「…」
「ご主人様ぁ? ちゃんとそこにいますかぁ?」
「うん。いるけど」
「どこかに行ってはいけませんよ〜。
かといって、こっちを見るのはもっといけませんし、あまつさえ扉を開けるなんて言語道断です」
「へいへい。さっさと済ませちゃってちょうだい」
セリオ(偽)のしたかったことは、つまり、シャワーを浴びたいのだが、一人でいると雷が怖くてしょうがないので、僕に側にいやがれ、ということらしい。
別にそれ自体は構いはしないのだが、こうしてぼうっとしているのはなんか暇だ。
風呂場の方を見ると怒るし。
…。
いや待てよ。
風呂場のドアは曇りガラス。ちょっとぐらい振り向いた所でわからないかも。
…。
いや止めよう。
彼女の野生の勘は鋭い。ロボットの割に。
…。
暇だな。
結構長いな。
そういえば、ロボットっつーのは普通風呂に入るんだろうか?
先輩は入らないようなことを言っていたけど。
比較対象が無いから解らないな。
今度調べてみようかな。
…。
それにしても暇だな。
「ねーまだ?」
「もうちょいです」
「あ、そ」
と、突然。
ひときわ大きい雷が鳴ると同時に、明かりが消えた。
「あ、停電だ」
「え? え? ちょっと、なんですか? 映像処理もしくはCCDカメラの故障ですか?
真っ暗ですか? ベタですか?」
「セリオ(偽)。何言っているかわかんないってば。たいしたこと無いから落ち着いて…」
「やだあああああああああああああああああああああああああああもうおうち帰るー!」
「おちつけぇ、君のうちはここだあっ!」
ガラガラと音を立て、扉が開き、僕は蹴っ飛ばされた。
多分、慌てたセリオ(偽)の仕業だと思う。
「ひゃああああ、前方の障害物につまずきましたぁっ」
「いちいち叫ばなくてもいいってばその障害物ってのは僕っ!」
「ご主人様、私に何の恨みがあってこんな事をぉ」
「恨みなら色々あるような気がしなくも無いけど今は違うって」
「ご主人様その辺りにいるんですか助けて下さいっ」
「いや助けるも何も別に何も問題ないというか何すんだセリオっ」
「きゃぁああああああああ」
「うわっ、ちょっと、抱き着かないようにっ」
いかん、セリオ(偽)は今まで入浴していた。
ということは、つまりそう言うことだ。
「離れるんだセリオこれは色々と問題があるような気がしなくもないっ!」
「助けてえにあっくー!」
駄目だ。完全に錯乱している。
…それにしても。
まあ、なんというか。
来栖川の技術力バンザーイって感じですか?
…って、何言ってんだ僕っ!
そんな事考えている場合じゃないぞっ。
「とにかく落ち着くんだセリオ!」
「えどさっくでもあるてあでもおっけーです〜!」
「そんな昔のコンピュータに頼ってどうしよってんだっ!」
やばいぞ、なんか段々馬鹿になってきてる!。
と。チャイムが鳴って、玄関の方から声が聞こえた。
『ハロー後輩君雨が楽しいぐらい強く降っているから何の意味も無く遊びに来たぞついでだから君が買ったというメイドロボを見せてもらおうかとも思うのだがいかがか?』
…先輩だ。この人は、時々良く分からない理由で良く分からない事をする。
『ってなんか停電しているなえっとブレイカーはこの辺りかポチっとなよし電気が点いたぞおやどこにもいないな風呂場の方から物音がするなそっちにいるのかちょっと待っていろ今から行く』
電気は点いたが、セリオ(偽)はぎゅっと目をつぶっているのでそれに気付かない。
「おう、こっちにいたか。そんなところで何をして…」
風呂場にやってきた先輩が見たのは、つまり。
僕と、僕に抱き着いている裸のセリオなわけで。
先輩は「こいつはいけねえや」という顔をして。
「や、済まない。取り込み中だったようだな。理解ある私としては40分ほど外出させてもらおう。ではさらば」
と言うって去った。
やばい。あの先輩を放っておいたらあること無いこと(多分1:9ぐらいの割合)で流布されてしまう!
「セリオ(偽)っ!放すんだっ!奴を止めなければっ」
「たすけてあみが〜」
「そいつに助けを求めても無駄だと思うぞっ!」
「じゃあえむえすえっくす〜」
「じゃあってなんだじゃあって!」
結局。
停電が終わっていることをセリオ(偽)に気付かせて外で先輩を発見し、命懸けのネゴシエーションの結果、こちらの被害甚大なれど何とか事態の収拾に成功した。交渉は信義だ。
ああまったく。もう何がなんだか。