飯田八幡神社の祭り


 秩父の三マチ(祭り)とは秩父夜祭り,両神薬師堂の縁日とこの八幡神社の祭りを呼 んでいた。12月15日に飯田八幡神社で行われる祭りは,神馬が砲火の中を社殿にか けのぼる「お立ち」の行事がよく知られ「鉄砲祭り」の名で紹介されている。
 祭りは,12月14日午後,氏子による宮参りで始められ,屋台・笠鉾が耕地の中を 曳き回された後,屋台の上で三番そうが演じられる。飯田の屋台も小鹿野,秩父の屋台 と同様,芸座と花道が付けられ歌舞伎の舞台となる。14日夜,15日昼,夜の3回, 地元上飯由地区の若衆によっそ歌舞伎が上演される。上飯田の歌舞伎は,初代坂東彦五 郎の弟子,喜ね屋と名のった二代目彦五郎の系統に属すもので,音羽屋とは別に地芝居 を演じてきた伝統のあるものである。歌舞伎の出しものは,八幡神社が平家方の播磨一 族によって祀られたと伝えられるため,源氏の活躍する幕を演じてはならないとされて いる。
 15日は祭典(神事)が行われ,終日神楽が奉奏される。祭りのクライマックスであ る「お立ち」は,タ刻大名行列に続いて行われる。大名行列は元文5年(1740)以 降の上飯出村領主,旗本古田大膳が病気全快の参拝を行ったことに始まると伝えられて いる。鳥毛組,御徒士組という二つの組が独特の所作を行いながら参道を進む。石段下 に待つ空砲の中を氏子の持つ高張提燈に続き,鳥毛組,御徒土組が石段をのぼり終わっ た後,空砲奉納者が一斉に発射する空砲の火柱と煙の中を神馬が駆けのぼり社殿に向か う。
 この後,播磨一族の担ぐ御輿が社殿から御旅所まで渡御し,川瀬神事が行われる。御 輿渡御には大名行列,御神馬,笠鉾,屋台が続き厳粛な雰囲気の申で祭りがしめくくら れる。 祭りは,旧暦では11月15日に行われ,秋の収穫を祝う霜月祭であった。・空砲の奉 納は豊猟祈願とも言われるが,いつごろから始められたか起源は明らかではない。

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