まず最初に考えたのは、ご主人様の昔の女ではないかと言うことです。
 しかし、それは理論的帰結により却下しました。
 あのご主人様に、そんな甲斐性があるとは思えません。

「あの、どなたですか?」

 私はそう聞いてみたのですけれど、相手の方は返事をしません。
 無愛想な人です。
 知らない人を部屋に入れてはいけないと言われています。
 でもこの人と部屋でおはなしをしていれば、退屈せずにすみます。
 私はちょっと考えて。

「あ、立ち話もなんですし、中に入りますか?」

 私の退屈を解消する方を選択しました。

 私は、料理を作るとき、できるだけサテライトサービスを使わない
ようにしています。
 どうも、私は衛星からのデータ受信機能に一部障害があるらしく、
データ受信にやたらと時間をかけてしまうことがある事もありますが。
 やっぱり料理というのは、自分で試行錯誤しながら上手くなっていった
方が楽しいからです。ご主人様も「それで良いんじゃない?」といってくれます。

 だから、この時も自分でいれ方を工夫した紅茶を出しました。

「どうぞ。今日は7月なのに寒いですね。異常気象でしょうか?」

 女の人は答えません。
 会話はキャッチボールです。私だけが喋っていてはそれは会話ではありません。
 相手が黙っているので、私も黙っています。
 部屋は、しん、と静まり返りました。
 退屈です。
 私が、沈黙に耐えられなくなりそうになった時、女の人が口を開きました。

「あなたは…」

 セリオは突然の声に少し驚いた。
 声は、少し暗く沈んでいるような、でも澄んだ奇麗な声だった。

「あなたは、紅茶を入れるのがあまり上手ではないのね」

 開口一番としては、すこしきつい言葉。むっとしたセリオ。

「…じゃあ、飲まなくても良いですよ」

 女性、少し困ったような表情で、

「気に障ったならごめんなさい…でも、ロボットの方なら、データどおりの
完璧な調理が出来るはずでしょう?
 あなたのは、なんていうか、手作りのような不完全さがあると思うの」
「はい。そりゃありますよ。私の手作りですから。
 確かに、データどおりに調理することは出来ます。ちょっと苦手ですけど。
 でもそれは「誰に対しても」美味しく食べてもらうための料理です。
 私が作りたいのは「ご主人様が、今」美味しいと思ってもらえる料理です。
 それは、データどおりにはいきません…」

 セリオ、少しうつむき、

「…いや、できるかもしれませんね。もし、私が出来るのだとすれば。
 所詮、わたしもプログラムで動くロボットです。
 「私にできること」は「機械にも出来ること」ですし、
 「人間にしかできないこと」は、私にはできないんだと思います。
 だけど、「機械の私に出来ること」が、ご主人様を喜ばせることが出来る
のなら、それをしたいと思います。
 もし、それが「人間にしかできないこと」なら、私は頑張ってそれに
近づけるようになりたいと思ってます。
 あ、でも、私は、自分が機械であることを引け目とは思っていません。
 「機械の私にしかできないこと」だってあると思いますから」

 セリオはそこまでいってから、むう、と悩んだ表情になった。
 自分が何を言っているのか分からなくなってきたらしい。

「…なんだか、何言っているのか解らなくなってきました」
「でも、あなたは、あなたの主人のために働きたいと思っているのね。
 それは、それがあなたの主人だから?」
「え? えっと…。まあ、ロボとしてはそうなのかもしれませんけど」
「けど?」
「私としては、あの人があの人だからあの人のために働きたいと思ってます。多分」

 女性は、セリオを覗き込むように見て。

「…ところで、あなたは、あの人に随分とわがままを言っているようだけど」
「わがままじゃなくて、正当な主張です」
 
 言い切った。
 清々しいまでにきっぱりと。
 あまりにもきっぱりとした主張を見て、女性うつむいて肩を震わせる

「どうして笑うんです? 私、何か変な事言いました?」
「…いえ、ごめんなさい。あなたって、変わっているのね」
「それ、ご主人様にも言われます。私は、そんなつもりはないのですけれど」
「自覚が無いのが怖いわね」
「そうでしょうか?」

 そう言って、女性ははっきりと微笑んだ。
 セリオは、その笑顔を、とても可愛いと思った。
 そして。

「これからもあの子をよろしくね」

 僕が家に帰ってきたのは、もう1時を過ぎた頃だった。
 まったく、あの先輩に付き合っているといつもこれだ。
 セリオ(偽)怒ってないかなあ。
 扉を叩く。
 間。
 一瞬、セリオ(偽)が怒って居留守モードを決め込まれたのかと思ったけど、
ちょっと待ったら扉は開いた。
 
「あ、ご主人様、お帰りなさいまえ」
「まえ?」

 見ると、セリオ(偽)は目をこすっている。眠そうだ。
 まあ、うちのセリオ(偽)なら待っているうちに居眠りするくらいのことは
しかねない。

「ごめん、おそくなって」
「はい。もうおそいから寝ましょう」

 というと、セリオ(偽)はふらふらとした足取りで部屋に戻っていく。
 僕も、とりあえず上着を脱いで、布団を敷こうとする。
 
「あ、ご主人様、何か落としましたよ」
「え?」

 見ると、セリオの手には古いお守り。僕が持ち歩いているやつだ。

「なんですか? これ?」
「お守り。見たことない?」
「はあ」

 お守りの中身が気になるのか、その中のものを確かめようとする。

「あ、こら、駄目だって」
「これは…女の人の写真? 浮気相手ですか?」

 やっぱり眠そうなセリオ(偽)。
 僕は苦笑しながら。

「違うよ。僕の姉さん」
「はあ、お姉様ですか」
「そ。そのお守りをくれた人…もういないけど」

 セリオ(偽)は目を何回かこすって、写真を見直す。

「この方は、もうおられないのですか」
「うん」
「そうですか…不思議なこともありますね」

 ?
 セリオ(偽)が言っていることが良く分からない僕。
 セリオ(偽)は、再び眠そうな顔になって、お守りを僕に返し、
自分は押し入れの中に入っていった。

「では、お休みなさいませ」

 さっさと眠ってしまった。
 なんだろう? 不思議なことって?
 …。
 まあ、君みたいな変なセリオがいるくらいだし。
 不思議なことのひとつやふたつもあるか。

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