K2 Expedition 1994

(4)C4建設と酸素の荷上げ ◆7/22(金) BC→ABC          昼食兼夕食に小西隊を招待し激励会。戸高・北村・成田・加藤は 17:30BC出発。19:30 ABC  到着。今日から第2ステージ。『酸素ボンベの荷上げとC4の建設』である。 ◆7/23(土) ABC→C2          酸素ボンベの荷上げを本格的におこなう。6:50ABC出発。 10:08C1でガスボンベを降ろす。  戸高・加藤で酸素ボンベを持ち,北村がレギュレーター類を持って11:45 C1発。スピードが落ち,  風が強く雪も降ってきて3:30C2到着。成田氏は途中から下る。韓国隊のエベレスト叔父さんがテ  ントに居た。          今日は,ドイツ隊とウクライナ隊がまたアタック。行方不明のウクライナ隊の2人はロープに繋  がれたままの状態で発見されたそうだ。  ◆7/24(日) C2→ABC          またも天候悪化でABCに戻る。      ◆7/25(月) ABC→C1          今日は一人C1に泊まる予定。天気は曇りから一時晴れるが,また雪になる。 10:45ABCを出  発。16:00 C1到着。落石が貫通してテントが大きく裂け,なかのデポ品はテント外に飛び出して  いたので拾いに行ったり片付けたり,ガムテープの補修を直したりするが,結局降った雪が入り込  み顔に被りながらの就寝。    ◆7/26(火) C1→C2    (アメリカ隊員の転落死)   今日は,7人がC2に集まる日。私はC1からの出発なのでゆっくりと8:25C1スタート。   余り調子が良くない。C1から100m程登った一枚岩の下をフィックスロープを使って登っている  と,突然人間が上から降ってきた。自分の真横をダイビングし,100m下のC1の左手の斜面に  それていき,そのままABC近くまで約千メートルの転落。戸高・北村はC1に近かったのでいつ  もの落石のルートをこの人が落ちて行くのを目撃。,松井・鈴木はその下に居たのですぐ現場に向  かったようだ。坂原氏・村上・津戸も近くで目撃したようだが,2人の女性はそのままC1まで登  ったという。私は,目の前(横)5m位の所だったので茫然自失。ちょっと登る気がなくなってし  まった。でも気を取り直し,転落現場を確認しなければとおもい慎重に登る。20m程登ると,縮  こまった洗濯ロープのようなロープが垂れ下がっている。末端は自分の使っているロープと同じ所  に結ばれていた。10時の交信で状況を説明する。もしかしたら,自分が下から登ってくるので,  途中で交差するのを避けるため,違うロープで下降したのかもしれない……と考えるとなんとも言  えない気分。しかし,どんなロープが張ってあろうと,どれを使うかは本人の判断。しかたのない  こと。自分もこの頃良くロープを修理するがそれはやらないよりはやったほうがいい程度のことで,  自分でロープを張らない限り安全は保証できない。でもこの落石だと新しいから安全とも言えず……  なんとも危険な山である。昨日からロープが凍ってユマールが利かず,逆にアイゼンはダンゴになっ  て調子が出ない。でもこういう時は,焦らずゆっくりやるしかないのでしょう,確実に。全力は尽  くすけれど,オーバーペースやオーバーワークに成らないように頑張ろう。                    ◆7/27(水)C2→C3            5:30起床。8:30C2出発。酸素ボンベを上げる。戸高・北村に遅れること1時間。15:00 C3到  着。テントを張って泊まる。 ◆7/28(木)C3→C4→C3(C4建設)   5:00起床。7:30出発。先行するドイツ隊の4人の後を追う。潰れた韓国隊のテントの脇を通りク  レバスを通過し,急な雪の斜面を一歩一歩登る。今にも崩壊しそうな巨大なセラック目指して登り,  その真下の台地で休憩。そこからはセラックを右から回り込んで越え,左にトラバースして行くと  前方に巨大な懸垂氷河をかけた岩峰が見える。そして雪庇を越えると,上部プラトーに飛び出し,  さっき見えた岩峰が頂上岩峰と確認できる。C4に数張りのテントが見える。11:50 C4到着。   早速,テントを設営し,ボンベを入れる。また,アタック用の個人装備をデポする。それから1  時間半かけて空身で順応の為に登り,8000m地点で折り返す。   14:35C4出発。急な下降ルートを慎重に下り 15:35C3到着。   これで第2ステージの目的をすべて果たす。ここまでは,わりと順調に進む。 ◆7/29(金)C3→BC            次の第3ステージは,アタックに入る。そのために,BCに降りて充分な休養を取る。落石の多  いこのルートは,「もう何度も通りたくないね」と言いながら慎重に下るが,自分の落とした石が  北村氏のザックに命中し,ポケットに入れてあったカメラを直撃。破壊してしまった。   夜は小西隊に招待され,またもおいしい夕食を戴く。   ◆7/30(土) BCステイ(休養)       休養日の食事はいい加減で,自分で適当に起きて食べる。昼食はほとんど作らないが,勝手に調  理して,好きなものを食べる。食事制限も解かれて,フルーツ缶や蟹缶を競って食べる。   ポーランドのクルティカが置いていったというベッド(段ボールにシートを張った板)をテーブ  ル代わりに外にだし,韓国隊にもらった蕎麦を野点で戴く。また,久し振りに日本酒を飲み過ぎて  ダウン。この日,『午後からABCに行かないか』と隊長に言われるが……受けず。歩けず。  ◆7/31(日) BCステイ(休養)       早朝,小西隊の帰りのキャラバンが本当に始まる。そして,7:30小西隊がやって来てお別れとな  る。7月29日の夜の話しが現実になるとは…。                     2:30大神田さんの抜糸。今日も終日,はがき書きに専念する。   

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