無理はしないで。
 あせらないで。
 ゆっくりと。
 いざこざを起こさないように。
 頑張って。
 そして。
 楽しんできなさい。

 はい。
 やってみよう。

artifactcycle:2「みんなと、みんな以外のうた」

 教室はざわついていた。

「転校生? 今になって?」

 夏樹は祐司の言葉に、あからさまにけげんそうな声を上げた。

「そ。転校生。一番後ろに空の机が運ばれているっしょ。このゆーちゃんの情報網に狂いはないって」

 夏樹は後ろを見る。
 そこには、確かに誰も座っていない、昨日まではなかった机がある。
 そして、その横の席には、彼女らの幼なじみにして腐れ縁である所の月本真一が、ぐでー、とした感じで机に突っ伏しながら音楽雑誌を見ている。
 祐司は真一に話しかける。

「しんちゃーん、転校生だって♪」

 真一は机に突っ伏したまま、いかにもけだるそうに、

「お前、そのガキみたいな喋り方止めろ」

 とだけ言った。

「うー、なっちゃーん、しんちゃんがつめたーい」
「確かに、あんたの喋り方はバカみたいだから私も改めた方が良いとは思うけど、それはそれとして、やっぱり転校生が来るにしては時期変なんじゃない?」

 祐司は、我が意を至り、と言った感じで、

「だしょ。やっぱり、なんかミステリアス。きっと、きっとウラがあるんだ! ねえしんちゃん、今朝曲がり角で知らない女の子と正面衝突とかしなかった?」
「しねえ」

 祐司はつまらなそうな顔をしたが、すぐに気を直し、鞄の中から何やら取り出した。

「……何それ?」
「バナナの皮」
「何故そんなものを出すの?」
「ふっふっふ。これを床においておく。すると!」
「すると?」
「転校生が踏んでこける」
「……イジメはやめなさい」
「違うよ、見知らぬ学校に移ってきて、まだいまいち空気にとけこめない転校生、そこで、このバナナの皮! こいつを踏んづけてステンと転んでちょっと舌出して「てへ」なんてやった日にはクラス中が和やかな空気に包まれてその子は一躍人気者って寸法さ!」

 夏樹はやっぱりこいつは馬鹿なんじゃないかと思った。
 こんなやつなのに成績は自分よりは良いのは、絶対納得いかなかった。
 この場合関係ないが。
 
 そんなこんなで言い合っているうち、担任の教師が教室に入ってきた。
 何食わぬ顔で席につく祐司。バナナの皮はセット完了。

「えー。みんな席に着いて。今日は、転校生を紹介する」

 再びざわめく教室。
 教師の入室に遅れて、入ってくる人物。
 女子の制服。まずそこで喝采を上げる大部分の男子と一部の女子。
 が、視線が徐々に上がるに従い、クラス一同声を失う。
 整った顔立ち。まあ、それは良い。
 水色の髪。まあ、そんなことで文句を言う奴はこの世界にはいない。
 問題は。
 人ならば耳があるべき場所につけられた、奇妙な装飾品。
 それはすなわち。

「はじめまして。私、HMX−17。『ユニ』と申します。
 今日から皆様と一緒にお勉強させていただくこととなりました。
 よろしく、お願いします」

 人でないものの、証だった。

「あー。ユニくんは見ての通り、来栖川製のロボットだ。まあ、あまり気にせずやってくれ。ユニくん。君の席は一番後ろのあれ。とりあえず座って、教科書なんかはしばらく近くの人にでも見せてもらってくれ。以上」

 教師は、かなりいい加減だった。
 ユニはこくりとうなずき席へと向かう。

 さて、星野祐司はちょいとびっくりしているが、彼の仕掛けたトラップはまだ現役作動中である。

 つかつかと、少し長めのストライドで歩くユニ。
 その足元にあるのはバナナの皮。
 そんで、まあ。
 彼女はこけた。
 はたと気がつきやべえと思う祐司。
 いくらなんでも奇麗にこけ過ぎだろうと思う夏樹。
 何がなんだか判らないクラス一同。
 まったく動じていない教師。
 そして。

 ユニは、何事も無かったかのように立ち上がり、何事も無かったかのように歩行を再開し、何事も無く席に着いた。

 そんなユニを見ながら、月本真一は、

(……変な奴だな)

 と思った。
 それが、彼の彼女に対する第一印象だった。

 鼻はずきずき。
 モータはどきどき。
 びっくりした。
 緊張して、かちこちになっていなかったら、変な叫び声を上げちゃうかもしれなかった。
 ちゃんと、落ち着いているふうに見えただろうか?
 変なふうに見えなかっただろうか?
 とてもふあん。
 でも、がんばる。

(つづく) 


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