件のドラマーの家は、駅から学校への進路の途中にあり、ついでだからそこによってドラムセット一式を持ち運ぶこととなった。力仕事は男性陣にまかされた。
 すでにユニは平静を取り戻しているように見えた。

「それじゃ、私はこっちだから」
「ん。じゃーねなっちゃん」
「さようなら、夏樹さん」
「じゃあな」
「うん、じゃあね。そっちもちゃんと部活しなさいよ」
「へいへい」

 学校内にて夏樹と別れる。ちなみに彼女は卓球部だ。前にユニは一回見学に行ったことがあり、そのときに少しやらせてもらったりもしたが、こいつはとろいのでまともに当てることも出来なかったし、よしんば当ったとしてもそれは明後日の方向に飛んでいった。どうもこの球技を彼女はお気に召さなかったらしく、それ以後卓球部に顔を出してはいない。
 さて、その後彼らは必死こいてドラムセットと買ったばかりのギターを部室へと運び込んだ。なんとか部室に運ぶことには成功したが、そこで一息つくと同時に誰かのお腹がぐうとなった。時間を見ると12時半ぐらい。どたばたしていたので結局途中で何も食っていない。確か日曜は学食も購買もしまってたような気がするし(こいつらはほとんど日曜に学校なんかこない)しかたねーから近くのコンビニに買い足しに行く事とした。
 ここのコンビニは学校近くにあるだけあって主な顧客層は学生だ。今も昼時ということもあってそこここに見慣れた制服が確認できる。
 ふむ。祐司は悩んだ。

「チョコレートケーキといちごケーキどっちを買おう?」
「メシになる奴買え」

 別に昼飯にケーキを食いたいなら止める気も無いが、一応真一は言ってやった。結構義理堅いようだ。ちなみにユニはいちごケーキを食べたかったらしい。余談だが、彼女が食すことのできる料理は練習、というか「慣らす」事で増える。でもって、今や彼女が食べられる料理のレパートリーはかなり多い。指導者の努力(もしくは趣味)の賜物だろう。
 作ることのできる料理のレパートリーがそれほどでもないのは目下の悩みでもあるが。
 結局、弁当を買うことになった。

「さあ、何を食べよう?」
「なんでも言いからとっとと決めろ」
「……たくあん」
「……なんにでもついてくるだろ」

 そんなこんなだが、基本的に悩むのが好きな祐司と基本的に悩む時間があればさっさと食った方がマシと考える真一と基本的に特に意見を出すつもりもないユニ。やはり真一の意見が一番強くて他の二人は適当に選ばされた。祐司は不服そうだがユニはそれほどでもない。
 部室に戻り飯を食う。元オカルト部である(らしい)部室の不気味さを除けばなかなか楽しげな光景でもある。
 そして。

「んじゃあ飯も食ったし、早速音、ならしてみるか」
「……ねえしんちゃん、組み立て方分かる? スピーカーとか」
「……ユニちゃん、わかる?」
「……ギターの方は説明書を見れば。ドラムの方は……」

 大丈夫だろうかこいつらは?

「えっと、たぶんこれがこれで」

 違う。

「にゅ? こーじゃないの?」

 そうそう。

「いや、それは違うだろ」「そうかな」

 妥協するな。君があっている。
 危なっかしい限りだが何とかセッティング無事には終了した。

「ほんじゃ、ちょっとやってみるか。ユニちゃんは古いギターでも使ってみるか?」
「はい」

 楽譜の読み方は一通り覚えた。多分。自信はない。
 祐司の方はドラムで構える。なんとなくサマになっているように、見えなくも無い。
 そして、彼らは演奏をはじめてみた。

 下手だった。

「そりゃそうよ。最初からうまく行くわけはないでしょうが」
「むう。そりゃ確かにそうだが」
「すみません。私がボロボロなせいで」
「安心してユニちゃん! 僕もボロボロだったから!」
「いばっていうことかよ……まあ、俺だって似たようなもんだったけどなあ」

 季節は秋で時間は6時過ぎ。周囲はすっかり暗くなっている。
 そんな中で4人は学校から出ようとしている。
 結局あの後途中で休みを挟みながらも、三人はずっと演奏していた。改めてやってみると、やはり難しいものだった。
 ドラムを叩けるといっていた祐司も、それほど上手くはなかった。初心者であるユニに合わせていた、と考えられなくも無いがそういう事をする奴でもないのでやはり本当にやり方を忘れているか何かしているのだろう。真一はそう考える。
 寒かったので祐司がコンビニで何か買って行くことを提案し皆もそれに同意して、肉まんだのなんだのを購入。帰途につく。幼馴染みである3人は家も近かった。
 ユニの家だけが離れているのだが、さすがに女子を夜道1人返すのもなんだしってんで、誰か着いていく事にした。夏樹も女子であるし祐司は暗い道は怖いと言いやがるのでその役目は真一に押し付けられた。ここにいたって彼は別に皆で着いていけばいいのでは、ということに気付き言おうとしたが祐司が「頑張ってね」という謎の応援をしてきた。多分意味はないが、真一が喋るタイミングを逃す効果はあった。
 かくして暗い夜道を二人は歩いている。
 
「……」
「……」

 ユニも真一も元来あまり喋る方ではない。自然しぃんと静まり返る。間が悪い。何か軽い話題でもふろうとして真一は、

「そういえば、さ」
「はい」
「百貨店、の水族館、で」
「……」
「あの、なんつーか」

 言い始めてからかなりヘヴィじゃねーかと思い始めた。この話題はあまりよろしくないんじゃないだろうか? ほら証拠にユニはうつむいている。

「いや、その、なんでもねえ」
「……心配してくれたのですか?」
「いや、そういうわけでも」
「ありがとうございます。でも、ご心配にはおよびません。泣いていたのは私ではありませんから」
「は?」

 どういう意味だ? と尋ねようとして、

「……やはり、一応決着−というのも変ですが−つけておかなければならないでしょうね」

 その前にユニは独白。意味は良く分からないがなんか深刻そうだ。
 リアクションに困る真一である。何か言っておいた方が良いのかもしれないが、何を言えばいいのやら。頑張れっつうのもなんか違う気もするし。
 だが、しかし、口下手な彼は。

「あーその、なんだ。頑張れ」
「……はい」

 違っているような気もすることを言った。
 やがてユニの家に着き彼女はぺこりとお辞儀をして家の中に入っていった。
 真一はなんだか混乱していたが、腹も減ったのでさっさと家に帰った。
 明日から、真面目に練習しよう、とか思いながら。

 決着といっても何をしたらよいのかは分からない。
 まあ、頑張ってみよう。うん。
(つづく)


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