風が暖かかった。
 夕方の空が奇麗だった。
 ただよってくる匂いは、どこかのおうちの夕ごはん。
 にぎやかな声は、学校帰りの学生たち。
 大きな町ではないけれど。
 でも、穏やかな時間が流れていて。
 いつまでも変わらないような、そんな錯覚を覚えさせる。
 そんなはずは、ないのだけれど。

 2年ぶりに訪れたその町は変わらず、僕はそこを歩いていた。
 ここに来るのは2年ぶりだ。
 2年前に、一度来たきり。
 それ以来一度も来ていないから、道を覚えているかどうか不安だったけど、実際に歩いてみると、結構覚えていた。
 この分なら、迷うことなく歩いていけそうだ。
 そうだ、確か、あそこの角を曲がったところにあるはず。
 きっと、あの店も変わらないまま、そこにあるんだろう。
 そう、思っていた。

 覚えていた通り。
 その店は。
 その、白い、小さな、喫茶店は。
 そこにあった。
 でも、様子がおかしい。
 窓から中が見えるのだけど、中には誰の気配もない。
 中は薄暗くなっていて、明かりなどもついていない。
 ……休み?
 僕はそう思って扉を見てみる。
 でも、そこには特に何かかかっていたりはしない。
 こういう店なんだっけ?
 ただ、お客が入っていないだけ?
 外からでは、それはわからない。
 ともかく、中に入ってみようとして、扉のノブに手をかける。
 キィ、と、少しさび付いたような音を立てながら、ノブを捻る。
 扉を開く。

 中は、少しほこりっぽくて。
 日が入らないせいか、すこし肌寒かったけど。
 でも、あのときのままの、あの店だった。
 僕は店の中に入って、壁にある電気のスイッチらしきものを押してみる。
 明かりはつかない。
 何度か試したけど同じ。
 ……電気がきてない?
 照明が全部壊れているのではないとしたら、そういうことになる。
 もしかしたら、ここの店の人はどこかに引越しでもしてしまったのだろうか?
 ドアの鍵が開いていたいたのは、ただのかけ忘れで。
 そうだとすると、店はもうやってないわけで、そうすると僕は不法侵入とか、そういうのになっちゃうんだろうか?
 いや、そんなことより。
 彼女には、会えないのか。
 そう考えた瞬間、ひどく残念な気持ちになったけど、まあ、会えないものは仕方ない。
 振り返り、店から出ようとして、立ち止まる。
 そして、近くにあってテーブルに指を滑らせる。
 指にほこりがつく。それはいい。ここに人がいないことの証明になる。
 でも。
 あの、窓際のテーブル。
 あそこだけは、なぜか、奇麗に掃除されているように見える。
 なんでだろう?
 留守中の家を歩き回る後ろめたさと、好奇心とで少し立ち止まり……結局好奇心が勝って、ゆっくりと部屋のそのテーブルの近くまで歩いていった。
 窓際の、日当たりの良さそうな席。
 近くによって見ると、確かにそのテーブルだけ、奇麗に掃除されているようだった。
 なんだでだろ?
 良く見てみても、特に材質とかが変わっている様子もない。
 普通に考えれば、誰かが掃除しているのだろうけど、でも、誰が?
 不思議に思って辺りを見まわす。
 そして、カウンタの奥にある通路が目に入った。
 あそこは、たしか……そう、ここの店の人(例のセリオだ)が、中に入って、何か食材を取ってきた場所、のような気がする。貯蔵庫かなんかだろうか。
 その奥は、影になっていてここからは見ることが出来ない。
 なんとなく、気になった。
 僕は。
 ゆっくりと、そっちへと歩いていった。

 そこに何もなければ、僕は留守の家(まあ、店だけど)に勝手にあがりこんでしまった後ろめたさを抱えつつ、残念な思いをしながら、それでも普通に家に帰れたのだろうけど。
 でも、僕は、そこにいる、人を、見つけた。
 暗いその部屋で。
 膝を抱えて座り込んで。
 目を瞑って。
 うつむいている、ここのところ毎日見ている、でも違う顔の。
 そして、2年前、ここであった少女。
 僕は、何をすることもできずに、ただ立っていた。
 そして。
 僕の気配に気付いたのか、その子は目を開き、こちらを、見上げて。
 数秒、考えたような、顔をして。

「……こんにちわ。お久しぶりです。確か、」

 そうして、微笑んで、

「小泉晶様、ですね」

 それが僕の名前。
 それが、2年前の、始まりの少女との再会。

「……出来ました! セリオさん、味見、お願いします」
「ふむ、どぉれ(ぱく)……」
「(どきどき)」
「うん。美味しいですっ、ばっちりっすよ!」
「あ、ほんと、ですか?」
「ええ。そりゃもう。いやあ、上達したもんですねえ」
「これも、セリオさんのおかげです」
「そー言ってもらえると教えた甲斐があるってもんです」

 二人は、和やかな会話を。

「いやー。しかしこの分ならユニちゃんも立派なお嫁さんになれそーですねー」
「ほんとですかっ!」
「ユニちゃん何故に私に詰め寄るのですか?」
「ほんとに、私、立派なお嫁さんになれるでしょうか?」
「ユニちゃん何故に私を売るんだ瞳で見つめるですか?」

 いつもどおりの、会話を。
 でも。

「あー、それにしても」
「はい?」

 彼女は外を見つめて、

「……遅いですね」

 そう、呟いた。
 
 
 
 

 >つづく