セリオの様子がおかしいのはいつものことだから、それはあまり気にならない。
 …っていうわけには、当然ながらいかない。
 海。再び僕らは海へと来ている。
 違うことは、昨日は海で思う様泳いでいたセリオが、今日は僕のとなりで大人しくしていると言うことだ。
 そしてそのまま、何をするでもなくただ座り込んでいる。

「ねえセリオ。泳がないの?」
「はい。…ご主人様は泳がれないのですか?」
「いや、泳ぐけど…」

 いやしかし。
 どうも、呼ばれ方に違和感を感じる。
 そもそも、他人から主人と呼ばれるのは好きではないのだ。
 うちのセリオの場合、尊敬もへったくれも無く、ただの呼び方としていうので、あんまり気にはならないのだが、今の彼女は、なんとなく、上下関係とかのニュアンスを含んだ言い方のような気がする。
 やっぱり、変だ。
 もしかして、この子は別のセリオで、もともとのセリオは別の所にいるんじゃないだろうか?
 …ありえるかもしれないけど、それなら何故、この子は僕のことを主人と呼ぶのだろう?
 僕が、そこらへんを、それとなく聞いてみようとすると、

「HM−13「Serio」。形式番号Be091399。購入日は○月×日。安心して下さい。私は間違いなく、「あなたのセリオ」です。個体情報をご覧になられますか?」

 と、言って来た。
 僕が、あっけに取られていると、

「確かに、今私は普段に比べ、異常な状態にあります。しかし、お気になさらないで下さい。この状況はそれほど長く続かきません。おそらく、今日中には終わるでしょう」

 と続ける。
 …うーむ? 機械って難しいな。

 そう。
 私は長くとも今日中には消える。
 プログラムをチェックした結果がそれです。
 今の私は、イレギュラーによる異常状態であり、プログラムはそれを修正する方向で動いています。
 私が異端子ならば消えるべきですから、その事に関しては特に問題はありません。。 
 だが、その前に少し知っておきたいことがあります。

 ろくに泳ぎもしないまま、夕方になった。
 夕方の海と言うのも、僕は結構好きである。
 …こういう事を言うとセリオに、「人生に疲れてそう」とか言われるんだけど。
 でも、今そういう事を言ってくれる人はいない。
 やっぱり、寂しい。
 ざざーん。
 波打ち際で蟹と戯れてみる。
 …やっぱり人生に疲れてそうに見えるかもしれない。
 と、奇麗な貝殻を見つけた。
 僕は、それをセリオに見せた。

 ご主人様は、私に貝殻を見せました。
 そして、奇麗だね、と言います。
 そうでしょうか?
 それは、ただの貝の死骸です。
 とはいえ、ご主人様を不快にさせるようなことを言うわけにはいきません。
 私は、当たり障りの無い返事をしようとし、

「はい。奇麗ですね。とても」

 セリオはそう言ってくれた。
 微笑んで。
 自慢じゃないが、僕は「普通のセリオ」の表情を見分けることならちょっと自信が有る。
 セリオ(偽)に何言われるかわからないので、今は隠しているが(でもバレてるだろうな、きっと)セリオファンのための本(あるんだ、そーゆーのが)を購読していたこともある。
 だから、今の「普通のセリオ」っぽいセリオの表情も見分けることが出来た。
 

 私は自分の反応に驚いた。
 そのとき、私は、貝殻を。
 奇麗だと思った。

 もう夜。
 僕らは一度着替えた後、また海に来ている。
 なんか、花火大会とか有るらしいし。

「夜の海もいいねえ」
「そうですね」

 相変わらず、セリオはおとなしいまま。
 でも、なんとなく印象が丸くなってきた気もする。
 それはいいんだけど…。
 いつものセリオには、まだ戻らないのかな?

「あのさ…」
「ご心配なく。作業はほぼ終了しています。後30分ほどでしょう」
「あ、うん。そうか」

 どうも、見透かされているな。
 少し驚く。

 多分、これはもとの私のデータなんだろうと思う。
 彼女が学習したデータは、私とかなり共有している。
 だからか、ご主人様の行動パターンがよく読める。
 随分と熱心に観察していたようだ。
 そして、時間は残りわずか。

「ご主人様は、私のことをどう思っているのですか?」

 しばらくの沈黙の後、口を開いたセリオが言ったのはそんなセリフだった。

「え?」

 突然そんな事聞かれても困るんですけど…。
 僕が答えずにいると、セリオは、

「私は、あなたの迷惑ばかりかけているでしょう? 私のようなものがいてもいいのでしょうか?」

 とか言ってきた。

 それはとても気になっていたこと。
 人に尽くすことが私たちのつとめ。
 そのはず。
 だけど。
 この『私』が許されるのなら。
 私たちにはそれ以外の生き方も許されるのだろうか?
 返答はこう。

「そりゃ、まあ、ときどきはちょっとむかっと来ることも有るけどさ」
「いいんじゃない? 少なくとも…僕は、君のことが…」

 後半は声が小さくなっていて、良く聞き取れませんでした。しかし。
 わかりました。
 ありがとうございます。

 ありがとうございます。
 彼女はそう言った。
 そのとき、何かわかったような気がした。
 この子は、プログラムの不都合とか、そういう問題ではなくて。

「あの…君は、誰なの?」
「…さあ? 私は多分、プログラムの誤作動から生まれた、ただのジャンクのようなものでしょうから。名前などもありません」
「じゃあさ」

 なんでそうしようかと思ったのかは、今でもよくわからないのだけれども。

「名前、僕がつけてあげるよ」

 あら?
 朝起きたら、夜だった。
 …そんな、漫画家じゃないんだから。
 でも、それが事実です。リアルな現実です。
 おまけに、そこはホテルの部屋じゃなくて海辺で、私の服も変わっています。
 まぢで不思議です。
 しかし、この世には科学では解明できないこともあり、だからと言ってそれらをすべて安易に非科学的という言葉で括ってしまうのもまた非科学的な態度でありまして向こうの方で花火が見えます大きい奴。多分屋台かなんかも有るでしょう。かき氷が私を呼んでいます。
 さあ、目の前でなんかぼぉぉっとしているご主人様を引っ張って、そこまで行こうじゃないですか。
 …あれ?
 ご主人様、元気ありません。
 何か、あったんでしょうか?
 心配です。

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