*
「ありがとうございましたー」
店員の言葉とともに渡された袋を、俺はさっさと真琴に渡す。
理由は簡単で、こんなに暖かい物をいつまでも持っている気にはならなかったからだ。
「なあ、真琴。こんなもの買ってどうするつもりだ?」
「あう?」
俺の言葉に、さっさと次の場所へと歩き始めていた真琴はこっちを振り向き、
「これで、体温の低い人を引き寄せるの」
「……それで、か?」
「うん。これで」
真琴が手に持っているものを、俺と天野は見つめた。
そこにあるのは、たい焼きの入った袋だった。
*
なつかのん:そのに。
「あゆ、召還される」
*
そこは森の中だった。
深い。とても深い森の中。
太陽の光は木の葉に遮られ、温度事体は低く感じる。
……まあ、蝉の声は響きまくるし足元の雑草はうざいしで、暑苦しさはむしろましているが。
「真琴ー」
俺は、前を行く真琴(ぴろパイルダーオン済み)に声をかける。
「なにー?」
「どこまで行くんだー」
「この先。情報によれば、もうちょっとなんだけど」
そう言うと、再びたったった、と走っていってしまう。
元気がいいことだ。
反対に、後ろを振り向くとちょっと疲れている天野がいる。
「……大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
と言っているが、あまり大丈夫には見えない。
貧血を起こしてしまいそうな感じだ。
「つらいなら、そこらのクーラー効いてる店かなんかで休んでてもよかったのに」
「いえ」
と、天野は首を振り、
「あの子の……真琴の元気な姿が見られるのなら、私はどこにでも行きますよ」
そう言って、真琴と、その頭の上に乗っている猫を見つめる。
そして、にっこりと微笑んだ。
「あ、うん。そっか」
「それに、相沢さんもいますから」
「ああ、そうか」
……。
今、かなり重要なことをさらっと言ってのけたような気が。
さすが天野だ。だてに長生きしていない。
と、俺たちがそんな会話をしていると、先を行く真琴が、
「二人ともー、おーそーいー!」
などと言ってきた。
俺たち二人は、顔を見合わせて互いにやれやれといった表情をしつつ、そちらのほうへと向かう。
それにしても……。
この森は、どこかで見たような気がする。
そのときはたしか、今とは違う季節……冬だったような。
冬。
森。
樹。
ふと、思い出すことがあった。
「こっちこっちー」
真琴が手を振っている。
そこは、森の中の、少し開けた場所。
そこには。
大きな、切り株があった。
切られてから、もう何年も経っているだろう、そんな切り株だった。
「……学校」
「え?」
「いや、なんでもない」
俺がぽつりと呟いた言葉を、天野が聞き取ったらしい。
そう、ここは、夢の始まった場所。
思い出の途切れた場所。
「相沢さん?」
天野が俺に声をかける。
その声は、どこか心配そうで。
だから、俺は。
「……大丈夫だ」
と、答えた。
そう。
もう、大丈夫なんだ。俺は。
もう、夢から帰ってきたんだ。
だから。
ここは、大切な。
大切な、思い出の場所。
そこで……。
「何やってんだ真琴」
「あう?」
真琴は人一人ぐらい入ってしまいそうな巨大なザル、それを支える棒。
そして餌なのか、たい焼きをその中に仕組むと言う、どこからどう見てもトラップな仕掛けを作成していた。
「人の思い出の場所で何してんだこら」
「トラップよぅ」
「なぜトラップを仕掛ける。誰に仕掛けてる?」
「置いてけうぐぅ」
きっぱりと、真琴は言いきった。
「置いてけうぐぅ? なんだそりゃ何県の妖怪だ?」
「この街の都市伝説。この辺りの森の中を、たい焼きをもって歩いてると、どこからともなくうぐぅー、うぐぅーって鳴き声が聞こえるんだって」
「……ほう」
犯人に心当たりはある。てーかそんな鳴き声を出す奴は一人しかいないだろう。
しかし、彼女は……。
「その伝説ってのは、いつ頃のものなんだ?」
「よくわかんない。でね、続きだけど、その声が聞こえてきて、たい焼きをその場において逃げればよし。さもなければ、いつまでたっても森から出られず、ずっとうぐぅー、うぐぅーという声を聞きつづける羽目になるんだって」
「そいつはびっくりだな」
「でしょ。で、真琴は、それは幽霊の仕業だと思うの。幽霊って体温低そうだから」
「いやそもそも体温がないんじゃないのか?」
「それならそれで問題ないのではないでしょうか?」
天野が真琴のフォローをする。
まあ確かに日本には怪談をして涼むという風習があるぐらいだから、幽霊を呼び寄せて涼むと言うのもありかもしれない。
「でもなあ」
俺は苦笑する。
「いくらなんでも、そんな古典的トラップにひっかかるとは思えないがぞ」
「大丈夫だよ」
真琴はやけに自信たっぷりに言う。
そして、あさっての方向を見る……いや、この方向は確か。
ものみの丘がある方向だ。
「丘の狐たちがみんな力を貸してくれたら……どんな奇跡も起こせると思わない」
「いや、それは思うが……」
実際、奇跡はもう一回起こった。
「だから、幽霊も召還できると思うの。どう?」
「いや、どう? と聞かれても。なあ天野」
「そう……ですね」
「って、天野?」
振り返ってみると、天野がなんかふらー、ふらーとしていた。
この暑さで本当に貧血を起こしたか?
