推移
景気の本格回復が急速には期待できない中で、累積している国債、地方債は、確実に償還していかなければならない。こうした状況の中で、時代の要請する行政課題に適切に対応するために、財政収支の改善は喫緊の課題となっている。 地方自治体でも、将来世代への過度な負担を避けるため、これまで「歳出カット・人員削減・組織のスリム化」などの自己改革がなされてきた。埼玉県でも、11年10月に『行財政改革プラン』を策定し、@県行政のスリム化、A県行政の仕組みの改革、B足腰の強い財政基盤の確立に向けた抜本的改革を実行しているところであり、県内各市町村でも同様の動きがある。 その一方で、公共サービスの受け手である住民は、現状では必ずしも満足していない。(財)経済広報センターが、11年3月に行った『地方行政に関するアンケート』によると、地方自治体の公共サービスについて、約4分の3の住民が何らかの不満を抱いている。(図表T−4)また、首都圏を中心とするサラリーマンの85%が、「税負担に見合った公共サービスを受けていない」と感じているという調査結果@もあり、地方自治体は、このような不満をに受け止める必要があろう。 多様化・高度化した住民ニーズすべてに応えるのは現実的に無理だとしても、今や地方自治体の改革は、限られた予算の中で、いかに効率良く質の高いサービスを住民に提供できるかにかかっている。 ![]()
地方自治体の台所事情
県内市町村の財政状況を、一般家庭の家計簿に置き換えて考えてみましょう。 (2) NPM(New Public Management)理論 このような「住民の視点に立った改革」を先んじて行ったのが1980年代の英国、1990年代の米国であった。特に、80年代までの英国は、我が国の現状と非常に酷似している。当時の英国は、いわゆる「英国病」が蔓延し、経済が長期にわたり低迷し、財政難が深刻化する中、公共サービスの質が著しく低下していた。このような状況の中で、サッチャー政権は、公共サービスにも市場原理を極力導入し、そのことによって質と効率の両方を追求することを考えたのである。米国でも、企業の経営改革の手法が、まずは先進的な地方自治体に、そして更に中央政府へと伝播し、実績をあげてきた。 これら英国・米国の改革に共通する考え方は、民間企業の経営手法の中から行政に応用可能なものを選び出し、導入していこうとするものである。その基本原理をまとめると、@業績/成果による統制、A市場メカニズムの活用、B顧客主義への転換、Cヒエラルキー簡素化の4つとなる。 @業績/成果による統制とは、行政運営の評価にあたり、「どう行ったか」(法的手続の妥当性など)ではなく、「行った結果、何がどう変わったか」という業績/成果(アウトカム)を重視することである。そして、測定した業績/成果に基づいて、予算や人員といった投入資源(インプット)、サービスの内容(アウトプット)を見直し、改善を進めていく。 しかし、これまでの伝統的な行政システムは、業績測定等の経験に乏しく、競争メカニズムも働かないため、「業績/成果による統制」が期待どおりに機能しないおそれがある。 そこで、A市場メカニズムを活用する。競争原理の導入により、効率性や質の向上を目指し、更に「契約」の概念を公共部門に取り入れて、業績/成果による統制の実効性を高めることとなる。「契約」による行政運営システムとは、中枢(企画・立案)部門と実施(サービス提供)部門を分離し、「あらかじめ決められた業績目標を達成すること」を条件に、予算や人員等にかかる実施部門の裁量権を拡大することである。その結果、実施部門には創意工夫の余地が増える一方、これまで以上に結果(業績や成果)が重視されることになる。契約型モデルには、民間委託やエージェンシー、PFIなど様々なパターンがあり、提供するサービスの性格に応じて最もふさわしいパターンを選択する。 B顧客主義への転換とは、公共サービスの利用者あるいは納税者を「お客様」と見立て、その満足度を最大化することを行政の使命とするものであるが、特に、業績/評価の測定の場面で、顧客(住民)が望む成果を基準とすべき点が重要である。 Cヒエラルキー簡素化とは、業績/評価の測定がしやすいように、組織を業務単位に細分化・簡素化することである。 以上のコンセプトの実現により、民間企業等で行われている経営手法のメリットが行政運営にも活かされた結果、英米の行財政改革は大きな成果を挙げることとなった。