本 殿 仁王門 貴惣門
実盛公像 大師堂 平和の塔
護摩堂 中 門 軍荼利明王
聖天山裏付近 お祭り広場付近 本坊本堂
板 碑

妻沼聖天山の建造物群が有形文化財に登録されました。

2017(平成29)年、妻沼聖天山に所在する「歓喜院籠堂、鐘楼、閼伽井堂、三宝荒神社、五社大明神、天満社、仁王門、水屋、平和の塔」の9件が国の有形文化財(建造物)に登録された。これらの建造物は国宝「歓喜院聖天堂」や国重要文化財「貴惣門」を手掛けた大工棟梁や彫物師が関わった物件があるほか、地域の信仰や風土の歴史を明らかにするものとして評価された。

こもりどう
籠堂

籠堂は聖天堂の北東に位置する木造2階建、寄棟造桟瓦葺の建物で、建築面積は185uである。1879(明治12)年に建立され、1950年代後半に増築された形跡が残る。南東には唐破風造銅板葺の玄関を設けている。1階、2階ともに8畳6室を2列に並べ、四周に廊下を廻らしている。2階客殿は、透彫の欄間などの装飾が見られ、1885(明治18)年と翌年に昭憲皇后が休息所として行啓された。

しょうろう
鐘楼

鐘楼は聖天堂の東に位置し、木造2階建、入母屋造桟瓦葺の建物で、1761(宝暦11)年に建立された。建築面積は35uである。石造とコンクリート造の二重の基壇上に建てられている。基壇は大正期にかさ上げされたものを、1951(昭和26)年に再整備し、建ちの高い特異な外観を見せている。

あかいどう
閼伽井堂

閼伽井堂は聖天堂の南東に位置する木造平屋建、入母屋造銅板葺の建物で、江戸時代後期の建立と推定されている。建築面積は15uである。中央に井戸を据えた土間と水天宮を祀る一室から構成されている。軒廻りに精緻な彫刻を施しており、小規模ながら上質の設えが感じられる。大工棟梁は、貴惣門を建てた林正道、彫刻は三代目石原常八の息子、高澤介之助と伝えられている。

さんぽうこうじんしゃ
三宝荒神社

三宝荒神社は聖天堂の背面側に位置する一間社流造、素木造、銅板葺の小社で、1787(天明7)年に建立された。建築面積は3.9uである。大工棟梁は国宝の聖天堂拝殿を建てた林兵庫正信であり、軒廻りを彫刻で賑やかに飾るなど、彫物師との協働による高い大工技術を見せている。

ごしゃだいみょうじん
五社大明神

五社大明神は1783(天明3)年に建立され、聖天堂の背面、三宝荒神社の南側に位置する木造平屋建、切妻造銅板葺の社殿で、建築面積は15uである。南から神明宮、稲荷大明神、諏訪大明神、灌頂神、井殿大明神の五神を祀っている。軸部は弁柄塗で、軒廻りの虹梁や妻飾りなど、華やかな装飾を見せている。大工棟梁は林兵庫正信が担った。

てんまんしゃ
天満社

天満社は聖天堂の背面、五社大明神の南側に位置する木造平屋建、一間社流造、素木造、銅板葺の小社で、建築面積は3.8uである。軒廻りの彫刻など、三宝荒神社と概ね同じ形態であり、境内の形成過程を知る資料的価値を有している。1785(天明5)年頃の建立と推定され、大工棟梁は林兵庫正信が担った。

におうもん
仁王門

仁王門は1894(明治27)年に建立され、参道の奥、聖天堂の正面に建つ規模の大きい門である。左右に仁王像が安置されている。木造平屋建、屋根は入母屋造瓦棒銅板葺で、中央の虹梁には花鳥の精緻な彫刻を飾っている。建築面積は75uである。大工棟梁は林門作正啓と伝えられている。1891(明治24)年に隣接するイチョウが倒木し、建物が再建された。

みずや
水屋

水屋は聖天堂の東側、仁王門の正面南寄りに位置する木造、切妻造桟瓦葺で面積は3.4uである。建立は仁王門と同時期の明治時代中期と推定される。中央に石製の水盤を据えている。軒廻りに様々な彫刻を施すなど、規模に比べ豪奢で重厚な印象を与える建物となっている。水盤にも文字が彫られ寄進者や年代を推定する歴史的な資料となり得る。

へいわのとう
平和の塔

平和の塔は聖天堂の北東にある盛土上に建つ総欅造の多宝塔で、銅板葺の屋根が特徴である。1958(昭和33)年に建立され、建築面積は17uである。1951(昭和26)年に締結されたサンフランシスコ平和条約を記念し、戦没者の供養と世界恒久平和を祈願して起工されたものである。内部には、十一面観世音菩薩や大日如来、弘法大師などの仏像が安置されている。大工棟梁は妻沼聖天山の建造物群の建立に関わってきた林家の流れを汲む林亥助が担った。