関係のないことを考える。
そう、彼女のことを、自分の中ではHM13というふうに呼ぶ事にしよう。
これは確かに彼女を示す記号であるから、使う分には問題無い。
自分は、こういう機械的な記号で呼ばれるのは嫌いだけど。
それじゃあ、彼女も、そういう風に呼ばれるのは嫌いだろうか。
自分がされて嫌なことを、人にしてはいけません。
でも、それなら、自分がされて嫌じゃないことなら、人にしてもいいのかな。
思考がそれる。
違う。そういうことを考えたいんじゃない。
考えなきゃいけないことは、もうわかっている。
でも、それを考えることは怖い。
横に座る彼女を見る。
相も変わらず、寝息すらたてず眠っている。
彼女は、壊れた、機械。
壊れた機械には、価値は無い?
いや。
違う。彼女は違う。彼女は壊れていない。
今は、修理中なのだ。
いずれ、元通りに直り、再び価値を取り戻す。
それでは。
自分は?
機械……いや道具と言うのは人がより上手く生きるために作り出したもの。
より上手く生きる、と言う事には、時には他人を傷つける、ということも含まれる。
失った牙や爪の代替えとしての、そしてその延長上としての道具。武器。
それらの存在は、人の敵意を伝えるものでしかない。
どこまで行っても、それ自身が敵意を持つことは無い。
では。
人に対して、敵意を持った、ただの道具であるはずの自分は。
私は。
*
嫌いな理由を考えましょう。
性格?
いや、自分は彼女の性格をほとんど知らない。
確かに、目の前で会話をしていたのだから、多少は知っていそうなものだが、いかんせんぼぉっとしていたもので、ほとんど聞いていなかった。
だから、性格は嫌いになりようも無い。
仕草、表情、態度。
これも、同様の理由によって、嫌いになりようは無い。
その他、様々な要因を考えてみる。声? 髪型? 服のセンス(いや、制服なのだが)?
どれも違う。違うはず。
結論が出る。
結局、わるいのはわたしだ。
「……なに?」
特に、どうしたかったわけでもない。
「なにすんの?」
興味本位で自分を触ろうとする人物とあったことが無いわけではないし、それらは特に気にはならなかった。
「ちょっと、あんたっ!」
今回だって、とくに嫌だったわけじゃない。
ただ、すこしびっくりしただけ。
そう。向こうだって、わるぎがあったわけじゃないだろうし。
謝ろう。
そう、試験運用が目的であるHMX17uである自分は、一般生徒の皆さんに迷惑をかけるようなことがあってはいけないし、もしかけてしまったのならば直ちに謝らなければならない。
そんな、当たり前のことだ。
当然のこと。
なんでもないこと。
だけど。
言葉を紡ごうとした口は、結局なにも生み出さなかった。
むねのあたりと、おなかの辺り。
なんだか、ひどく気持ちが悪い。
目の前の人物を見る。こちらをにらんでいる。
その顔を見ていると、ますます気分が悪くなる。
謝る?
いやだ。
「黙ってないで、なんとか言いなさいよっ」
怒ってるな。
そんな風に、冷静に見ている自分もいた。
同時に。
ものすごく、嫌な気分になっている自分もいた。
こちらが黙り込んでいることが気に入らないのか、少女はますます怒っている。
……そして。
「なによ、このっ!」
その後、なにか言った、と思う。
覚えてない。
果たしてそれが、本当に、怒るほどの事だったのか。
よくわからない。
ただ。
気付いたときには。
私と彼女は、取っ組み合いのけんかをしていた。
*
ほほの傷を触ってみる。
まだ、ひりひりするが、跡が残るほどではない。
と、思う。多分。
膝を抱えているのにも疲れたので体勢を崩し、天井を見上げる。
これからどうなるだろう?
自分も怪我をしたが、相手も怪我をした。多分。
試験運用中のメイドロボによる傷害事件。
多分、自分を送り出してくれた研究所の皆さんにも、来栖川の会社そのものにも。
そして、セリオさんとご主人様にも迷惑をかける事になってしまうだろう。
自分の、ちょっとしたつまらない意地のせいで、こんなにもたくさんの人に迷惑をかけてしまう。
迷惑、か。
有用であることを望まれて作られた自分は、人に被害を与えてそれでも価値があるんだろうか?
それに、今は、誰にも何もすることが出来ない。
自分が嫌になる。
嫌になるだけで、何もしようとしない自分も。
思考が悪循環の泥沼におちいりかけた頃、ふと、思いのほかお腹が減っている事に気付く。
台所に、何か無いかな?
ユニは、そっちの方に意識を集中させることにした。
とりあえず、何か食べている間は忘れることができる。
ただ、問題を先送りにしているだけだとしても。
今はまだ、考えるのが怖い。