ぱちり。

(よし、このままなら大丈夫。8目ほど僕が勝っている)

 だが、その勝利の確信が彼の目を曇らせた。
 
 ぱち。

(え? そこをキル手は無かったはず……ダメヅマリで手が生じたんだ、しまった!)

 相手の顔をうかがう。変わらず、平静な表情をしている。
 何回か打つを見ていたが、ヨセに入ってのミスはなかった。

「……負けました」

「ってーか、あんたらは何をやっているの?」
「碁、です」
「いやしかし、この手のゲームで祐司が負けんの見たの初めてだな」
「いやまったく。ユニちゃん強いねえ」
「じゃ、ないでしょ」

 ここは、元オカルト部にして現在軽音楽同好会(現在会員2名)の部室。
 彼らは今、何故か碁に興じていた。
 
「まったく、部活に行く途中でちょっと見に来てみたら、こんな事やってるんだから」
「いやでも、碁はけっこう楽しいぞ」
「楽しいです」
「そういう事でなくて、ここは音楽やるところでしょ。碁をやるんなら囲碁部に行きなさい」

 卓球部の夏樹は関係ないといえば関係ないのだが、それでも、こういうはっきりとしないことが嫌いなのだ。

「そうだな……では音楽をやろうか。ギター1本しかないが」
「しんちゃん今バイトして自分用の買おうとしているんだよね」
「ああ、うん。これは姉貴のお下がりだからな。やはり自分のが欲しい」
「へー。そうだったんだ」

 そんな風に話をしている男子二名に向かい、夏樹は、

「でも、バンドとして活動するんならそれだけじゃ足りないんじゃないの?」
「そうだなあ……ユニちゃんは、何か楽器できるのか?」

 見ると、そこでは碁の棋譜を記録しているユニがいた。
 ユニは少し考えた後、

「……お琴を少々」

 一同、黙り込み、

「これは、ボケなのだろうか?」
「いや、案外本当なのかも」
「いまいちツッコミしづらいわね」

 その後ろではユニが小さい声で「嘘ですけれど」とか言っているのだが、3人組には聞こえていない様子。

「それはそうとして、確かに他にも楽器はいるな」
「でしょ?」
「ああ。それはそれとして、俺、ひとつ気になることがあるんだが」
「何よ?」

 真一。妙に深刻そうな顔をして、

「ギターとベースって、どう違うんだ?」
「あ、それ僕もわかんない」

 二人は部室から追い出された。

「あの連中は、本当にやる気があるのかしら?」

 二人のいなくなった部室で、夏樹は憤慨している。

「ったく、あのあんちゃんは昔からあーなんだから」

 そんなことを言いながら、近くに置いてあったギターを拾ってみる。
 軽く弦を弾いてみると、まあ、当然だが音が出る。
 ちょっと面白くなって、色々音を出して見ようとするが、どうもうまくはいかない。
 しばらくするうちに飽きて、ギターを置く。
 ……。
 静寂。
 静かにしていると、妙に怖い部室である。なにせ元オカルト研究部。
 カーテンが締め切ってあったり、照明が妙にくらいのがいけない。
 夏樹は、窓にいってカーテンを開こうとして、

「あの」

 びびった。
 ゆっくりと振り向くと、そこにいるのはユニ。
 確かにこの子は出てはいかなかった。大人しくしてたので、一緒にいるのを失念していただけだ。
 平静を保ちつつ、夏樹はユニに話しかける。

「な、何?」
「私も、その、楽器を弾いても良いのでしょうか?」
「……ああ、このギター?」

 これは真一のものだが、まあ、同好会の備品でもあるようだし、ユニは会員だから構わないだろう。
 夏樹はギターを手に取り、ユニにて渡そうとして、気付いた。
 ユニは、指にバンソウコウを貼っている。

「何それ? 何かのおまじない?」
「え? ああ、これですか。いえ。怪我をしたので貼っているのです」
「怪我?」
「にゃ? ロボットも怪我したらバンソウコウ貼るの?」
「むう。俺はどうだか知らん」
「って、あんたらいつのまに帰ってきたの?」
「はい。貼りますよ」
「え? ああ、バンソウコウね。それで直るの?」
「はい多分。見てみますか?」

 ユニは、自分のバンソウコウをぴりぴりと剥がす。
 そこには、確かにかさぶたが出来ていた。

「かさぶた、ね」
「かさぶた、だね」
「良く出来ているもんだなあ」
「はい。私の設計コンセプトは『出来うる限り人間に近く』だそうですから」
「ああ、メシ食うしな」

 一同、ユニを見る。
 ユニ、照れたのか赤くなる。

「ああっ、ユニちゃんが赤くなったっ!」
「すげえ、芸がこまかいっすよ」
「お前ら結構ノリいいな」
「しかし、本当に人間に近いのかな?」
「……そうね。気になるわね。ユニちゃん。ちょっとこっち来てくれる?」
「はい」

 夏樹は、ユニを部屋の奥、遮蔽物があり見えなくなっている所へと連れて行く。
 数分後、二人は出てくる。
 ユニの方は取りたてて変化はないが、夏樹の方は……そう、何かをやり遂げたかのような顔をしていた。

「いや、技術の進歩って素晴らしいわね」
「何を見たんだお前?」
「あ、もうこんな時間。私部活いかなきゃ。じゃあね」
「……何見たの? なっちゃん」

 真実は闇の中。

(つづく) 


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