〜 6月30日 〜


・・・・・・おにいちゃん、まだかなあ。
・・・・・・。
駅まで行っただけなら、もう帰ってきてもいいよね?
(ため息)・・・・・・そうね。
・・・・・・。
・・・・・・。
ねえ、メルルちゃんて・・・・・・そんなに好きだったの、おにいちゃんのこと?
そうね・・・・・・ご主人様のためならなんでもするって言って・・・・・・みよりがいなくなったとき、あたしよりも一生懸命にみよりのこと捜したり。メルルの「好き」って、いわゆる「尽くすタイプ」ってやつかな・・・・・・メルル見てたら、自分で自分のことを「尽くすタイプ」なんて言えなくなるよ。
うん・・・・・・。そっか。
でも、おにいちゃん、どうしてそんなにみよりちゃんがいいんだろ・・・・・・。
それは・・・・・・それは、そういうものでしょ。しょうがない・・・・・・よ。好きになっちゃったら。瑞葉だって、昔、そうだったでしょ?
だって、あたしは・・・・・・。
・・・・・・ただいまー。
お邪魔するよ。
あ!
あ、帰ってきた。
(がちゃ)あ、このみ。メルルは?
いま、部屋で休んでるから・・・・・・しばらく、そっとしておいてあげて。
あ、そうか・・・・・・?
(会釈)
あ、どーも、メルルにはお世話になってます・・・・・・。
おじさん! ひさしぶりー!
ん? どちらさまだったかな?
・・・・・・な、なんであたしって、こんなにあちこちで忘れられてるわけ・・・・・・?
すまない、見覚えはあるのだが・・・・・・もしかして、天瀬のお嬢さんか?
あ、思い出した!? そう、瑞葉!
そうか、すぐには分からないはずだ。大きくなったな。それに、前よりもずっときれいになった。
ほんと!?
(これだからフランス人は・・・・・・)。
あ、ところで、ごはんは?
まだ。なにかできてる?
あ、ごめん。外で済ませてくるかどうか分からなかったから、まだご飯炊いただけ。
食事かね?
え? ああ、そですけど。
もし希望を聞いてもらえるなら、私はテンプラが食べたいのだができるだろうか?
(いきなりドあつかましい・・・・・・)。
天ぷら〜? 適当に材料はあったと思うけど・・・・・・エビは解凍してまた冷やさないとだし野菜も飾り切りしないとだから、ちょっと時間かかるかな〜・・・・・・。
精進揚げだけで良いのだが・・・・・・だめだろうか? 実は楽しみにしていたのだが。
え、ああ・・・・・・じゃあ、悪いけど頼むよ、このみ。
うん。それじゃ食堂で待ってて。
瑞葉、野菜洗うのだけ手伝ってくれない?
「だけ」っていうのがなんか気になるけど、は〜い。(とことこ)
天瀬のお嬢さんが日本に戻っているのは知っていたが、ここで働いていたとはな。社会勉強かね?
いや、そーゆーんじゃなくて、ただのバイトです。だいたい、うちじゃもともとメイド教育なんてやってないって何度も言ってるじゃないですか。
ふむ。そうだったな・・・・・・あとでその件で話があるのだが。
ええ・・・・・・俺にも、話があります。
〜〜〜〜〜夕食後〜〜〜〜〜
ふむ・・・・・・確かに料亭のものとは違うが、美味だった。いつになっても決して飽きない味だな。これが「家庭の味」と言うのだろう。いいメイドを雇っているようだね。
は、はあ。どーもぉ・・・・・・。
それで・・・・・・。
ふむ。あいかわらずせっかちだな。食休みというものはたとえ親が亡くなってもするべきだという諺があるが、体を動かすわけではないのでさしあたって関係はあるまい。
私が今回日本に来たのは他でもない、娘の事だ。
・・・・・・ええ。
私は君の事を信頼して娘を預けたのだ。その信頼は、何年もともに過ごした友人へのそれとは確かに違うものだが、ある意味ではそれにも勝るものだと言っていいだろう。私自身が3年前にここへ来て、それを確かめたのだからな。信用しているし、信頼している。今でもな。
・・・・・・その信頼には、それなりに応えたと思っています。少なくとも、立場や男女の違いを利用するような事はしていません。
そうか・・・・・・だがそれが問題なのだがな。
私とて人の親だ。娘の事に心を痛めるのも当然だ。その気持ちは分かってもらえるものと思う。
そうでしょうね。そりゃ。でも、なんか方向性に疑問を感じる事ってないですか?
