コンピュータが沢山置かれているこの部屋は、寒いぐらいに冷房が効いている。
 その部屋に置かれている大きなカプセル。
 人型ロボメンテナンス用のベッド。
 その中で、セリオは眠っていた。
 …。
 僕はそっと近づく。
 エンジニアらしい人が、そのカプセルの横につけられたボタンを操作すると、カプセルの前面部が扉のように開き、その中で眠っているセリオが現れる。
 シンプルなセンサースーツに身を包んだ彼女は、まぶたをゆっくりと開いて、僕の方を見る。
 そして、うすく微笑み、

「あ…ご主人、様」

 そう、呟いた。

 異変に気が付いたのは、家に帰ってからしばらく立った後。
 昼寝をしていると思っていたセリオが、いつまでたっても起きてこなかったとき。
 僕は、いつまで眠っているんだろうと思って、セリオを軽く揺さぶってみたりした。
 でも、セリオは揺さぶられるままで、目を醒ます気配はなかった。
 嫌な予感がした。
 セリオのマニュアルをチェックして、外部からの状況診断方法というのを調べる。
 方法どおり、ノートパソコンとセリオの出力端子を接続する。
 診断結果はアンノウン。不明なエラーが起こっている。
 一番たちの悪いエラーだ。
 僕はすぐさまユーザーサポートへと電話をした。
 30分ほどで、来栖川のサポート係がやってきた。
 そして、セリオと僕はこの施設へと運び込まれてきた。

「…ご主人様、ご迷惑をおかけして申し上げありません…」
「そんなこと、気にしなくても良いんだよ…」

 声にいつもの覇気が無い。
 …体調は、相当悪いようだ。
 現在、セリオからのデータは取り終え、精密検査にまわしているらしい。
 検査結果が出るまでの少しの間、僕はセリオとの面会を許された。
 僕は、セリオの手を握る。
 セリオは、僕に微笑んでくれる。

「…考えてみれば、ご主人様には迷惑のかけっぱなしでしたね…」
「何言ってんだよ、らしくもない…」
「それなのに…最後まで…」
「最後なんて言うなよ。大丈夫だって。きっと、たいしたこと無いから」
「…はい」
「迷惑だってさ、これからもかけてくれて良いんだから。海、行くんだろ?」
「…はい、行きたかったです…」
「行きたかった、じゃなくて、行くの。ほら、今度の週末にでもさ」
「そう、ですね。ありがとう、ございます」

 そして、セリオはにっこりと笑い、
 ふたたび目を閉じた。

「…セリオ?」

 僕はセリオの方に詰め寄ろうとする。
 その僕を、引き止める腕があった。
 振り向くと、白衣を着た、妙に体格の良い男性がいる。

「落ち着いて下さい。眠っただけですよ」

 見ると、セリオの胸は静かに上下している。
 僕はほっと息をつき、

「あの、あなたは?」
「ああ、申し遅れました。私は、こうゆうものです」

 と、名刺を渡してくれた。
 名刺には、HM開発主任、と書かれている。
 そんなえらい人が出てくるほど大事なんだろうか?
 …じゃあ、セリオは…。

「とりあえず、ちょっと来て下さい。セリオくんの事についてお話しますから」

 私らとしても、当初は少々戸惑ったのですよ。
 明らかに不調が起こっているのに、原因が良く分からない。
 感覚系や情報処理系にも、これほどの不調を引き起こすような要因は見つからない。
 そこで、私らは、消化器官と循環器官を調べてみました。
 もしかしたら、何か有毒なものを摂取したのではないかと。
 ええ。セリオクラスのロボには、生体部品も結構使われてまして。
 それが細菌汚染すると、かなりしゃれにならん事態になるわけです。
 そんなわけで、調べてみたのですが、その際驚くべき事がわかりました。
 まったく、長年ロボットに携わっていますが、こんな事ははじめてですよ。
 え? 本題に入ってくれって? ああ、すみません。
 いいですか? 驚かないで、聞いて下さいね。

