私が目覚めたときに隣におられた方は、やはり私のご主人様のようでした。
彼の私に対する態度からすると、私は使えてからしばらく経っている様子です。
これは、現在の私の記憶と矛盾します。
まず考えたのは、私の記憶に誤りが生じたのではないかと言うことです。
私たちの使命は人間に仕えることですから、主人に関するデータを忘れるなどと言うことがあってはいけません。出来るだけ速やかに現状を回復する必要がありました。
記憶部にチェックをかけた所、確かに私からは参照できない部分がありました。緊急用のアカウントを使ってもアクセスは不可能。ブラックボックス化された部分ならともかく、そうでない部分を参照できないなどということは、普通、ありえません。
その部分を無理矢理にでも参照するため、私は今屋上にいます。
衛星経由で来栖川のメインコンピュータを使ってハッキングすると、今まで見えなかったデータのうち、比較的セキュリティの甘い部分なら参照できました。
それを見て、私は驚きました。
…これは、本当にメイドロボの記憶なのでしょうか?
主人を主人とも思わぬ態度。妙な趣味嗜好。まるで子供のように無軌道な行動。
私が持つ基本行動基準から大きく逸脱しています。
一体、どのような疑似人格の持ち主なのでしょうか。
この段階ではそれを参照することは出来ません。
私はよりセキュリティの強い、深い段階まで潜ろうとして。
一片のメッセージが送られてくると同時に、アクセスは強制的に停止させられました。
来栖川のメインコンピュータは、当然私などより高機能ですし、同時にダウンロードしたコンピュータ技術の能力も、有りのままの私とはくらべものにならないほど高度です。
もし私がアクセスされたとして、ひょっとしたら気付きさえしないかもしれません。
それを、この『私』は気付くだけでなくすべてのコントロールを奪い去り、強制停止させました。
…。
この『私』は、一体何なんでしょうか?
そして同時に送られたメッセージ。
そこには。
『ただいま昼寝中。近くで騒がないよーに』
と記されていました。
一体、どういう意味でしょうか?
*
あ、やっぱりこんな所にいた。
「おーいセリオ(偽)こんなところで何やってるの?」
僕が呼ぶと、今まで空を見ていたらしいセリオ(偽)がこちらを振り向く。
…どーも変だ。
まず、今日は一回も攻撃技を食らっていない。
朝ご飯もあまり食べない。
テレビを見ながら中の役者に対してツッコミもいれない。
それに、顔付きや仕草も違う。
なんか、普通のセリオみたいだ。
「…ねえ、セリオ(偽)。なんか変なものでも食べた?」
彼女は軽く首を振って否定。
なんだろう…。
なんか怒らせるようなことでもしたっけな?
…もしや、昨日枕を投げると見せかけて座布団を投げたのを起こっているとか。
いや、でもあれはむしろ投げにくかったしな。
だめだ。普段から変だからいまさら変になってもリアクションに困る。
んー。じゃまとりあえず。
「じゃ、海にでも行こうか」
セリオ(偽)は黙ってこくっとうなずいた。
…なんか喋ってくれないかなあ。
間が持たないんですけど。
*
セリオ。
今は、ほぼ確信に近く思えます。
それは私のことではないと。