戸高雅史 チョモランマ遠征レポート 99


ここでは、FOSの杉山さん、前田さんのご協力により、現在単独のチョモランマ登頂を目指している、
「日本FOS チョモランマ登山隊 1999」 
の戸高雅史氏とBCマネージャーの優美さんのレポートをお届けいたします。


レポートbS

カイラス巡礼−戸高優美−編 その3「マパム・ユムツォ(湖)一周」

7月21日 晴れ マパム・ユムツォ(湖) 一泊目
海抜4588mにあるマナサルクール湖。チベットの人々はマパム・ユムツォと呼
び、聖湖としてカン・リンポチェとセットで巡礼対象となっている。「マパム」は
チベット語で「征服されない」という意味。インドの非暴力主義独立運動の指導者、
マハトマ・ガンジーの遺灰はこの湖にまかれている。ヒィンドゥー教のインド人に
とってもこの地は聖地であり、今回も多くのインドの巡礼者にあった。サドゥーと
呼ばれる行者さんは着の身着のままのヒッチハイクと野営で巡礼に来る。チベット
人もサドゥーのことをそれなりに尊重しヒッチの交渉などを行っていた。どんな宗
教であっても聖地を求めてやってくる人の想いは同じであると受容し助け合う人と
人の姿に人種を超える心の在りかたを見るようだ。
湖の周囲は約100km。チベット人はツァンパ(麦)だけを持ち軽荷で途中の寺
へ泊めてもらいながら行くので2泊3日で回ってしまう。私たちはキャンプ道具一
式もっての味わい巡礼なので4泊5日の予定。まずはスタートとなるチュウ・ゴン
パ(寺)でお参りをする。ゴンパにはパドゥマ・サンババというインドからチベッ
トへの仏教を伝えた人が瞑想したという洞窟があった。5人はいれば一杯の洞の中
はバター灯が揺れ、像とパドゥマ・サンババの足跡とマパム・ユムツォの丸石が薄
暗い中、浮かび上がるように在る。まさにこの洞から仏教が広がっていったとされ
ている。ものすごい中心の何か核心的な場にいるかと思うと不思議な感動がある。
それから男性一同は女人禁制の堂へと向かい、私は一人湖を眺めるベランダに残る。
湖面は驚くほど深いコバルトブルー。強烈は日差しが反射して風に吹かれるつどに
何億の鏡となりまばゆく輝く。風に吹かれては光る波は瞬時の宝。それにしても広
い。湖の巡礼、どんな歩きになるのか楽しみだ。

7月22日 マパム・ユムツォ 2日目
とにかくすごい大の大の大襲撃。1匹1cm以上はある大きさのブヨが100匹以
上はいる。2日目湿地帯を歩きはじめると低い草木からいきなり「ブーーン」と寄
ってかかって付きまとわれ、ザックもズボンもブヨだらけになってしまう。気が狂
いそうだ。頭からバンダナを巻きヤッケのフードを完璧にかぶって、鼻や口に入っ
てこないようにしっかりガード。しかしやつらは狭いサングラスの間から侵入して
くる。前を歩いている戸高のザックには所狭しと500匹はへばりついている。気
持ち悪くてストックで叩くと・・・。私に目掛けて飛んでくるのです。歩くのもき
ついのに、ブヨの襲撃に興奮し、反撃しながら進み、ゼーハーゼーハーしていると
戸高は悟すように言いました。「ユーミ、お釈迦様が瞑想したインドはものすごい
ハエがいたんだよ。こんなブヨにアタフタしていたら、悟りは開けません。一歩一
歩歩けばいいんです。」(だって、だって。別に私は悟りなんか開けなくていいん
です。それにしたってあんまりにも多すぎやしないか、このブヨたりは・・・・く
ぅー。)

とにかく早くブヨのいない地を求め進むしかなかった。石の転がる湖畔に出るとブ
ヨたちもいなくなった。空気をいっぱいすって堂々と歩けることが嬉しかった。湖
水の澄んだ所にテントを張る。休憩をとらずに歩いたのでバテバテだった。大量の
お茶を沸かしラーメンを作る。遠くから一人こちらに向かって歩いてくる。近づく
と5才くらいのお寺の子供だった。名はニマという。戸高のとなりに座り何をねだ
ることもなく、じっと黙って石いじりをしている。遠いまなざしで湖を見つめなが
らセンチメンタルな感じだ。もしかしたらお寺へ出された子かもしれない。チベッ
トでは健康で働き手となる男の子を一人家に残し、賢い子は僧に出し、読み書きを
習わすと書いてあったのを思い出した。まだ甘えたい年頃の幼い子が自分の意志で
はなく寺で修行というのも辛いだろう。
あんまり淋しそうに見えるけど私たちには彼の存在を空間の中で受け入れてあげる
ことしかできない。飴とナッツを小袋にわけると、嬉しそうに受け取って一つ一つ
大事そうに食べた。笑顔が覗けたことが私たちには嬉しかった。子供はどこの国の
子も同じ、遊んでくれれば嬉しいし、心と心でつながることができる。夕暮れの中、
戸高が禅を組み始め、私も寒くなってきたのでテントに戻ると彼もトボトボと帰っ
ていった。湖は静かにまるで海のようなリズムを岸へと繰り返し響かせる。空は淡
い桃色から赤く染まり、やがて深い夜が降りてきた。風景と自然音もすべて調和さ
れた美の中にあった。自分を超えた何かに導かれていることを受け入れられそうな
日だった。