 セリオの眠っているカプセルの扉が開く。
 セリオは、ゆっくりとまぶたを開く。

「ご主人様…お話、してきたのですか?」

 僕は無言。かすかに肩が震えていたかもしれない。

「私がどうなっちゃのか、聞いてきたんですよね? …私、どうなんでしょう? やっぱり…壊れちゃうんですか?」

 セリオは寂しげな顔をした後、すぐに笑顔を取り戻し、

「あ、でも安心して下さい…。まだ保証期間中だから、きっと新しい子がやってくるはずです。きっと。…私なんかより、ずっと良い子のはずですから、良くしてあげて下さいね。でも」

 セリオは笑顔のまま。
 涙を流して。

「でも…たまには私のことも思い出して下さいね」

 僕は、そんなセリオの顔へと手を伸ばし。
 軽く、セリオの頬を触れた後。
 セリオ(偽)にデコピンをかました。
 全力で。ズビシと。
 
??????????????????
 
 セリオ(偽)の顔全部に?マークが浮かぶ。
 自分が何をされたか理解できていないらしい。
 と、額の痛みに気付き、片手で額を押え、もう片方の手で僕を指差し、

「なっっっっっっにするんですかっ!? 人がせぇっっっっっっかくセンチメンタルな感じで切なさを炸裂させているってーのに!」

 今までのしおらしさはどこへやら。いつもの調子に戻って絶叫する。
 そんなセリオ(偽)を見る僕。
 肩の震えは激しさを増し、やがてそれは大笑いへと変化した。

「あ、何笑ってるんですか人が大変な思いしているってーのにバファリンの構成要素の半分である所のやさしさとか思いやりとかそういう人として大切なものはどこにおいてきてしまったんですか今から拾いに行きますか地中何メートルまで掘れば発掘できるんですか!?」

 セリオ(偽)は身を乗り出し、僕に詰め寄る。
 僕は。
 そんなセリオ(偽)を抱きしめて。

「…え? ちょっと、ご主人様?」
「セリオシリーズのバグ。今まで見つかってなかった奴」
「は?」
「体内に取り込んだ食料は、栄養になるわけじゃないにしても、そのまま貯めておくわけにはいかないから、何らかの処理をして体外に排出する必要がある」
「ちょっと、何言っているんですか?」
「しかし。体内に取り込んだ食料が一定量を越えると、処理機関が対処しきれず、オーバーフローを起こす。この際、自動診断プログラムは体内に異物が混入されたと見なしてしまう」
「…あの、その。もしかして」
「でも、実際には異物は混入されていない。ただの食料。ここで診断プログラムは混乱する。診断により正確さを求めるため、多量のリソースを要求する。でも、異物は出てこない。リソースは限界まで要求される。他の部分に障害が出るくらい。これがバグ。
 もっとも、その状況になるためには、かなり大量の食料を摂取しなければならない。メイドロボなんて、ユーザーに不自然さを感じさせないために、多少食料を摂取することしかないから、今までそんなテストはしなかった。だから見つからなかった」
「…あ、あはははは」
「病状を言おうか?」
「…い、言わなくても良いです」
「いいや言う。
 食べ過ぎです。腹八分目を心がけましょう」

 抱きしめているわけだから見えないけれど、多分セリオ(偽)の顔には冷や汗がつたっている。

「まったく、そりゃそーだよ。あれだけばかすか食ってたら、そりゃからだのひとつやふたつ壊すさ」
「…ふにゅう」
「まったく、困ったもんだね」
「ううう。ごめんなさい…」
「あやまんなくても良いよ。ただ…」
「?」
「もう、こんなに心配させないでくれよ…」
「…ごめんなさい」
「あやまんなくても良いってば」
「…はい。あの、ところで」
「何?」
「そろそろ離してくれませんか?」
「やだ」
「いやでもしかしですね。皆さん見てますし」
「いいって」
「ご主人様が良くても、私が良くないんですけど…」
「だめ。心配させた罰」
「謝らなくても良いっていったのにぃ」

 でもって。
 結局、セリオ(偽)が泣きながら「もう勘弁して下さいっス」と言うまで僕はセリオ(偽)を抱きしめていた。
 何故かって言うと。
 まあ、僕も、泣いている顔なんか見せたくなかったわけだ。
 ちょっと、嬉しすぎた。
 

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