晴れた日は。
 なるべく高い所へ。
 青空のかけらを分けてもらいにいきましょう。
(ただし、電波には注意)

「そういうわけだから」と夏樹。
「へえ。あのおじさん、そんなことしてたんだ」と祐司。
「おっし。じゃあ、次の日曜にでも取りにいかせてもらうか」と真一。
「セリオさんの作る卵焼きは見事ですねえ」とユニ。

 彼らがいるのはこの学校の屋上。時刻としては昼休み。しているとこは食事。つまるところ彼らは昼食を食べに来ている。そして夏樹が持ち出した話題というのは。

「うん。なんでもあのおじさん、昔は名の知れたドラマーで」
「へえ」
「ドラムを叩くと嵐を呼んだそうよ」
「……なんだかわからんが、とにかくすごそうだな」

 今の子は石原裕次郎を知らないらしい。

「しかし、ドラムがあるのはいいんだか、叩けるやつ探すさんとな」とは真一の弁。たしかにもっとも。
「あ、僕叩けるよ」とは祐司の弁。
「は?」
「叩けるって」
「お前、太鼓とは違うぞ」
「うん。知ってるって。昔、お父さんが若い頃買ったってやつを叩かせてもらったことあるもん。それは、もう壊れちゃったけど」
「……お前、何でも出来るなあ」

 祐司はなんでもできる。なんというか「器用富豪」と言った感じに。真一にしても夏樹にしても、この男が物事をそつなくこなしていない所を見たことはない。
 ただ、問題は本人にそれでどうこうしようというつもりが無い事だろう。勿体無い、と夏樹あたりとしては思う。

「まあ、それはそれとして……そおいえば、俺も自分のギターを買う金がたまったのだが」
「へえ。買えばいいじゃん」
「はあ。あんた、最近妙に倹約しているかと思ったら、そんなもの買おうとしていたの?」
「あ、アリさん」

 そのあたりで、一同はユニが蟻を追いかけてふらふらしていることに気付く。
 まったく落ち着きが無い。

「おーいユニちゃーん」
「はい?」
「ほら、から揚げあげるよー」
「あ、ありがとうございます」

 ぴょこぴょこと近づき、夏樹の差し出すから揚げを食べる。
 なんとなく、小犬っぽい。

「にしてもさあ……ユニちゃんって、ロボっぽくないよね?」
「ん。そうだな」
「うん。あんまりね、かなりね」
「そう、でしょうか?」

 ユニは、ちょっと物を考えて、

「だとすると、光栄なことです。私は、HMシリーズは「出来る限り人間に近く」が開発コンセプトですから」
「ってーか、あなたは本当にロボなのかって思うときもあるわね」
「そうだな」
「そーだね」

 皆の視線をうけ、ユニは、

「……たぶん、この、あたりに外部インタフェースがあるはずなのですが」

 といって、髪をかきあげ、うなじあたりを見せる。

「ああ、確かにあるわね。でも、いわれなきゃ、ほくろかなんかにも見えるわねえ」
「……ああ」真一は少し照れている。
「たしかにあるね。ねえ、ここからデータ入力とか出来るの?」
「いえ」

 ユニは、向き直って、

「これは、この体に初期データをインストールするときと、あとは起動命令を入力するときに使われるだけで、今は閉じられています。緊急時などは使えるようになるかもしれませんが」
「そうなんだ。何でそんな風になっているの?」
「外部からの不正入力を防ぐためと、あと、わたしの開発コンセプトによるものです」
「開発コンセプト?」
「はい。私は、単一での行動を想定して作られています。従来のメイドロボに比べ、外部から独立し、自己で様々な状況に対処できるようになっている、そうです」
「ああ。だから、"ユニ"なのね」
「はい。おそらくそうだと思われます」

 一同。何と無く分かったようなわからないような顔をする。

「そうなの。ところでさ」
「はい?」
「ちょっと気になったんだけど、あの、あまり気を悪くしないで欲しいんだけど……」
「はい。なんでしょうか?」
「ユニちゃんって、ロボットでしょ」
「はい」
「その、いわゆる「こころ」って、あるの?」

 その質問に対して、ユニは黙り込み、

「あ、ごめん。答えにくいことなら別に言わなくても」言い終わるのを待たずに。
「わからない、というのが、少なくとも私の答えです」

 ユニはそう言った。

「そもそも、わたしの知識では「こころ」というものに対する明確な定義ができません」
「ん? こころは、こころだろ? 脳が物を考えることっつーか、感情とか?」
「うれしいとか、悲しいとか?」
「って、確かによく分からないかも」
「でも、ほら、頭の中でこう、モノ考えているじゃん?」
「表層意識は私にもありますし、「わたし」というものを認識してもいます。ただ、それが私のコンピュータが、外部インターフェイス部分である「私」に、一連の文字データを渡しているだけ、という可能性もあるかもしれません。機械は基本的に命じられたことしか出来ませんが、私たちのように自律性が高いシステムでは、極めて柔軟に行動することが可能です。それらの行動は設計者の予想を越えるように出来ています。だから、外から見ればそれは自由意志を持っているように見えるかもしれません」
「……」
「ただ、それでも機械です。やはり、それは設定された動作でしかありません。設定された動作しかできないものは、こころを持ち得ないのでしょうか?」
「どーだろ?」
「それはともかく、「こころを持っているかどうか」という定義が私には分かりません。よって、私にこころがあるのかどうかは私にはわかりません」
「よーわからんが……なんか、ユニちゃんって賢いのな」
「いえ。ここらへんは、私が勝手に考えたことが多いです。専門家に話すと笑われるかもしれないので、黙っていて下さい」
「は? なにそれ」
「いえいえ。なんでも」
「そお」
「でも、そんな質問をしてくれるということは、私にこころがあるかもしれない、と思って下さったということですよね」
「はあ。まあ、ね」
「だったら、そう思って下さるのなら、私にはこころがあるのかもしれません」

(つづく) 


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