7月23日 厳しい渡渉 3日目
今日は誰一人巡礼の人に会うことができなかった。チベットの人のカン・リンポチ
ェ、マパム・ユムツォ湖の巡礼ピークは4、5月。その頃は大勢の人々とヤクたち
がこの湖を歩いていることだろう。全く人に会わないのは淋しい気もするが、だか
らこそこの大自然の在りのままのリズムが刻まれている。時計の時間なんかじゃな
い光と空間との一時、偶然のような必然の自然時間には常に神秘性が伴っている。
今日はドルジが気をつけてと念を押した深い渡渉(川を越えて歩くこと)ポイント
がある。湖沿いに歩いていると大きな川が合流していて、かなり深く、急流になっ
ている。モンスーンで増水しているのだ。仕方なく川をさかのぼり渡渉のポイント
を探す。7月10日からシャワーをあびていないので肌が水に触れるとさわやかで
気持ちいい。戸高は喜んで渡渉チェックをしてくれる。やっと渡れそうなところを
見つけたが、それでも(水位は)私の腰くらいはある。軽量化の為、着替えはまっ
たく持っていない。ズボンもパンツもすべて防水パッキング。二人して肩を組み急
流を下へ歩きながら渡った。青い空と強烈な日差しに濡れた体はすぐに乾く。何よ
りもこの大自然に服を着ない(上ヤッケは着てますが・・)ってことは解放感があ
って動物的パワーが蘇ってくる。戸高はめずらしく「わあぉー」とか言っちゃって
渡渉できた達成感と野生の回帰にいつもの自分を見失っている。私は彼にあるユニ
ークな部分をもっと自分に許したらいいんじゃないかと思う。いつも哲学的で疲れ
ないのかなぉと思うことがある。川辺は緑と花たちの世界。歩くだけにならず、か
わいい花々を探しながら楽しく歩める。本日のキャンプ予定地はトゥゴゴンパだっ
たけれど、体力限界につき途中テントを張る。毎日毎日よく歩いているよと自分が
誇らしい。

7月24日 長い長い歩き 4日目
湖の対岸を眺めると遠い。半分まで来るのに3日間かかったというのに2日間で残
りを行くって結構ハード。けれど歩くってことがこんなにも楽しいと思えたのは新
鮮だった。
ブヨはぬきとして道は結構安全だし、湖と空は果てしなく美しく純粋なエネルギー
が満ちている。風はちょうどいい冷たさで吹いてきてくれるし、いつも暑い時間帯
は雲がまるで日傘のように太陽光線をシャットアウトいてくれる。私は小さな頃か
ら自然は友だちだと思っていたけれど、この年になっても小さな頃に自然と友だち
になっていて本当に良かったなあと心から思う。湖はたくさんの水鳥たちが気持ち
よさそうに浮かび浮いている。今日はひたすら歩いた。疲れると荷をどすんと置い
て、ため息をついて座り込み、湖を眺めて水をガブガブ飲む。荷が背負えそうに回
復したら「エイヤー」と背負っては歩く、を繰り返し35km以上は歩いた。私に
は苦行だった。もうへとへとになりテントを張った。おやすみ。

7月25日 マパム・ユムツォ 5日目
昨日の夕暮れは素晴らしかった。ヘトヘトだったけれごゴールまであと10kmを
切った辺りから雲が晴れ、遠くカン・リンポチェが見えてきた。(よく歩いてきま
したね。もう少しですよ。さぁ頑張りなさい。)とお釈迦様のように微笑んで山が
優しく迎えてくれた。カン・リンポチェ、マパム・ユムツォの巡礼はけして甘いも
のではない。自らの歩みと祈りで巡礼することで得られる自然との融和。誰に救っ
てもらうのではなく、自分自身で向かうことで何かを自分の心の内に置くことがで
きたような安息感。自分自身を振り返る。日本出発前に顕在化してきた心の葛藤は
誰に相談しても解決されることはなかった。話したことで一時的に軽くなっても、
しばらくすると同じ不安が起きた。けれどこの大自然に抱かれ、聖地を歩くこと、
チベットの人々の祈る姿と朗らかに大らかに生きる姿に私は何か超えられた気がし
た。戸高がここへ来たことを心から喜んでいる姿を見て、彼は本当にこの巡礼をい
ま求めていたのだということを確認した。
彼が個として自由に歩むことの権利を抑することはできないし、また、自分自身を
自由に解くということはとても難しいことだと思った。
私は自分の意志や志向を強烈に自覚したり、持っている人ではない。
いつも風のように運ばれて、与えられる空間に生きていく。けれどいつもそこには
素敵な人との出会いがあり、癒してくれる自然がある。私の旅は何かを悟ることを
目的とするようなことはなく、歩きながら祈りたくなる場で目を閉じて、浮かんで
くることは、家族と友だちといつも私たちも見守ってくださるかたの健康と幸せだ
った。私がこうして一人で立とうとしている背後にはいつも誰かの愛がある。こん
なに遠くにいても誰かが祈ってくれる愛を感じるように私も祈りで祈りを交わせる
ような深い人間になっていけたらと思った。こうして歩めたことに感謝します。
(戸高優美)