今、僕の目の前には一人の少女が眠っている。
 でも、その少女は人間じゃない。
 来栖川エレクトロニクス製メイドロボHM13型「セリオ」。
 それが彼女の商品名だ。
 去年の今ごろ、ふと立ち寄った店で働いていたセリオを見て「一目惚れ」した僕は、必死にアルバイトし、何とかお金を工面した。
 今となっては、既にアウトレットとなっているものの、それでも高級機種。
 貯めたお金だけじゃ足りなくて、ローンを組むことになったけど、それでもいい。
 彼女さえいてくれれば、全然OKだ。

 マニュアルを見ながら必要な操作を済ませる。
 閉じていた彼女のまぶたがゆっくりと開く。
 僕を認識したらしい彼女。立ち上がり、僕の方に一歩近づこうとして、

 床に置きっぱなしになっていたマニュアルの一冊を踏んづけて、足を滑らせてこけた。
 鼻から。

「いたたたたた」

 体勢を直し、座り込んだ姿勢で鼻を押さえるセリオ。

「だ、大丈夫?」
「もぉ、こんなところに本置きっぱなしにしないで下さいよぉ」

 は?
 今の台詞は?

「あの?」
「え?」
「セリオ…さん?」
「あ、はい!」

 そこで、セリオは自分の台詞に気付いたらしい。

「あ、ごめんなさいっ。私ってば、ご主人様に口答えするなんて」
「いや、別にいいけど…」

 ちょっと待て。
 これが「セリオ」なのか?
 冷静沈着、正確無比。常に落ち着いているクールで優秀なメイドロボ。
 起動しての1分に満たない時間。彼女が見せた態度は、とてもそうとは思えないものだった。

 僕がそんな事を考えている間に、セリオは立ち上がり、服のほこりをぱたぱたを払うような仕草をして、

「お買い上げありがとうございますっ。始めまして、私、HM13型、セリオと申します。
ふっつかものですが、なにとぞよろしくお願いしますっ」

 ぺこりとお辞儀をしつつそう言った。
 そして、僕の方に近づこうとして、
 またマニュアル踏んづけてこけた。

「あたたたたたたたた〜」

 …。
 ひょっとしたら僕は。
 「はずれ」を引いたんじゃないだろうか?
 そんな事を考えていた。

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