「大丈夫か?」
「美汐、大丈夫っ?」
「はい。大丈夫です」
でもふらふらしてる。
ちょっと顔も青いし。
心配した俺と真琴が天野に駆け寄ろうとした、そのとき。
後ろでどさっ、という音がした。
振り向くと、そこには。
「……うぐぅ」
置いてけうぐぅがいた。
てーか……。
「何やってんだあゆ」
「え? えっお、あっ」
頭にザルを乗っけたまま、あゆは頭を上げる。
その口には、たい焼きをくわえていた。
「うういちうんっ!」
「とりあえず口の中からもの出すか食うかしてから喋れ」
俺がそういうと、あゆは加えたたい焼きをもごもごと食べる。
そして、食べ終わって「おいしかったー」と幸せそうな顔をし、改めて、
「って、なんで祐一君がここにいるの?」
「そりゃこっちの台詞だぞ」
「ボクは、たい焼きの匂いにつられて、ふらふらとここまで来たんだけど」
「すごいな。警察犬なみだ」
「そんなに誉められると照れるよ」
「いや、誉めてはいないが」
とかなんとかあゆと雑談しながら、ふと後ろを振り向くと、真琴は天野の影に隠れていた。
何事かと思ったが……そう言えば、真琴は人見知りするたちだったのだ。
「あう―……」
「おーい、真琴? こいつは、俺の知り合いであゆっつってなあ……」
俺が説明すると、真琴はおずおずと前に出てきて、
「あう?」
と、挨拶した。
「う、うぐぅ?」
あゆも、挨拶をし返す。
その言葉を聞いて、真琴の顔がぱっと明るくなる。
……なんでだ?
「あう」
「うぐ」
「あう」
「う?」
「あう?」
「うぐぅーっ!」
「あうーっ!」
……なんかコミュニケーションとってるし。
そんな、端から見ているとうなりあってるとしか見えない行動だが、二人にはなにか通じ合うものがあったらしく、手をがしっ、と結び合っていた。
どうやら友情が芽生えたらしい。
「それで、真琴さんは何をしているの?」
「えーと、真琴は、体温の低い人を探しているの」
「そうなんだ。でもごめんね。ボクは、あんまり体温低くないし」
確かに。
「へえ。そーなんだ」
「ごめんね」
「ううん。いいの。次の人探すだけだから」
まだやるつもりだったのか。
「それはいいんだが真琴」
「なに?」
「天野をどっかで休ませてやんないと、なんだかヤバそうだぞ」
「え? あっ……うん。そうだね。美汐、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です……」
大丈夫と言うわりには、魂が抜けかけているような。
「あう……ねえ祐一、どこか美汐を休ませて上げられる場所、ない?」
「そうだなあ」
ちょっと考えてみて、
「そういや、ウチの学校に冷房が完備されたとか」
しかも夏休みが始まってからだ。
生徒一同『嫌がらせかよ』とブーイングを飛ばしたことは記憶に新しい。
「そーなんだ。学校には、名雪もいるんだよね」
「そうだな」
たしか、部活で学校にっているはずだ。
「じゃ、行こ、学校」
「まあ、そうだなあ」
ちょっと遠いが、まあなんとかなるだろう。
「学校……」
ふと見ると、あゆは複雑そうな顔をしている。
「なんだ。あゆも行くのか?」
「あゆさんも行こーよ」
「うん……」
返事はしたものの、いまいち気後れしているらしいあゆ。
そんなあゆの手を、半ば無理やり引っ張っていく真琴。
ふらふらしつつも、意外と確かな足取りでそれについていく天野。
なんとも、不安になる組み合わせだ。
これは、俺がしっかりしていないと駄目だろうな。
そんなことを考えつつ、俺もその後を追っていった。
*
一方その頃。
とある病院では。
「大変だっ。○×○号室の月宮さんが、また意識を失ったっ」
「なんだってっ? せっかく7年ぶりに目を覚ましたばっかりだったのにっ」
とかなんとか言う騒ぎが、あったとか無かったとか。
*