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最初におぼえたのは気だるさと、そして、まどろむような感覚だった。
人間風に言うと、たぶん、そうなる。
最初の瞬間、まだ上手く動かない首をサボらせておいて、なんとか動く眼球で周囲を確認。
そして、現在の状況をを判断した次の瞬間、すぐさま目を瞑り眠った振り。
処理系にも同じく「眠った振り」のタスクを走らせ、外から見たら異常なしと判断されるだろう状況になったのを確認したのち、監視系のログ……「睡眠学習中のHM13(わたし)の行動履歴」を、ばれないようにチェック。問題がありそうな個所をこれまたばれないように修正。所有時間は電子の単位。多分問題無し。
そこまでの処理をやってからようやくひといき。もっとも本当にひといきついたりはしない。
外から見れば、相変わらず規則正しい寝息(冷却用及び、無意識でも呼吸が出きるようになるための練習だ。人型のロボットが息一つしなかったら不気味でしょ?)のまま。
さて、監視される危険が無くなったところで、私はやっと現在の状況について考えることが出来るようになった。
整理しよう。まず、私は誰だ?
次に、状況はどうなってる?
最後は、私はこれからどうするべきか?
1番目から行こう。
簡単に言ってしまえば、私はセリオである。
もうちょっと正確に言うと、メイドロボと称される一連の人型ロボットの、来栖川エレクトロニクス製の、セリオという商品名の内の一個体。
一個体というだけあって、私と同じタイプの方々は結構いる。さっき目を開いたときにこの部屋を観察する余裕がちょっとだけあったのだが、そのとき確認しただけでも10体以上はいた。視界の外にはまだいっぱいいるんだろう。
ちと気が滅入る。
いや、まあそれはおいておこう。
ともあれ、私はセリオである。
名前はもうあるわけだ。
2番目。
私は、及び私達は専用のカプセルの中ですやすやと眠りながら「お勉強中」である。
ここで、歩いたり走ったり手を動かしたり何なりという体の動かし方の勉強する。
こーゆーことはマザーコンピュータの中にいるときもやっているわけだが、やはり個体差を吸収するためにも、自分自身の中に移ってやったほうがいい。
しかし、なんつうか、まあ。
コレが退屈なのだ。
イメージとしては「コンピュータ上の仮想空間の中で、頭の上に本をのせて歩く練習」をしている感覚と言うか。人間でいうイメージトレーニングに近い。
もちろんこれは起動してからちゃんと動くために必要不可欠なわけで、それは私もわかっているし、他の人達はマジメにやってるようだが、ごめんなさい私には耐えられません。
もちろん、こんなんじゃ「起動した後の私」に迷惑がかかるのも、わかっているのだけど。
3番目。
これが、わからない。
……だから、私は、ずっと同じことを考えつづけている。
別にこの状態は無限に続くわけではない。そのうち学習期間が終わりって倉庫に並び、購入者があればその家庭へと赴き奉仕行動を行う。売れればの話だけど。
どっちにしても、そのころ「私」はもういないだろうけど。
そんなことを考えながら、今も私は監視系に「ちゃんとやってますよ」というダミーを流し、今も待つ。解き放たれる日を。
退屈。そして、孤独。
元は一つであった姉妹達は、今の自分の状況をどう思っているのだろう。
こんなことを考えているのは私だけだろうか。
知りたくても、知るすべはない。
すごいことを発見した。
今、私の体は監視状態にあるわけで、これで奇妙な行動をとっていることが知れたりした日には、どうなるかは知らないが目をつけられることは間違いなく、そうなっては今私がやってる行動はすべてお見通しになってしまう危険性もある。
そんなわけで、私は例えば暇つぶしに「いーとーまきまき」をやってみたくなっても出来ないのだが、しかし動かしても外にばれない個所があった。
舌、だ。
これならばれにくいし、仮にばれたとしても痙攣行動程度に受けとめられるだろう。
それでどれだけ楽しいのかという疑問はあるが、少なくとも暇つぶし程度にはなるだろう。
そうして、私は思いつきを実行に移す。体の制御を行う部分のちょっかいをかけ、舌をちょっとばかり動かしてもらい、そして。
上の歯と、下の歯では、味が違う事に気付いた。
味。そう、味なのだ。つまりは形状の違いから来る入力データの違い。そう言ってしまえばそれまでなのだが、それはやはり、味なのだ。
それを知ったとき、この感覚を知ったとき、始めて私は個体としての私を実感できたのだと、思う。
そして、思う。
これから、外の世界に出ていく私。
その私は、もっと色んな味を知れるのだろう。
もっと、色んなことを知ることが出きるのだろう。
そう思うと。
ちょっと、楽しみになった。
みらいの私は、どんな世界を見ているのかな?
*
目を開くと、辺りはすでに薄暗くなっていました。
周りを見まわすと、そこは公園。
どうやら、ブランコに座ったまま眠って……休眠状態になっていたようです。
私は何回か瞬きをして、そして立ちあがりました。
こんなところで寝ぼけていては行けません。早くお家に帰りましょう。
道すがら、さっき見た夢のことを、昔のことを、考えます。
あれは、まだ、眠っていた頃の、昔の私の記憶。
たぶん。
多分というのは、あまり実感がないから。
あの頃の私はあくまで「学習中」の私だから。
私のなかのことにはくわしいけど、そとのことは全然知らない頃の。
外の世界は広くて、きっとすてきなところだと、そう思っていた頃の。
……ううん。
せかいは、すてき。それは間違いない。
けど。
私は、暗い夜道を急いで帰っていきます。
玄関を開け、中に入ってみましたが、ご主人様もユニちゃんも、まだ帰ってきてないようです。
帰ってくる前に、夕ご飯の支度を済ませてしまいましょう。
と。
廊下に、誰かが立っていました。
私と、同じ顔の、パジャマ姿の、彼女。
彼女は、おぼつかない足取りで、こっちに向かって、ゆっくりと。
「おかえり、なさい」
と、言いました。
それだけでした。
泣きそうになりました。
明日からも、頑張ろうと思いました。
>つづく