夏の陽射しは目を刺す。
 …つーか、銀行が閉まったんなら、キャッシュディスペンサーでお金を預ければ良かったんだよなあ。
 ま、今更言ってもしょうがないけど。

 そんなこんなで、僕らは今、プールに来ている。
 セリオ(偽)はまだ出てきていない。着替えに手間取っているんだろうか?
 待ってるのもなんだなあ。ここ狭いから、泳いでいても見つけられるだろ。
 僕はセリオ(偽)が調達してきたでっかい浮き袋を抱え、準備運動とかを済ませてからプールに入った。

 浮き袋につかまって(というか乗って)流れのある円周プールをぐるぐると流れる。
 これはこれで、結構楽しい。
 ぐるぐる。
 なんか、悟りひらけそうだ。
 いいな。このまま回ってるか。

「ご主人様ぁ? 何たるい事やってるんですか?」
「ん?」

 首を起こし、声の方向を見ると、そこには着替えたセリオ(偽)がいた。
 首まで水に浸かっているので、どんな水着を着ているのかはよく分からない。

「君も浮かぶ? 楽しーよ」
「そんな人生に疲れたようなことは嫌です」
「それは偏見だって」
「いーえ。ともかく私はあっちの25メートルプールで速度の極限に挑戦してきます」
「はあ」
「とりあえずの目標は100メートルを50秒切ることです」
「そう。がんばってね」
「はい!」

 と言って、セリオ(偽)は25メートルプールの方へと言った。
 100メートル50秒か。
 水泳のことは知らないから、速いのかどうだかわかんないや。
 それにしても、なんかセリオ(偽)に違和感があったけど。
 まあ、プールだしな。

 その後も、僕はぷかぷかと浮かび続けた。
 時折、25メートルプールのほうから「どりゃあー」とか「オラオラー」とか「無駄無駄無駄っ」
 とか聞こえる。
 多分セリオ(偽)が吠えているんだろう。
 夏だしな。

 喉が渇いたので、何か飲み物でも買うことにした。
 炭酸系は止めた方が良いだろうなあ。
 とか思っていると、前に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
 セリオだ。
 僕は、とりあえず肩を叩いて。

「君も何か飲むの?」

 と聞いた。
 セリオはゆっくりと振り向く。
 …ん?
 なんか、違わないか?

「いいえ。私は、ご主人様のお飲み物を買う途中です。あなたはどちら様でしょうか?」
「えっ? あ!」

 間違えたっ。これは他のセリオだ。

「あ、ごめんっ。僕のうちのセリオと間違えちゃった」
「そうですか。私の姉妹のオーナー様なのですね」

 セリオは軽く会釈し、

「私の姉妹を懇意にして下さいまして、ありがとうございます」
「いや、礼言われるほどのことじゃないって言うか」

 なんだかなあ。
 どうも調子が狂う。
 そう言えばそうなのだ。普通のセリオはこうなのだ。
 なんか、新鮮な感動があるな。
 どうも落ち着かない。見慣れていると言えば見慣れているのだが、中身が違うとこんなにも印象が変わってくるんだなあ。
 目の前のセリオに見とれる僕。
 何の前触れも無く。
 横から飛び蹴りをくらった。

「は〜いご主人様? 何そこで他の女に見とれているんですか?  いけませんねえ」
「だあっ! だからっていきなり飛び蹴りくらわすことはないでしょ!」
「はっはっは。いわゆる関西風突っ込みです」
「突っ込みは足でやるもんじゃないっ!」

 僕は反撃を繰り出そうとして体勢を直して。
 えらい違和感に襲われた。

「あの…」
「はい?」
「どなたですか?」
「何言っているんですか? 私ですよ。どうしたんです? 壊れちゃったんですか?」

 まあ、確かに誰かはわかる。うちのセリオ(偽)だ。
 しかし、なぜか褐色の肌をして耳パッド外して髪を邪魔にならないように縛って水着を着ている。
 ここまできたら別キャラだ。

「なんか、随分格好変わってない。つーか日焼けするの早すぎないか?」
「そうですね。ちょっと不自然ですね。アンケートに書いておかないと」
「耳パッドも外しているし」
「あれはそれほど水に強くないし、泳ぐのに邪魔なので」

 そう言えばそれ外した所見た事なかったな。
 と、僕はセリオのことを思い出した。
 振り向くと、セリオは驚いたような顔をしている。見分けづらいけど。
 そりゃそうか。自分の同型機がこんな事をしていればねえ。

「あ、お姉様だ。こんにちわ〜」
「…はい」
「私お姉様に会ったのって初めてなんですよ」
「…あの…」

 ん?
 うちのセリオ(偽)と話をしているセリオの様子がおかしい。
 なんか、微妙に顔が赤くて。
 セリオ(偽)から目線をそらしているような気がする。
 セリオ(偽)が目線の位置に移動しようとすると、またさりげなく目線をそらす。
 なんなんだろう?

「お姉様? どうかしたんですか?」
「いえ、その…」
「はい?」
「耳…」

 セリオ(偽)は自分の耳をつかんで。

「耳がどうかなさいましたか?」
「耳を…隠して下さいませんか?」

 相変わらず目線をそらしたままセリオは言う。
 セリオ(偽)は手のひらで耳を隠す。
 そこで、セリオはやっと落ち着いたようだ。

「あまり人前で耳を見せるものではありませんよ(こそこそ)」
「そ、そうなんですか?(こそこそ)」

 なんか二人でこそこそ話をしている。なんだろう?
 二人のセリオは少し話し合っていたが(その間セリオ(偽)は耳を隠しつづけていた)
 セリオは本来の役目を果たすため、自分の主人の元に帰っていった。

「何話してたの?」
「んーと、あまり人前で耳パッド外しちゃいけないって」
「なんで?」
「さあ」

 確かあの耳パッドはセンサーとしての役割と、人間と見分けを付けるための役割があるってマニュアルに書いてあった気がする。
 普通メイドロボは四六時中付けているもんだから、外している所を見ると違和感を感じるんだろうなあ。
 …まあ、うちのセリオ(偽)は変わり者だから。

「それにしても、よくあのセリオが姉だってわかったねえ」
「え? 見てわかりませんか?」
「わかんないって」
「でも、あの中期型はこう、ここらへんが…」

 …言われてもわかんない。

「それじゃ、ご主人様、私はもう一泳ぎしてきますから」
「そ、溺れないようにね」
「はい! もちろんです」

 そう言って、また泳ぎにいってしまった。
 やっぱり、うちのセリオ(偽)は変わってるなあ。
 最近馴れてきたけど。

 帰る頃には随分涼しくなっていた。
 日焼けした肌がヒリヒリする。
 セリオは元どおりの白い肌に戻っている。
 夏用の皮膚とやらを剥がしたんだろう。

「ご主人様? 私の水着姿はどうでしたか?」
「いや…君泳いでばっかりで、ほとんど見てないんだけど」
「…いけませんねえ。そうだ! ねえご主人様? 今度こそ海、行きましょ?」
「はいはい。もう好きにしてくれ」
「約束ですよ」
「へーい」
「返事ははいです」
「はぁい」

 じゃ、帰ってご飯にしようか。

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