・・・・・・私には、時間がなさすぎた。いつも、娘の方を見ていてやる事はできなかったから、な・・・・・・。

それで、だ。正直に答えてほしい。娘のどこが不満なのかね?
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・は?
親の私が言うのもひいき目というものかもしれないが、メルルは母親の美貌を十二分に受け継いでいるし、礼儀作法も世間の学歴も申し分ないだろう。国際結婚においてしばしば問題になるのは国柄の違いと言語の事だが――
・・・・・・国際・・・・・・なんだって?
日本という国については、私は母国と同じくらいこの国を理解しているつもりだし、娘も1年の生活で馴染んできただろう。言語についてもまったく問題はない。君が母国語だけを愛するとしても、娘はこの国を言葉をよく知っている。十分に互いの気持ちは伝えられるはずだ。ちなみに私見だが、フランス語と日本語は、言語そのものの美という点と自分を表現するという点において、極めて優れた言語であると思わないかね?
俺はフランス語なんて話せないからそれは知らないけど・・・・・・じゃなくて、話がいまいち見えないんですけど。
ふむ。ではもう少し話す事にしよう。理解がなければ納得などできないものだからな。
(ひそひそ)ねえ、なんか・・・・・・おにいちゃん、怒られてるわけじゃない気がしない?
(ひそひそ)うん、ていうかこれって・・・・・・。
私は娘の教育を、「どこに出しても恥ずかしくないように」と言ったはずだね?
そうですけど・・・・・・。
その基準は君に任せた。という事はつまり、君が認めるのであれば、君自身は満足するという事だ。
???? その理屈はなんか問題ないか・・・・・・?
ここで最も大きな問題になるのは娘自身の気持ちだが・・・・・・君は女性の方から愛を告白せしめたのだぞ。女性に恥をかかせるのは、紳士のする事ではないと思うのだが。
・・・・・・おい。
もしかして、メルルをこっちに来させたのって、最初から・・・・・・。
ふむ。私は娘の事を誰よりも大切に思っている。大事な一人娘なのだからな。ああ、だが勘違いしてほしくないのは、私は、娘の人生を自分の思い通りに決めようなどという親ではない。しかし、我が娘ながらメルルは世間というものをまるで知らない。それに、いつになっても素直すぎるところがあってな・・・・・・親からすればそれはかわいいのだが、悪い男に騙されないかと心配なのだよ。
・・・・・・俺がその悪い男だったらどうする気だよ。
それはない。
なんでそう簡単に言いきれるかなー。
事実だからだよ。それで、今すぐとは言わない。お互いまだ若すぎるしな。しかし、いずれ娘と一緒になってくれる気はないのかね?
えええぇぇぇぇっっっ!! やっぱりー!?
・・・・・・っ!!
なんだよ、それ・・・・・・勝手すぎる。
君が飽くまで拒むなら、それは仕方あるまい。本人同士の気持ちの問題だ、強制する事はできない。だがそうなると、私はフランスで別で相手を見つけてやらなければならん。正直・・・・・・、それは難しい。
まあ・・・・・・さしあたっては、大学で私の研究の手伝いをしてもらうつもりだが・・・・・・。
それが、勝手だって言うんだよ! メルルは・・・・・・日本に来る前にその事を知ってたんですか!? ちゃんと教えたのか!? なにも知らないで、こんな遠くに来て・・・・・・頼れる人が、誰もいなかったから・・・・・・そういう事なんじゃないんですかっ!?
そうかもしれん。だが君は、それに付け込むような男ではあるまい?
・・・・・・!!
そうだけど、やっぱり、それって勝手だと思う。
ん?
このみ・・・・・・。
そのせいで、ご主人様・・・・・・このひとだって、たくさん傷ついてるんだから。メルルだって。なんでメルルがわざわざこんな急に日本まで来たんだと思う? そんなあなたが、自分の好きな人になにを言うか心配だったからでしょ?
・・・・・・ふむ・・・・・・。
なにをどう言ってみたって、いちばん不安だったのはメルル自身なんだから。ご主人様がバカみたいにお人好しだから良かったものの、それだって結果論でしょ?
