ことの起こりはこんな感じ。

 今、僕の目の前には一人の少女が眠っている。
 でも、彼女は人間じゃない。
 ……事を祈る。
 
「ご……ご主人様……これは一体?」

 包丁片手に西日を背負ったセリオ(偽)がそんな事を言う。

「ま、まさか、ご主人様がこんな猟奇趣味の持ち主だったなんて!」
「それは激しく間違っているよセリオ(偽)」
「でも安心して下さい」
「話聞きなさい」
「私、良いコンクリ業者の知り合いもいますから!」
「何故そんな人がいるの?」
「社会からあぶれるときは一緒ですよ……」
「いや、そんなことをしんみりと言われても困るのですが僕としても」

 さあ、わけわからなくなる前に状況を説明しよう。
 我が家に届けられた郵便物。
 それは耐熱耐毒耐核耐衝撃、とまではいかなくても極めて強固な特殊ケース。
 夕飯の準備をしているセリオ(偽)。
 ケースを開ける僕。
 その中に入っていたのは。
 一人の少女。

 ……やっぱ、ろくでもなさげな状況だなあ。

「届け人は来栖川エレクトロニクスHM研究課……って事はこの子は」
「たいへんですご主人様! 脈が有りません!」
「メイドロボなんだろうなあって、何やってんのセリオ(偽)」
「待って下さい人工呼吸してみますうまくいけば蘇生するかも」
「いや、別に通常の起動方法で目を醒ますと思うのですが」
「ああ、さようなら私のファースト・キス……」

 なんだか変な行動をとっているセリオ(偽)は、面白いから放っておくことにして、僕は同封されていた手紙に目を通す。

『あなたは厳選なる抽選の上HMX−17型のモニターとして選ばれました。え? 申し込んだ覚えが無い? いいじゃないですか。最新型ですよ最新型。まっとうに買えばそりゃあもうすげえ値段になるのが、何と今なら無料! しかも、今なら維持費として毎月スイス銀行の秘密口座に振り込みが! やあラッキーですねえ、私が変わってもらいたいくらいですよ。何自信が無い? 大丈夫! 君なら出来る!』

 とりあえず、これを書いた人は異動するべきだと思った。
 それにしても、こっそり書いてあるこの振り込み額……。
 いいのか? これ?
 まあ、セリオ(偽)の購入費用でてんてこまいの僕としてはありがたいといえばありがたいが。

 添付されてきた起動用ディスクを手にし、僕がとりあえず起動しようか、と思っている横では、海上保安庁のマニュアルに載っていそうな完璧さで人工呼吸の準備をしたものの、くちづけしようかどうかでためらっているセリオ(偽)がいる。
 面白そうだったから頭を押してみると、横になった少女とおでこをぶつけてあいたたとか言っておでこ押さえてしゃがみこんだので、僕はその隙に起動の準備をする。

「ご主人様、痛てえです。なにしやがるですか」
「いや、ちょっと面白そうだったから」
「……って、なに謎の少女にコードつないでいるのですか?」
「よく見てみなって。この子ロボットだよ。君の仲間」
「ええっ!」

 セリオ(偽)は、バックにがーん、という書き文字を背負って、

「そんなっ、ご主人様っ! 私という者がありながら別のロボットを買ったのですかっ!」
「いや、そうじゃないって」
「あう〜。機械がわしらの仕事を奪う〜」
「……遊んでるだろ」
「ええ。まあ」

 妙にハイテンション。
 基本的に、こういう厄介ごとが大好きなんだ。この子は。
 
 起動ディスクを実行させ、少女が目を醒ますのを待つ。

「どんな子ですかねえ?」
「さあ? 少なくとも僕に飛び蹴りをくらわすことはないと思う」
「誰がそんな事をするのですか?」
「時々本気だから君怖いよ」
「あ、目、醒ましますですよ」

 言葉の通り、少女が目を醒ます。
 そのとき、僕は不思議な感覚を受けた。
 前、どこかでこの子と会ったような。
 記憶の糸を手繰っても、そんな覚えはないのだけど。
 
 彼女は目を開き、ゆっくり体勢を立て直す。
 立ち上がり、僕らに挨拶をする。

「はじめまして。このたび、モニター用として、配属されることとなりました。HMX−17、ユニと申します。どうか、よろしくお願いします」

 そうして、物語は再開する。

(つづく) 


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