戸高雅史 チョモランマ遠征レポート 98


ここでは、FOSの杉山さん、前田さんのご協力により、現在単独のチョモランマ登頂を目指している、
「日本FOS チョモランマ登山隊 1998」 
の戸高雅史氏とBCマネージャーの優美さんのレポートをお届けいたします。


レポート5

8月28日(金)

北西壁の取り付きで半日じっくりと壁の様子を調べた。ホーンバインクーロアールとグレイトク
ーロアールどちらも取り付きにはものすごいデブリ(雪崩跡)がある。昨夜からC1でも5cm
ほど積雪があったがそれらしい新鮮なデブリもある。しかし壁の傾斜から考えて降ってすぐに昨
夜うちに雪崩れているようだ。
10時17分、ノースコル超しに北西壁に陽があたり始める。急に暖かくなる。やはり壁に陽が
あたる前にクーロアールを抜け雪壁の尾根上になったところへ出たい。基本的には雪崩は降った
らすぐに落ちてきているようだ。雪も8千mから上はわからないがそれより下では安定している
気がする。予定どおりホーンバインクーロアールにアタックすることにしてC1に戻る。

8月29日(土)

午前1時30分起床、昨夕は夜のおきまりの雪もそれほど降らず絶好のコンディションだ。当初
は一度7000mまで最後の順応をするつもりだったがチャングチェで6500と6650mへ登っており、
現在体調もいいので順応ではなく思い切ってアタックをかけることにする。3時、優美に「行っ
てくるよ」と告げてC1を出る。
4時40分取付に到着。スノーシューズをはずし、オーバーシューズ、アイゼンを着け5時、登
攀開始。デブリを100mほど登り、シュルンゼ(クレパス)を超えると傾斜は次第に急になる
70度くらいの氷雪壁となる。問題は氷がどれほど出てくるかだが表面には締まった雪がのって
おり、これなら十分フリーでクライミングダウンができそうだ。雪崩がくる可能性は少ないがそ
れでも心の中で祈りながらスムーズなリラックスした呼吸を意識して登ってゆく。早めに左側の
雪稜に登るつもりだったが思った以上に側壁は急でそのまま7000mまでつめてゆく。
8時、7100mに到着。次第に上部からのスノーシャワーがひどくなる。そのあたりから氷壁
となる。手持ちのアイスピトンとロープを考えるとアタック後の下降に不安を覚えたため今回は
ここまでとする。1ピッチ、氷壁を50m懸垂下降し跡は慎重に後ろむきにクライミングダウン
をする。1時間で取り付きに到着。かなり神経をつかっていたのだろう。思ったより疲れがひどい。
スノーシャワーの多さにはまいった。だが3時間で900m登り7100mまでいけたことは満足
だ。一気にアタックできなかったのは残念だが、考え様によってはこれで壁の様子も分かったし、
いい準備になったようといえよう。途中まで優美がむかえに来てくれた。今回はABCまで戻り休
養とルートおよび装備を総合的に検討し、9月2〜6日にかけてアタックをかけるつもりだ。登山
という行為の深さを感じ満足している。
                                      戸高 雅史



8月27日(木)  晴天

C1までの4時間、落石地帯を足早にぬけ、モレーンを超え氷塔迷路をクリア、テン場まで80m
ほど雪斜面を登るとそこは別天地。チャンチェ西稜のふもと、大岩に守られるように張られたテン
トサイトからは南正面にチョモランマ峰の大岩壁がそびえたつ。岩と雪の壁の壁の厳しさを、雪た
っぷりののせた西稜は優雅で美しい女性的なラインを創り出す。南西には広大な雪原がローラ(ネ
パール国境)へのびあがり空へ向かう。振り向けば北にロンブク谷に向けて、大セラックから氷塔
群へ青空の下には、荒涼とした茶色に地が幾重にも重なる。この地は山がこうして創られた時から
変わることのないリズムを保ち在り続け、これからもそう変わることはないのだろう。

8月28日(金)

 静かな夜、星たちのかなでる光の音は済んだ美しい音色を響かせる。天候が変わった。朝晩の冷
え込みが厳しく、吹いてくる風が乾いている。戸高は午前中偵察に行く。「壁の状態は非常にいい。
明日から体の調子と状況によってはアタックに入る」と午後は仮眠をとる。私はスノーシューズを
はき、取り付きに向かって散歩にでかけることにする。雪の上を歩くのはなんとも心地がよい。こ
の美しい雪と山の世界、危険が伴わなかったとしたら、迷わず戸惑うことなく味わうことができる
のに、この美しい中に埋没していくことを恐れる。戸高はこの世界が美しいけれどそれだけではな
い事実を経験から知っている。恐怖がイメージからくる心の葛藤だとすれば私の見ている世界と、
戸高のそれとはこの場にいても見えているものや味わっているものが少し異なると思う。
                                      戸高 優美