ユニが風邪をひいた。

 関係者一同はそれはそれは焦った。
 なにせユニは脳と脊髄を除けばごくわずかしか機械部品が使われていないような変わりものだから、当然データが少ない。風邪……まあ、人間ならそう言えるだろう症状にかかったのという例も、機体テスト時に何度か報告がある程度でやっぱりデータ不足。
 運用テスト中であり、その辺りのデータ取りが目的の一つとは言ってもやはり開発陣としては可愛い娘の一大事であるので、むしろ本人よりも慌てふためいたぐらいだ。
 とはいえ、落ち着いてしまえば全身を包む疲労感も発熱も咳もすべては免疫系が正常に働いていることの証明だったし、一応、予断を許さない状況で入院、と言うことにはなっているものの実際事態はそんなに深刻ではなく、むしろユニにとって深刻なのは病気よりも退屈だった。
 ……暇だなあ。
 一昨日から病院のベッドに釘付け。泊り込みで看病してくれているセリオさんもご主人様も、今は外出している。
 動かなければ頭痛も関節の痛みも目眩もしない。
 元気になったのかと思って見て動いてみると、たちまち頭痛と関節の痛みと目眩とついでに倦怠感がどっと襲ってくる。
 だから、動けない。よって、暇。
 おまけに、首の付け根の、自分に着いている唯一の機械的な外部インタフェース。データインストール時か起動時にしか使わないかと思っていたそれは、やはりこういう非常時にも使われるらしい。
 そこの所に付いている一本のコード。あまり邪魔ではないのだがなんとなく気になる。こそばゆいと言うか。時々発作的に引き抜いちゃおうかと思ったが、そんな事をするとデータエラーが起こって大変なことになると脅されているので、そんなことはしなかった。
 実際にはその程度では致命的なエラーは起きないが。
 部屋を見回す。
 ここはロボ病院(通称)の個人病室で、ロボの病院だと言う割にはロケーションは人間が使うそれそっくりになっている。もちろん機材等は違っているが。
 これはユーザーの声によるものだ。当初いかにも機械機械した修理室で修理、休養していたメイドロボなどのヒト型ロボではあるが外見と内面が人間に近づき(少なくとも外からはそう見えてきて)そういったロボを「人間のように」扱うユーザーが増えてくると、出てくる意見は「こんな部屋ではこの子が可哀そう」だ。よって、こういう風な病室も増えてきている。
 「ロボットはそもそも人間と違うものだから、人間と同じように扱ってどうする?」と言う意見も出た。が、「まあ、気分の問題です」と言われてはなんか反論できない。
 それはともかく。
 部屋の中はこの3日間で見尽くしてしまっていて、ぐるっと見ても今更目新しいものなど無い。
 彼女の中でやたら大きく育った退屈感。いかにしてこれを解消するべきか?
 たかが退屈で何を大袈裟な、と思われるかもしれないが、生まれてから半年すら経っていない彼女にとっての3日間は、それはそれは長い時間なのだ。好奇心でいっぱいのお年頃なのである。
 見渡す範囲に目新しいものはない。
 そうだ。ちょっと目線を変えて、ベッドの下とかは?
 と、思い出した。たしか、セリオさんが着替えと一緒に学校の鞄を持ってきてくれていたはずだ。なにかの暇つぶしになるでしょうとか言って。それがベットの下に置いてあるはず。
 ぼーとしていて忘れていた。さっそく取って、中を見てみよう。何入れていたっけ?
 鞄の中を確かめるべく、体を起こそうとすると。
 がぁん。頭の中をハンマーで叩かれたような気がした。痛いしだるい。
 自分はロボットなんだから痛覚のレベルを下げるとかそれぐらい出来てもいいのに、と思うがそういう機能はついていない。少なくとも私は知らない。こういう時はひとに出来るだけ近づけると言うコンセプトが恨めしくなる。
 そんな事を考えて、ちょっと怒ったような困ったような顔をしつつも、必死でベットから体を乗り出し、下を覗き込む。あった。私の鞄。手を伸ばそうとして。
 バランスを崩した。慌てて体勢を立て直す。危ない危ない。もし今ベットから転げ落ちたら、もう戻れないかもしれない。HMX-17uユニ。ベットから転落して戻れず機能停止。嫌すぎる。
 今度は慎重に手を伸ばす。ひっくり返った姿勢になっているので頭に血(だと思う)が登ってただでさえぽー、としている頭がなんとなくぱー、って感じになってくる。頑張れ私。
 掴んだ。そのまま引っ張り、後ろに倒れこむようにしてベッドの定位置に戻る。鞄は胸の上。
 ふふふ。
 一仕事終えた爽快感。まだ頭のずきずきは残っているけど。へっちゃら。
 さあ、鞄の中を見てみよう。
 筆記用具。教科書。ノート。
 教科書見ててもなあ。
 その大人しい外見と静かな口調から真面目なロボと思われがちなユニではあるが、実際は結構なまけものである。あまり知られていないが。勉強も嫌いではないが、それよりも好きなものの方が多い。
 鞄の中をさらにがさごそと漁ると、内ポケットの中にそれがあった。
 音楽ディスクと携帯プレイヤー。
 ぱっと、顔が明るくなる。
 彼女が気に入っているものは多々あるが、その中でも音楽はかなりとても好き、の部類に入る。
 さっそくプレイヤーにディスクを入れて、イヤホンを伸ばして、耳に当てようとして、耳パッドが邪魔なのに気付いて、はずして、改めて耳に当てて、再生ボタンを押したら音量が最大になってて、やっぱり頭に響いて、慌てて音量を元に戻して、そして。
 メロディが流れてきた。
 聞きなれた旋律。
 歌声。
 詩。
 私の中に、色々な感情を沸き起こしてくれるもの。
 大好きなもの。
 だいすきなうた。
 ……。
 そうだ。
 風邪が治ったら。
 海に行って、歌おう。
 私の始まりの海へ。

 風邪で疲れている頭に心安らぐ歌を聴いてユニが幸せ気分に浸っているその頃。
 病室の前で扉を2、3度叩きつつも中からの返事が無いから、とりあえず開けてみるか? いや、着替えとかしていたらどうするの? それはそれで面白そうだね! そんなワケないでしょ! とかなんとか言う声がしたが、音楽に聞き入っていたユニには聞こえはしなかった。
 お見舞いに来た3人。
 彼女のともだち。
 ドアが開く。

 今はちょっと休んで。
 そしたら、きっと、また始まる。
 それでは、今は。
 おやすみなさい。

第二部 ユニの話。
>終わり。 


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