白い服。
 皆、一様に白い服を着ている。
 それは、いうなれば産着であるのだろうが。
 私の目には、死に装束にも見えた。

「こんにちわ、お姉さん」

 セリオは、今日も、セリオに話しかける。
 話しかけること。
 それが、ゆいいつの方法。
 彼女は今、外界からの情報を的確に処理することが出来ない。
 膨大な情報のうちから、重要なものだけを選択し、処理する。
 つまりは、上手く手を抜く、という能力。
 これは、同機体であっても個体事に微妙に違う設定が必要となってくる。
 よって、それぞれの個体は学習によって自分にあった情報処理能力を身につける。
 普通は、ごく普通な日常生活を送れる程度までは工場で学習を行い、それが身に着いたなら「出荷」され、またその後も環境への適合のため、学習を行う。
 つまり、彼女らの精神は常に変動を続けている、というわけだ。
 そして、長期にわたる精神的電圧的負担をかけられていた彼女は、人間風に言うときわめて情緒不安定な状況にある。
 その彼女に過度の情報を与えることは、精神に強い負担を与えかねない。
 しかし、それでも適度の情報無しには、再び彼女に情報処理能力を取り戻させることは出来ない。
 だから、セリオは今日もセリオに話しかける。
 
「外は、いいお天気ですね」

 内容は、基本的にはどうでもいい。話しかけることそのものが重要なのだ。
 確かに、効果はあるらしい。
 ここに来てすぐの彼女は、まわりで何が起こっても反応しなかった。
 いまでは、動くものを目で追ったり、音がするとそっちの方向を向く、という反応程度なら見せる。
 まだ、それ以上のことはしないのだけど。
 セリオは、そっと、彼女の顔に触れてみる。
 自分と、同じ顔。
 な、はずなのだが。
 ―どうも、この人のほうが引き締まっているような。
 自分の顔も触ってみる。やはり、こちらの方がややぷにっとしているような気がする。
 ―太った?
 一瞬そんなことを考え、戸惑い、
 考え直す。
 そんなはずはない。
 あるわけは、ないんだ。
 自分は、生き物じゃないんだから。

 日が傾き、何時の間にか夕方。
 ぱち、と瞳を開く。
 どうやら、眠っていたらしい。
 こういうところでも、無意識中に人間のまねをするのが癖になっている。
 そうするのが、当たり前のことだと、思っていた。
 でも、今は。

 立ちあがり、台所の方へと歩く。
 冷蔵庫を見ると、中はやや閑散としていた。
 ―買い物に行かなくちゃ。
 彼女と会話をするのに気を取られて、こっちのことを忘れていた。
 夕ご飯の献立を考えながら、なにげなく冷蔵庫のすみっこに転がっていたソーセージを食べようとして。
 やめた。
 冷蔵庫に戻し、扉を閉じる。
 買い物に行こう。

 栄養バランスと家計と味のことを考え、きっちりと完璧に、二人分の食材を買う。
 買い物かご片手に、夕暮れの町を歩く。
 かごの中の食べ物を見ても、今はなにも思わない。
 ただ、データとしての味を浮かび上げることはできる。
 これでいい。
 目を上げる、ふと、道の脇の小さな公園が目に付く。
 ブランコと、鉄棒と、砂場。
 それだけのその公園には、今誰もいない。
 しばし立ち止まり、ブランコのほうへと歩いていき、腰掛ける。
 体重をかけると、さび付いた音をたてながら、ブランコが揺れる。
 しばらく、そうやって意味の無い時間を過ごす。
 ―なんだろう?
 自分が何をしたいのか良くわからない。
 ―家に帰りたくない?
 そういうわけでもない気がする。
 ただ、彼女といると昔の事を思い出してしまう。
 あのころのことを。

>つづく