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放課後。
年度が変わっても、そこはいまだ軽音楽同好会のままだった。
「結局、部員集まらなかったなー」
「そーだね」
部室(いや、正確には会室だろうか?)の床に座り込んでそれぞれの楽器の様子を見つつ、月本真一(3年)と星野裕司(同じく3年)は、そんなことを呟いた。
この学校では部員が5人集まると、晴れて部として認められるらしい。
部に昇格すると具体的にどうなるかは誰も知らなかったのはこいつららしいが、ともかく、何かしらよいことがあるだろうと思い、新入生に期待していたものの、結局入部者はゼロ。
部活見学には、何人か来た。しかし全員元オカルト部のものだという部室を見て、何も言わずに去っていった。
その惨状を見て、さすがの真一も部屋を片付けようかとは思ったが、そう決心した日からなぜか肩が重くなるなどの症状が見られたため、あえなく断念した。
そういうわけで、今もこの部屋には三人しかいない。
三人。
「最近なっちゃんも来ないしねえ」
「……ああ、そーだな。ま、色々あんだろ。向こうだって新入生の世話見なきゃいかんし」
そんなことよりも、と真一は自分のギターを抱えて、
「いつまでも、過ぎたことを悔やんでも仕方ねーから、さっさと今日の練習を始めよか」
「おー」
そう言って、二人は演奏を開始しようとするが。
「……おーい」
「ユニちゃーん」
「……え?」
二人に声をかけられて、ぼおっと床を見ていたユニは慌てて振り返る。
どうも、話を聞いていなかったらしい。
「あ、はい。なんでしょうか?」
「……あー。練習、始めようと思うのですが」
「あ、ごめんなさい。私、ちょっとぼーとしてました」
ユニが、どこかとぼけたところがあるのは二人とも知っているし、何か考え事をしていることも珍しいことではない。
しかし、今日はどことなく様子がおかしい。
普段は、ぼおっとしているにしても、なんと言うか『幸せな夢でも見てる』ような感じなのだが、今日は違う。何か……影があるような。
「だいじょーぶか……また、風邪でも引いたとか?」
「いえ。そんなことはないです」
「無理しちゃダメだよ」
「はい……ありがとうございます」
そう言ってぺこっと頭を下げると、すでにユニはいつものポーカーフェイスに戻っていた。
ぼっとした顔とも言うが。
そんなユニを見て、何かしら引っかかるものを感じつつもあまり深入りするのもなんなので、二人はそれ以上追及しようとはしない。
「んー。ま、いいや。とにかく練習を始め……」
と、真一が再び練習準備をしようとしたところで、とんとん、と扉を叩く音がした。
「……なんだ?」
「なんだろーね?」
「?」
横槍を入れられてやや不満げな真一と、誰が来たのか気になる風の残り二人。
入ってくる様子は無いことから、少なくとも夏樹ではないと思われるが。
三人は互いに牽制しあうが、結局扉に一番近い真一が扉を開くこととなった。
「やれやれ……」
たかがちょっと立ち上がって扉を開くまでが、大変な重労働でもあるかのようにため息をつきつつ、真一は立ちあがり、扉を開ける。
そこに立っているのは、
「ん?」
「あ、えっと」
一人の、女生徒。
「あー」
「お、お久しぶりです月本先輩」
制服の特徴から見るに、おそらく2年。一年下だ。
「え?」
真一は頭の中の倉庫をひっくり返して、誰だったかを思い出す。
知らない。いや、どっかで見たような気も。いや待てよ。確か、あんとき。
「ああっと、確か、二月の」
「あ、はい。そうですそれです。それ私です」
バレンタインに、と続ける前に言葉を続けられた。
あの日、真一にチョコを渡して走って逃げ、その後音沙汰の無かった少女。
「それで、今日は?」
「はい。えっと、私、2年の田村美冬と言います。美しい冬でみふゆです」
自己紹介されてしまった。
やはりここは自己紹介返しをしたほうがいいんだろうか? と思っているうちに、
「あの、私、この軽音楽同好会に入りたいんですっ」
そう、力強く言ってきた。
元気がよさそうだな、と真一は思った。
*
ユニは、その扉の向こうの少女に対して、特に興味を持つことは無かった。
ユニはただ、セリオのために何か出来ないか、ということだけを考えていた。
だから、彼女のことを気にはしなかった。
今だけは。