ひょっとしたら自分には何も無いんじゃないのか
 ときどき思うこと。とても怖い考え。

 夏樹の「文化祭に参加しやがれ」宣言より数日。
 我らが軽音楽同好会の一同は、真面目に練習していた。
 真一と祐司を良く知る人が見れば「よくやるなあ」と思っただろう。つまりは、そもそもそういう連中だと言うことだ。
 真一はあまり努力というものをしない。しても出来ないからだ。この兄ちゃんは、要領の悪さではかなりのもんである。
 祐司が努力しないのは逆の理由から。つまりこいつはなにもしなくても大抵のことはそこそここなせる。
 あくまでそこそこだが。
 
 が、それは外部からの不当な評価だったようだ。
 少なくとも、ユニはそう思っている。
 真一さんも祐司さんも、とても一生懸命練習している。普段いっぱい喋る祐司さんも、練習中は押し黙る。滅多に口喧嘩なんかしない二人だが、意見がぶつかり合うと喧嘩腰で議論したりする。いつのまにか、祐司さんも本気になっているみたい。
 いいな、と思う。
 まだ、自分はそこまで打ち込めてはいない。
 まだ、そこまで強い思いを持てない。

「おっし。今日はこれぐらいにするかあ」
「んーそうだね」
「お疲れ様でした」
「んじゃ、帰るかあ……って、あれ……悪ぃ、ちょっと教室に忘れ物しちまったみたいだ」
「うにゃ。取ってくる? 待ってるけど」
「ん。そっこーで取ってくる」

 真一はドアを開けて出ていった。
 部室には祐司とユニが残る。

「んじゃあ」
「はい?」

 祐司は、うーん、と伸びをして、

「しんちゃんが帰ってくるまで、ちょっと練習しない?」
「あ、はい、そうですね」

 二人はてちてちと定位置につき、とてとてと練習を再開する。
 ユニは、合間に祐司に向かって、

「練習、随分がんばられるのですね」
「ん? うん。ひさびさだったけど、ここまでダメダメになっているとは思わなかったからね」
「……嘘、なんでしょう。昔やっていたなんて」
「……なんでそう思うの?」
「特に、根拠はありません。強いて言うなら……」
「言うなら?」
「勘、です」

 その言葉を聞いて、祐司は一瞬、ぽかん、という顔をして、

「勘……かあ」
「あ、疑ってますね。ロボットにもちゃんとあるんですよ、勘」
「いや、疑っちゃいないよ。うん。そう。やったことない」
「どうして、そんな事を言ったのかは……聞きません。だいたい解りますから」
「そう?」

 二人、押し黙る。
 真一はまだ帰ってこない。廊下を走っている所を運悪く生活指導の村田(49)に捕まったのかもしれない。

「なんつーかねえ」
「はい」
「最初は、なんとなく面白そうだから、だった」
「はい」
「でも、今は結構気に入ってるんだ」
「はい」
「僕さ、自分でいうのもなんだけど、何でもそこそこ出来た。でも、本気で打ち込めることも無かった。だから、なんて言うか、その、むぅ」
「はい?」
「よくわかんない。でも、今楽しいと思ってる。だから、一生懸命やろうと思ってる。それだけ。ユニちゃんは楽しくない?」
「私は……」

 よくわからない。
 少なくとも、つまらなくはない、とは思う。
 考え込む。

「あはは、考えなくてもいーよ。そのうち解るって」
「そうでしょうか?」
「ん。まだ、先は長いんだしさ」

 ユニは、わかったような、わからないような顔。
 そして思い出す、はじめて部活をすることになったとき、そのときの気持ち。

「あの、私」
「ん?」
「やっぱり、楽しい、と思ってます」
「おー。それは何より」

 とそこで、真一が入ってきた。

「いや、悪い悪いそこで生活指導の村田(49)に捕まっちまってさあ」

 と、中は、なんだか和やかなムードだ。

「……なんだ。なんかあったのか?」
「んー? べっつにー」
「はい。とくになにも」

 ……なんか釈然としないながらも、

「ま、いいや。帰ろ帰ろ」

 下校時間になる。

(つづく)



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