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「なんか、緊張してきたな」
「はい。そう、ですね」
「まあまあ、二人とも。りらっくすりらっくす」
舞台の袖。
出番を待つ人々。
一足先に出し物を開始する連中。
文化祭当日。
結局。
充分な練習が出来たかといえばそうでもない。
やれるだけはやった。とは思う。
受験の時だってこんなに頑張らなかった、と思う。
居残り特訓とかもしてみた。
警備員に見つかって絞られたが、こりてはいない。
やはり祐司は覚えが早かったし、真一は一応、経験者である。
ユニは。
まあ、結構頑張った。
確かに、まだ経験不足ではある。そりゃそうだ。
時間が流れる。刻一刻と、その時は近づく。
「むう。リラックスしようとは思うが、しかし」
「そうだ! 少し古典的だけど、あれやろうあれ! 手のひらに、ひと、って3回書いてそれを飲む!」
「手を飲み込むのですか?」
「いや、それは違うだろ」
「うーんと、手のひらの上に仮想上の存在としての空気のような食物がある気分になって、それを飲むような感じ」
「……はい。わかりました」
一同手のひらに人を書き始める。普段やったら変なやつだが、さすが出番を間近に控えた者たちが集う舞台の袖。そういう連中も結構いるから目立ちはしない。
真一と祐司はさっさと終わった。人なんて二画だし。しかしユニは妙に手間取っている。
明らかに画数が多い。
「どうしたの?」
「いえ……人間の方は『ひと』と書けば良いのですが、私はメイドロボなので『メイドロボ』って三回書いてから飲もうと思いまして」
……。間
よくわからないが、理屈が通っているような通っていないような。
「いやまあ、なんつーか」
「うーん」
「ジョークです」
……。さらに間。
「ジョーク?」
「はい」
「……えーとユニちゃん。コーヒーの入ったカップをテーブルの上でひっくり返したが、テーブルは濡れなかった。なぜか?」
「コーヒーは豆の状態であったから」
「だからあんたらそういう解ってくれる人が極端に少ないような冗談飛ばしているんじゃないわよ」
不意を付く声。振り向くと夏樹。
確か、文化祭ではクラス展示しかやっておらず、今日は見学していたはず。
「突然出てくんなよおめーは。何のようだ?」
「せっかく陣中見舞いに来てやったのに、その態度はないでしょう」
「おー。なっちゃんありがとー」
「ありがとうございます」
夏樹は3人をざっと見回し、
「んじゃあ、私は見ているから。申込者としての私に恥をかかせるような演奏はしないでね。せっかくクラス展示の作業サボったのを見逃してあげたんだから」
「勝手に申し込んだのはお前だろう」
それにクラス委員でも何でもない夏樹にクラス展示の作業サボった(無論練習のためだ)のを見逃されてもどうにかなるというわけではないのだが。
「まあ……頑張りなさいね」
「へいへい」
「ういっす」
「はい。頑張ります」
そして夏樹は去っていった。
「……何しに来たんだろう」
「気になったんだよ、きっと。諸悪の根元はなっちゃんだし」
「いや、それは用法が違うと思う」
「ありがたいことですよ。ね」
3人は顔を見合わせる。
緊張は、まあ、消えたとは言い難いが薄らいではいる。
そして。
出番が来る。
3人は、再び顔を見合わせて。
声を合わせて。
よし。
頑張ろう。
(つづく)