う・・・・・・む。しかし・・・・・・間違いを認めたがらないのはフランス人の国民性というものでね、もう少し、様子を見させてくれないかね?
・・・・・・バカみたいにっていうのは、フォローなし?
・・・・・・いいから、んなこと。
娘は今、ここにいるのだったね?
でも、もう寝てると思うから・・・・・・。
いや、べつに今話がしたいというわけではない。ひとつ提案、というか頼みがあるのだが・・・・・・1週間ばかり、ここに滞在させてもらえないのだろうか? 娘が来ているのなら、ちょうどいい。娘を含めた普段の生活というものを、見せてもらいたいのだが。
・・・・・・?
私が間違っていたのなら、それで明らかになるものもあると思う。いずれにせよ、君の心が決まっているのであれば、娘は連れて帰るしかあるまい・・・・・・しかしすぐに連れて帰ったのでは、未練も残るだろう。娘に決心をつけさせるためにも、頼まれてもらえないだろうか・・・・・・?
また勝手な事を・・・・・・って言いたいとこですけど・・・・・・、分かりました。じゃあ、2階の角の部屋を使ってください。いま、客室だった部屋はみんな埋まってますから。瑞葉、案内頼む。
角の部屋って、おにいちゃんのご両親の・・・・・・
いいから。どうせそこしか空いてないし。
・・・・・・うん。それじゃ、ついて来て、おじさん。
分かった。それでは、先に休ませてもらうよ。(すたすた)
・・・・・・。
ご主人様・・・・・・あたし、よけいなこと言ったかな?
・・・・・・いや。でも分かったろ、俺があのオッサンが嫌いなわけ。ああそうだよ、悪い人じゃないさ。たぶん、少しばかりずれてるだけなんだろ。他人を簡単に信じすぎるだけかもしれない。けど、だけどさ・・・・・・。
うん、分かるよ・・・・・・あなたの言いたいこと。
・・・・・・。
ねえ、ほんとにいいの? せっかくメルルが帰ってきたのに、またフランスに帰してちゃって。あ、ていうのも変な言い方かな。メルルの実家は、ここじゃなくてフランスなんだもんね・・・・・・。
・・・・・・そうだよ。
そうなんだよね・・・・・・。
ねえ、今日は、もう休んだら?
ああ・・・・・・そうだな。じゃあ、おやすみ。
おやすみなさい。
〜〜〜〜〜自室〜〜〜〜〜
(がちゃ)・・・・・・!? メルル? びっくりした、誰かと思った。
・・・・・・ご主人様。勝手に入ってしまって、申し訳ありません。あいかわらず、お部屋に鍵をおかけにならないんですね。
ああ、だってさすがにみゃあも鍵は開けられないし、ここって自分ちだし・・・・・・まあそれはどうでもいいとして、どうしたんだ? いるならいるで、明かりくらいつけてれば良かったのに。
・・・・・・眠れないんです。
あっためたミルクでも持ってきてやろうか? 疲れてるけど眠れないってときによく効くらしいけど。
違うんです。怖くて、眠れないんです・・・・・・。
怖い夢を見るんです。いえ、幸せな景色のはずなのに、それを見るのは胸が痛くて、そんな日が来るのを怖がっている私自身が、怖いんです・・・・・・。
・・・・・・俺で良ければ聞くけど・・・・・・なにかあったのか?
