システムの旧態依然さを呪っても今は意味が無い。
それさえなければ、こんな思いをすることはないのだとしても。
僕は受けとったばかりの封筒を大事に抱え、足早に街を歩いた。
きょろきょろと辺りをうかがう。
奴は現れるだろうか?
違う。
奴は現れる。間違いなく。
僕がすべき事は、いかに奴の脅威を回避するかということだ。
歩みを進める。
その僕の目に、異質なもの映った。
斜めに立てられた籠、それを支えている棒、その棒に結ばれた紐は路地裏まで伸び、籠の中にはバナナが置かれている。
罠だ。
なんと恐ろしい罠だろうか。うっかりバナナを取ろうとしたならば、紐が引っ張られて籠は倒れ、僕はその中に閉じ込められるという寸法だ。
間一髪の所でそれが罠であることに気付いた僕は、慎重にそれを回避し、先へと進んだ。
その後も、さまざまな罠が僕を待っていた。
それらを全て回避し、目的地まで後わずかとなったとき。
とうとう奴が現れた。
僕は、封筒をぎゅっと握り締め、時間を確認する。
やばい、残り時間はあとわずかしかない。
このチャンスを逃しては、奴の思うがままとなってしまう。
それだけは避けなければならない。
じり、と近づく。
奴は無造作に、しかし微塵の隙も無く構えている。
僕には解る。今の奴は、一流の格闘家並みの技術を持っているだろう。
まともにやっては勝てない。しかし、勝つ必要は無い。
奴の脇を通りぬけ、その後ろにある目的地に辿り着けさえすれば良い。
様子を見る。
奴は不敵に微笑んでいる。
ここを通りたければ私を倒していけ、と言わんばかりだ。
しばらくにらみ合う。
先に動いたのは僕だった。時間を浪費して不利になるのはこっちだ。
間合いを詰め、手にしていたかばんを放り投げる。
奴が一瞬でも気を取られたならば、その隙に通り抜けることができただろう。
しかし奴は、かばんを無視して僕へと間合いを詰めた。
所詮は軽いかばん。ブロックせずに当った所でダメージなどほとんど無い。
僕はこの時ほど、かばんの中にコンクリを入れておかなかったことを後悔したことはない。
急速に接近され、動転した僕は苦し紛れの掌を打ち込む。
しかし、そんな甘い攻撃が通じる訳も無く、あっさりと腕を極められ、僕は地面に倒れる。
肘関節がぎりぎりと痛む。しかし、ここで奴に屈服する訳には行かない。
歯を食いしばる僕。だが、時間切れの鐘は無情にも響き渡った。
僕の、負けだ。
*
「はーいご主人様? 銀行しまっちゃいましたねえ。
お給料を貯金しておけなくなったことだし、この際だからぱーと使っちゃいません?」
「うう。なんで今時給料を封筒で渡すんだよぉ」
「はいはい。過ぎたことをドントセイ4オア5ですよ。ちゃきちゃきゲーム機買いに行きましょう」
「むー。こんな時ばっかサテライトシステム使うんだもんなあ」
「負けた言い訳するなんて男らしくないですよ」
「あうあう」
「そーだ。お給料入った事ですし、明日こそプールに行きましょう?
なんだかんだで行ってないじゃないですか」
「…もぉ、好きにしてくれ」