Makalu−T Expedition 1998


2 行動概要

(4)撤収

◆10月 9日 2時起床。品川隊員に様子を伺うが、やっぱり「足が冷たい。不安がある。」
        と言うのでアタックを諦める。そしてまた寝る。

         目覚めたのは何時だったろう。六時の交信に間に合わなかったのは事実。ア
        タックはしないのでゆっくり…。とりあえず朝食を食べ、出直す準備。小沢隊
        員は、福田隊長が途中にデポした酸素ボンベを取りに行く。私は、テントの整
        理と、もう一つのテントの撤収。シェルパに運んでもらうために…。
         小沢隊員は一時間ほどで戻り、テントの撤収も終わる。が、もう一つ…??。
         「これは、次のアタックの為に残して置くはずでは…。」
         しかし、小沢・品川の2人は、撤収を待っている。加藤一人、テントに対峙
        し、アタックと撤収を考え…やむなく撤収を認め、さっさと、しかし、やけっ
        ぱちに片づける。酸素ボンベも8000メートルの2本のデポを残して全て降
        ろし、きれいなもの。これで、C4からの再々アタックの可能性はなくなる。
         しかし、「でも…」と、次の案を考え出し、希望を残してC3に下る。
         シェルパと品川隊員はさっさと下り、右目が白くなってよく見えないと言う
        井上隊員を間に挟んで加藤・小沢隊員が下る。井上隊員には、かき集めた酸素
        を吸っているが、目の為か歩みが遅い。やっとの事でC3到着。
         ラーメンを食べ、小沢・品川隊員はC2に向けて下山。加藤もC2いやBC
        まで下りたかったが、井上隊員が「C2へのフィックスロープの下りに自信が
        ない。」と言うので、今日はC3に残ることにする。そして、もしかしたら、
        ラストチャンスかもしれないアタックを計画する。
         それは、此処C3からのアタック。無理は承知。だけど行けるところまで行
        きたい。時間制限で、12時の地点から引き返す。「失敗しても、やるだけの
        ことはやった。」と言える遠征にしたかった。相棒が酸素を吸って寝ている間、
        テント内を整理し、明日のアタックに向けての準備と水づくりをして、16時
        の定時交信を待つ。しかし隊長は、衛星電話を借りに韓国隊のBCに行ってし
        まい交信できず。やむなく18時の交信を待つ。
         そして、18時。いつもながらの交信の後、今日のC4撤収は何時宣言した
        のか?を問う。そして、「明日の一日だけアタックさせてくれないか?」と問
        うた。しかし、三度目の最後の要求も受け入れてもらえず、無念の心境。
         「もう一寸頑張りたかったのに……。」という思いが、胸の中に充満し、
        C3テントに漂った。隣で聞いている相棒には悪いが、ブルーな気持ちは、
        7500メートルのマカルーに沈殿した。
◆10月10日 テントの片づけをしデポ品をザックに入れ、頂上部に最後の別れをして下った。
        自分には、井上隊員を無事に下山させる役目があったが、幸い相棒は元気を取
        り戻し、スタスタと下ることができた。後、指先の凍傷で一週間入院のおまけ
        が付いたが、無事生還した。


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