私、フランスに戻ってから、毎日どうやって過ごせばいいのか分からなくなってしまったんです。前にご主人様がおっしゃられた、「道草もしないで」っていう意味に気づいたんです。これまで、自分がどれほど周りの世界を見ることもしないで過ごしてきたのかって・・・・・・。だから、誰にもなにをすればいいのか教えてもらえないと、どうすればいいのかも分からない・・・・・・。
そういうときは、自分がやりたい事をやればいいんだよ。料理だってピアノだって・・・・・・まあ、占いに凝りすぎるのはちょっとアレかもしれないけど、ぼんやりと趣味に時間を使ったっていいんだぜ? なにも、毎日わざわざ忙しくする必要はないんだからさ。
でも、私、誰かに食べていただけないと、料理をしていても楽しくないんです。ピアノを弾いても、伝えたい相手がそばにいてくださらないと、音が響かないんです。私には、その距離を埋められるだけの才能はありませんでしたから・・・・・・。
その方と次にいつ会えるか占っても、カードはそれがいつなのかはっきりと教えてはくれないんです。ただ、切なさが募るだけで・・・・・・・。
あんまり思いつめると良くないぞ。・・・・・・って、俺には言えないか・・・・・・。
私、きっともうだめなんです。私、あなたのそばにいないと、もうなにもできないんです・・・・・・。
でも。
でも、本当は、ここへ帰ってくるのは怖かったんです。何度も夢で見た景色を、現実に見るかもしれなかったから・・・・・・。
夢は夢、だろ? 悪夢ってのは、たいてい朝日に当たればそれだけで消えるものなんだよ。
ご主人様は以前、瑞葉さんの事を夢かもしれないというふうにおっしゃいましたよね? でも、それは忘れていただけで・・・・・・それと同じではないって言いきれないんです。少なくとも、私には。
ここへ帰ってきたとき、あなたの隣にはみよりさんがいるかもしれないって。あなたのそばには、私の居場所はもうどこにもないって・・・・・・あなたが好きなのに、みよりさんは大切なお友達なのに、憎んでしまいそうで・・・・・・そんな夢を見るのが怖くて、眠れないんです・・・・・・。
・・・・・・。(ぽん、ぽん)
ご主人様・・・・・・今、このみさんとお付き合いされているんですか・・・・・・?
・・・・・・わからない。正直。このみがいるっていうのは安心する・・・・・・けど。でも恋人っていうより、家族っていうか・・・・・・。
いいんです、それは・・・・・・だって、あのとき別れに立ち向かえたのは、このみさんだけなんですから。きっとそれが、一度失恋を乗り越えている強さなんですね。だから、昔から初恋は叶ってはいけないのかもしれません。
けれど、もしあのとき。このみさんが去って私が残っていたら、あなたは私のことを選んでくださったのでしょうか。愛してくれたのでしょうか・・・・・・?
それは――
好きです・・・・・・。私、あなたが好きです・・・・・・。(ぎゅ)
・・・・・・メルル。本音を言うとさ、フランスになんか、帰らせたくなかったよ。帰したくない。可愛いよ・・・・・・。(ぎゅ)
!? ご主人様・・・・・・。
でもさ、そんなふうに可愛いって思っちゃいけないんだよな。俺がお前の「ご主人様」である限り、ダメなんだよ。そういうのは、違うんだよ・・・・・・。
・・・・・・。
俺はずっと前に白い服の・・・・・・瑞葉と別れた時から、ひとの愛し方を忘れちまったんだろな。だけど、みよりと逢って、それを少しずつ取り戻して・・・・・・。だから、今なら分かる。それじゃ、ダメなんだよ。
・・・・・・それでも、私はあなたを愛しています。
分かってるよ・・・・・・。
私を――
(がちゃ!)
あ!!
わっ、・・・・・・と。なんだ。
(きょとん)ふみゅ?
あ、あはは・・・・・・たまには鍵かけないと、心臓に悪いな。
・・・・・・くすっ、そうですね。
(とことことことこ。ぴょんっ)
あ、そうか、みゃあももう寝る時間か・・・・・・。
ふみぃ。(ふぁ〜あ。ぺろぺろ。ころん)
・・・・・・いつも、ベッドの真ん中で寝てらっしゃるのですか?
俺がいないときはそうだな。俺がいるときは、勝手に布団のなか入ってきてなんか腕枕みたいに顎乗せて寝てるけど。
私も、あなたに腕枕してもらえたら、眠れるかもしれません・・・・・・。
(ぐっ)・・・・・・なあ、メルル。それより今からドライブでも行こうか?
ご主人様が連れて行ってくださるのなら、私、どこでも・・・・・・。
あ、いや、まあ、赤ちゃんが夜泣きするときは、車に乗せてやるとよく眠るってどっかで聞いたような〜・・・・・・って。
・・・・・・私、そんなに子供ですか?
違うから困ってるんだけど・・・・・・あ、そうだ。メルル、腹減らない?
はい・・・・・・?
俺、さっきあんまり食わなくてさ。飯どころじゃなくて。ラーメン屋でも行かないか?
くすっ。はい、ご一緒いたします・・・・・・。

明日は、また私がお食事の用意をしてさしあげますね・・・・・・



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