こうした手法を、「後発者のメリット」も存分に活かしながら、我が国の風土に合うように活用していってはどうだろうか。住民が「税に見合ったサービス」を受けているかどうか、行政が改めて問い直し、改善していく、この視点こそが今日の行財政改革の推進に不可欠である。 民間企業の経営手法を極力行政の経営にも反映させていこうという考え方は、「ニュー・パブリック・マネジメント理論(NPM理論)」と呼ばれている。我が国では、三重県を始めとし、先進的な地方自治体の行財政改革に取り入れられている考え方である。 海外ではこんなに『お客様第一』 『お客様第一主義』という言葉を聞くと、まず、民間企業を思い浮かべるかもしれません。しかしながら、これは行政の世界でも当てはまります。 例えば、アメリカの地方自治体は、まず住民ニーズのヒアリングやアンケート調査から作業をはじめ、そこから事業評価や立案を行っています。ポートランド市は、行政サービスへの住民の満足度を、年に一度のアンケートで調査しています。また、『電話市民110番』があり、苦情をいつでも受け付ける仕組みを導入しています。カリフォルニアのサニーベール市においては、各部局が必ず公聴会や住民ニーズの調査を行っています。そこでは『顧客志向』が見事に実現されているのです。 2 変わる行政の役割 「顧客である住民の満足度が大事」というのは、言うはたやすく、いざ実行するとなるとそう容易なことではない。行政は住民のためと思っていても、それが本当に住民のためになっているか、行政内部だけではわからないからである。住民ニーズが多様化・高度化した現代ではなおさらのことである。 そこで、公共サービスを提供する者とそのサービスの評価をする者を別にしようという発想が生まれてくる。これによって評価の客観性を確保できるからである。これまでの行政は、政策部門が企画立案(Plan)し、執行部門がそれを実施(Do)し、そして議会や政策部門がその実績を評価(See)し、その評価結果をフィードバックして次の政策立案に役立てるというスタンスをとってきた。 PFIでは、評価の客観性を確保し、実施されるサービスの効率性と質をより高めるため、これまで自ら提供(Do)していた公共サービスを、民間事業者に提供(Do)させる。行政は、評価(See)、企画立案(Plan)などの取り役に特化する。つまり、行政は、「顧客である住民」のために良質な公共サービスが提供されているかを厳しくチェックするとともに、「顧客である住民」が望んでいることを正しく把握し、サービスの提供者(民間事業者)に対し、住民ニーズを代弁する役割へと変化するのである。 3 PFIの本質 公共サービスを民間事業者に提供させる(市場メカニズムの活用)といっても、具体的にはどのようにするのだろうか。 これについては、ただ業務を任せるのではなく、入札段階、事業実施段階で競争原理を働かせ、より良いものを生み出させる仕組み(契約)を作る。PFIでは、入札時に、複数の事業者から提案を受けるのはもちろんのこと、従来どおり行政自身が事業を実施する方法と、PFIで行った場合とを比較する。従来方法の方が望ましければ、PFIを採用しないこともある。実施段階では、民間事業者が、提供するサービスを少しでも良いものにしようとするための仕掛けを作る。 また、PFIでは、民間事業者が自らのノウハウを十分に発揮できるように、民間事業者に裁量を与えた発注方式がとられる。行政は、顧客である住民の視点に立って、住民が望む公共サービスを代弁し、サービス水準を厳しくチェックするのである。 このように、PFIは、企業経営、市場原理に基づいた行財政改革の具体的方策の一つであり、公共サービスの効率性と質の向上を同時に追求し、住民に「より良い公共サービス」を提供するための手法である。しかしながら、PFI自体は評価手法ではない。サービス提供者と評価する者が分離し、客観的に評価できるができたにすぎない。真に顧客(住民)のためになっているか判断するためには、PFIと他の評価手法を組み合わせて、PFI事業を進めていくことが望ましい。また、市場メカニズムの活用とは、競争原理の導入を意味するが、「競争」は単なる価格競争ではなく、サービスの内容も対象となる。そのため、住民が低価格よりもサービスの質を望めば、競争原理はその要望に十分に応えられるのである。
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