その少女の言葉を、真一はしばし頭の中で反芻していた。
 この軽音楽同好会に入りたい。
 多分、部屋の中に入りたいという意味ではないと思う。
 つまりは入部希望だ。
 いや、入会希望だろうか。まだ同好会だし。
 いやまてよ。
 彼女が入れば、部員は一人増える。
 ……てことは。
 真一は振り返り、裕司とユニの方に振り返ると、裕司はぐっ、と親指を立て、えらく爽やかな笑顔を向けてくれた。
 てんで、真一も裕司に爽やかな笑顔を返した。
 ユニは、いまいち状況がわかっていないようだが、ともあれ。
 これで、五人(夏樹も何時の間にか数に入れられているらしい)。
 つまり。
 部に昇格できる、と言うことだ。

「いや、よく来てくれた。わが社ではキミのような人材を待っていたのだよ。ささ、中へ」

 嬉しいあまりに妙な口調になりつつ真一はその少女、美冬を中へ手招きする。

「はい……お邪魔します」

 少女はその、怪しげなオーラを放つ部室に平然と入っていく。
 オカルト系には耐性があるらしい。

「まあ、お茶菓子でもお出ししよう。さあ星野君」
「わかりました、部長」

 なぜか二人は妙な声色を使って会話をする。割と怪しい。
 裕司は部屋の奥に引っ込むと、どこからかかなりの量の菓子の類を引っ張り出してきた。
 その大量の菓子を見ても、ユニがなんの反応も示さないのを見て、二人はまた若干の違和感を覚えるが、とりあえず裕司は菓子をテーブルの上に並べる。
 全員椅子に座ったことを確認すると、真一は飽きたのか元の口調に戻り、メモ用紙を取り出して

「んじゃまあ、入部を希望した動機とか、いちおー聞かせてくれるか?」
「はい……あの、去年の、文化祭で、」

 文化祭。
 そういえば、外の人間に自分達の音楽を聞かせたことはそれ以来無い。
 自分達の音楽を聞いて入部を決意したのなら、そこにいたのだろう。
 しかし、

「私、先輩達の演奏、聞いてたんですけど」

 妙に時間が経ってから来るんだな、と真一が思っている間に彼女は言葉を続ける。
 と、彼女は、ぐっ、と両の拳を胸の前で握り締め、

「先輩達の演奏した『ドナドナ』っ、心に染みましたっ!」

 ……まあ、確かにそれも演奏したような気もする。
 半ばヤケになったかのようなアレンジを加えたので、あれをドナドナと認識できるのも結構すごいかもしれない。
 と、真一がその当時のことを思い出してしみじみとしていると、美冬は急にうつむき、そしてなにか決心したような顔をする。
 その目には真一しか映っていない。他の二人は背景扱いだ。

「それと……あの、バレンタインのことも、その、関係あるんですけど……」

 美冬は、真一をじっと見る。
 こういった目線に馴れていない真一としては、目をそらすことも出来ず、ただ目の前の少女を見つめるのみ。

「私……先輩のことが好きですっ」

 その瞬間。時間が止まった。約9秒。
 しかし、時間が動き始めた後の彼らの行動は迅速だった。
 真一と裕司は席をたち、一目散に部屋の奥、なんだか色々なものが置いてある場所へと向かう。
 そこをごそごそとまさぐり、真一は白地に様々な方向を向いた「C」のような文字が並んでいる紙を画鋲で壁にかけ、黒い棒でそのなかの一文字を差す。
 一方の裕司はこれまた黒い棒を美冬に渡す。ただしこちらは先端がおたまのようにまるくつぶれている。
 裕司から渡された棒で片目を隠し、真一が指す「C」の向きを答えて言く美冬。上上下下左右左右。
 その結果を知り、二人は愕然とした表情を浮かべる。ユニはかわらずぼけっとしている。

「……視力、1.5」
「正常だ……そんな、まさか」
「……あの、先輩達どーしたんですか?」
「視力は正常、てことは」
「ああ、あるいは脳に問題がっ」

 そこまで自分の容姿に信頼が置けないのか月本真一。
 あるいは、幼なじみに対しあまりな反応だな星野裕司。

 結局、その場はそんなどたばたでうやむやとなり、とりあえず真一たちはさっそく教師に入部者が現れたことを報告しにいった。
 今のところ顧問の候補となる先生はいないが、部員が集まったら誰か見繕ってくれる予定になっていたので、多分なんとかなるだろう。少なくとも二人はそう思っていた。
 そして、部屋に残ったのは美冬とユニの二人きり。
 しばらくは真一の出ていった扉を見ていた美冬だが、そのうちさすがに暇になったのか、部屋の中を見まわし始める。
 そこで、まるで今始めて気付いたかのように(いや、まるで、ではないのかもしれない)、ユニのことを観察し始めた。
 その時まで、ずっと心ここにあらず状態であったユニも、さすがにじろじろ見られるときになる。

「何が、ご用ですか?」
「いや、別にそーゆーわけじゃないけど」

 ユニはそれほど人物観察眼に秀でているわけではないが、それでも美冬の態度がさっきまでと変わっているのはわかった。
 そして、美冬が自分に向けている感情は、多分今まで経験が無いもの。

「あー。あなたが試験運用中のメイドロボね」
「はい」

 なんとなく、ユニはこの少女が苦手だった。

「父さんから聞いてたわ。ウチの高校に、変わり者のロボが試験運用されているって」

 父さん?
 彼女の父親は、研究所関係の人間なんだろうか?
 それはともかく。
 美冬は、ユニを眺める。

 ユニは、生まれてから自分に好意的な人間としか接触したことがなかった。
 それは幸運なこととも言えるし、経験をつむ、という観点から見れば不充分な点でもある。
 そして、ユニのほうも大抵の人間に対して、友好的から中立の態度しかとっていなかった。
 でも、目の前の少女に対しては、なんとなく、違った。
 それは、ユニの今の心理状態が影響してるのかもしれない。
 普段だったら、それまでと同じく、友好的な関係を築けたかもしれない。
 もしも、出会ったのがその日では無かったら。
 

 
 美冬としては、特に悪気があったわけではない。
 父親がロボットの研究を仕事としていると言っても、娘の方は特に詳しいわけでもない。
 ロボットと言うものに対する認識は、おおむね一般レベルだった。
 それに、目の前にいるのは珍しいとされるタイプ。
 なんとなく。
 触ってみたくなった。
 ただ、それだけだった。

 美冬がそっと近づけたその手を、ユニは反射的に払った。
 本当に力のこもっていない、叩いたと言うよりは押したと言ったほうが正しいような、そんな動作。
 それがはじまりだった。

 ユニに生まれてはじめてきらいな人ができた。
 
 

 >つづく