夏樹の部活は午後1時30分より始まる。よって、それまでには彼女が学校に到着していなければならない。途中で彼女だけ抜ける、という手もあるだろうが、まあ、せっかくだし、真一らにしても、部室の方に戻るつもりではあったので、一同は午前中に買い物その他を済ませ、午後から部活動、という作戦を実行することとなった。

 0930。駅前に集合。
 遅刻者は出なかった。夏樹は時間とかにうるさいほうだし、真一は言い出しっぺとしてさすがに遅れるわけには行かなかったし、祐司は何時の間にいやがったし、ユニにいたっては何時間か前からそこに待機していたのか、という気配すらした。
 10分後。電車に乗りこむ。搭乗の際、夏樹および祐司が「電車代出して」と真一に催促したが「そんな金はねえ」と真一は返答した。実際無かった。ここらへんは貧乏学生のつらい所であり、真一のサイフのギター代を除いた中身を見た二人は「私たちが悪かった」と前言を撤回した。ユニはそんな事は言わなかったが、切符を買うのが初めてで珍しく思ったらしく、何枚か買おうとして夏樹に止められた。
 電車の中はそれほど込み合っておらず、四人は悠々と座ることが出来た。途中、祐司と真一が「ボンタンアメいる?」「いらない」と言う会話をしたが、まあそれは関係ない。ユニは電車の中が気になるらしく、吊り広告を眺めてみたり外を見てみたり落ち着きが無かった。本来ならば「子供座り」をしてじっくりと流れ行く景色を見ていたかったのかもしれないが、彼女の中にある自尊心はさすがにそれをよしとしなかった。
 0950。二駅離れた目的地へ到着。
 一同は何の問題も無く駅の外へ。まあ、ユニが自動改札機を珍しがって興味深く観察しつつも切符を入れるのを忘れて遮断機にぶつかったりもしたが。
 駅のそれこそ目の前に目的の百貨店は存在した。ゆっくり行っても開店前には店につくくらい。
 と、アクシデントが発生する。今度はやや深刻気味な奴。
 祐司とユニがいない。
 ちょっとまてそんなはぐれるほど歩いてねーぞ、と真一としては思うが、きょろきょろ辺りを見回すうちに連中を確認。百貨店前のゲーセンにたむろしてやがる。
 夏樹は真一に言われてそれに気付き、二人に近づいて「なにしているのあなた?」と聞く。祐司に。見た所ユニは祐司に付いていっているだけのようであるし。
 祐司は答える。「ユニちゃんが、この店はなんなのかって」 開店直前でシャッターが開いているゲーセン。ガラス越しに見えるは知らない人から見れば正体不明の機械の群れ。確かに気になるかもしれない。
 ユニはゲーセンは知らなかったがゲーム自体は知っていた。家にゲーム機があり、家にいるセリオさんとよくゲームをしているのだという。ユニがセリオタイプと一緒に生活しているらしい、と言うことは3人とも知っていたが、彼女の話すセリオタイプと言うのは、彼らの知っているそれと比べてかなり印象が違う。ユニはそれについてあまり気にしていないらしい。それがそのセリオが特別なのか、それともあれは一般には猫をかぶっていて、実際はそういう性格なのかどうかは、3人には分からなかった。知り合いにセリオタイプいないし。一度あってみたいものだとは皆思っている。祐司と夏樹は既に一度見ているのだが。
 さて、なんだかんだ言ううちにゲーセンも百貨店も開店する。祐司はゲーセンによっていこうと言う。ユニは何も言わないが、その目が入ることを望んでいる、様に見える。
 基本的には時間押しているわけだが、断るほどでもなかったので、真一及び夏樹は30分だけという条件を提示してゲーセンに入ることになった。
 コンシューマ機の性能向上によりシェアを奪わるかと思われたゲーセン産業であったが、そこは必死の企業努力とユーザーの厚意により、今でも元気に営業中である。個人的には音ゲーを極めた連中は人知を超えていると思う。
 真一と夏樹はこんな所にはいるのは久々であるので何をしてよいかわからず、とりあえず面白そうなものが無いかと眺めている。祐司は対戦台で乱入でもしようと思ったがさすがに朝早いので人もいない。CPU戦はほぼ極まっている彼としては人と対戦しなくてはあまりおもしろくないので、しかたなく、何かないか眺めている。
 そしてユニは、奥の方に置かれているエアホッケーの台に見入っている。見覚えがある。これそのものではなかったかもしれないが、これと同じ物に。最新型である所のユニは歴代のHMシリーズが学習してきたデータを受け継いでおり、その中には若干のパーソナルデータも含まれる。プライバシーを侵害する、という製作サイドの意向により、そう言ったデータは少なくとも後継機の表層意識上では封印されているものの、ときどき「浮かび上がって」くることもある。さらに奥にあるレゲー(レトロゲーム)の方を見ると何処かで見たような気がする一画面ゲームがある。試しにやってみるがうまく行かない。やはり自分はこう言うことが苦手なようだ。途中で祐司さんが参加してくれたので、お荷物になりつつも最後まで行くことは出来た。このあたりで30分経過。
 百貨店に移動することになる。ユニは、改めてそのゲームを見つめる。何度見ても見たことがある気がする。

 ユニの変調はこの辺りから始まっていた。

 百貨店、であるからして、様々なものがある。
 真一は真っ先に楽器店に行こうとする。祐司がおもちゃ屋に行きたいだのゴネるが、そこは民主主義的数の暴力で押え込んだ。
 楽器店はかなり高い階にあった。なんか同じ階には水族館なんかあるらしい。つっても、無料展示らしいし、それほどたいした物でもないだろうから、一同としては無視する方針である。
 素直にエスカレーターで登ろうとするが、問題がひとつ。ここのエレベーターは透明で外が眺められるタイプなのだ。当然祐司がゴネた。それくらい反対するのも馬鹿馬鹿しいので皆はエレベーターに乗った。その間ユニは外をじっと見ている。とうめいのいれもの。たかくのぼっていくのりもの。ちいさくなっていくじめん。そしてわたしと。
 ここまでは遠い、昔の姉さんの誰かの記憶。たぶん。

 ドアが開く。
 ユニの嗅覚は特別優秀というわけではなかったが、それでもその匂いを感知した。潮の匂い。海の匂い。安っぽい水族館もどきでも変な所でこだわりがあるらしい、ほかの人々はそんな風に考えた。それでも特に意識することはなく、さっさと楽器店の方に向かう。その流れにユニは乗らない。
 楽器店で目的のブツを物色するか、という段で、真一気付く。ユニはとなりの水族館に入っていく。一体何をしているのだろう? 気になって付いていってみる。夏樹と祐司は楽器を眺めていて気付かない。
 フロアを少々改造して作られたと思うそこは思った通りたいしたこと無かった。水槽が何個か並んでいるぐらいだ。マンボウとかサメとかシャチとかそういうのはいない。もちろん。その水族館もどきの一角には売店があり、何故か貝殻を加工したキーホルダーなんか売っているこんな内地で貝殻っつわれてもな。まあ、ともあれそこにユニはいた。
 件の貝殻キーホルダーを手にとっている。欲しいのだろうか?
 真一はユニに話しかけようとして。
 止まった。

 ユニは泣いていた。

 これは、すごく近い誰かの記憶。
 いまのわたしになるまえのわたしのきおく。

 ユニの呟きを、真一はかすかに聞いていた。

「まだ、あなたはわすれられないんですね」

 意味は分からなかった。

(つづく) 


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