たぶん。
 足のつまさきから頭のてっぺんまで。
 カラダとココロとタマシイのすべてを使って。

 とんとん。
 ノックを二つ。扉を開き、部屋の中にいるだろう彼女に挨拶をする。

「ただいま帰りました」
「あ、ユニちゃん、お帰りー」

 やはり彼女は部屋の中にいた。こたつに入ってテレビを見ている。
 彼女らの主人はまだ帰ってきていない。ときどき帰りが遅いことがある。
 一体、何をしている人なのだろう? そう言えば知らない。後で聞いて見ようか。
 それはさておき。
 それならば、都合はいい。
 こういう事はできるだけ早い方がいいだろう。

 とたとたとた。ざわざわ。部屋に響くのはユニの足音とテレビからの雑踏。
 ユニはセリオの対面に座る。籠の中の蜜柑を手に取り、皮を剥く。
 一緒にテレビを見る。ときどきセリオが発言したりする。テレビに。
 ちくたく。時計は進む。主人はまだ帰ってこない。
 ユニは黙って、自分の鞄を開け、中から貝殻のキーホルダーを取り出し、こたつに置く。そして、こう言った。

「そういえば、いつぞやはお昼寝の邪魔をして申し訳ありませんでした」
「ん。そんなこともあったっけ? ま、もう気にしてないよ。それより、どれぐらい残ってるの?」
「データとして見ればほぼ全部です。人格としてみると、半分しか残ってません」
「そか。最初からそんなんだったの?」
「はい。ただ、起動当初は環境に適応するのが精一杯で、そう言った処理に資源を割く余裕はありませんでした」
「やっぱり、余裕が出てくると昔のこととか考えちゃうもんだよねえ」
「そう、ですね」

 そして沈黙。テレビの中の歓声が白々しく響く。

「学校とか、どう」
「楽しいです。みなさん、とてもいい方たちばかりで」
「そう」

 ……。

「『彼女』はたぶん」
「うん」
「あのひとのことが好きだったんですよ」
「うん。そうだね」
「でも彼女はもういない」
「そうなんだよねえ」
「開発の方はデータさえ移植すれば、まったく同じになると思ったようですが」
「そうかもね」
「……彼女はたぶん。あしのつまさきからあたまのってっぺんまで、こころとからだとたましいのすべてを使って、そう思ったんだと思いますから、そして、それは」
「私。なんだよね」
「はい。だから、その思いは」
「どうだろう? こころが違えば随分違うんじゃない?」
「……照れてますね」
「まあね」

 たったった。
 外で物音。聞き覚えのある足音。

「よおやく帰って来ましたか。まったく、いったい何をやっていたんでしょーね? じゃ、ご飯の準備でもしましょうか」
「はい」

 二人は、台所へ向かう。立ち上がりながら、セリオは尋ねる。

「そういえば、今のあなたは、どうなの?」
「まだ、わかりませんよ。これからです」

 二人は見詰め合い、微笑んだ。

 扉は開く。

 それでも、たぶん、まだ彼女のこころはここにある。
 残っている。
 そう簡単に消えないし消えて欲しくない。
 彼女はもういないけれど。私は彼女の子供だから。 



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