1179年
治承3年
斎藤別当実盛公は、武蔵国長井庄に大聖歓喜天を奉り、聖天宮を開いた。これが、妻沼聖天山の始まりである。
実盛公亡き後、長井庄が実盛公の外甥、宮道国平の領地となると、実盛公の次男実長(出家して良応僧都)は兄実途の二人の子を預かり、長井庄に帰る。
1192年
建久3年
源頼朝が下野国に向かう途中、聖天宮に参詣した折、良応は、頼朝に聖天宮の修復と別当坊寺院建立のため、関東八カ国の勧進を願い出て許され、その後四年間諸国で喜捨を募る。
1197年
建久8年
聖天宮の改修と別当坊歓喜院長楽寺を建立する。この際、国平は、良応の兄の二人の子とともに、歓喜院に十一面観音、聖天宮に御正躰錫杖頭を寄進して御本尊とした。
1405年
応永12年
第12代忍城主成田五郎家時により聖天堂再建。
1552年
天文21年
第16代忍城主成田長泰の母を大檀那として聖天堂造営。紵絲斗帳(県指定文化財)奉納。
1604年
慶長9年
徳川家康は、伊奈備前守忠次に聖天堂造営を命じ、50石の朱印を付す。
1638年
寛永15年
2月15日、忍城陣屋敷跡1町8反(現妻沼小学校付近)を城代大河内金兵衛が聖天宮に寄進。
1659年
万治2年
仁王門建立。(明治24年8月暴風雨により倒壊)
1670年
寛文10年
類焼にあい、その後65年間、仮本堂で法灯が守られる。
1731年
享保16年
歓喜院宝物「紵絲斗帳」、八代将軍吉宗上覧に供す。褒美に五代将軍書幅下賜。
1734年
享保19年
歓喜院の海算院主は、聖天山信徒の総意のもと、聖天堂の再建を決意。工匠林正清に設計を依頼する。
1735年
享保20年
林正清を総棟梁として聖天堂再建開始。彫刻棟梁石原吟八郎。
1741年
寛保元年
本殿上棟。
1742年
寛保2年
本殿竣工及び遷宮。
1744年
延享元年
お開扉。岩国吉川藩長谷川十右ヱ門、貴惣門設計図を工匠林正清に渡す。
1755年
宝暦5年
拝殿と相の間着工、翌年上棟。
1760年
宝暦10年
本殿裏手の末社など、すべてが完成。起工より25年の歳月と工費二万両。
1761年
宝暦11年
鐘楼建立。
1847年
弘化4年
貴惣門着工。
1851年
嘉永4年
日本三大貴惣門のひとつが完成。(県指定文化財)
1859年
安政6年
漢学者寺門静軒、歓喜院に寄寓。
1868年
明治元年
3月28日、神佛分離令発布の折、英隆院主と妻沼郷28か村の村役人は聖天堂を護持支援し、現状の通りとした。
1873年
明治6年
6月1日、学制発布により歓喜院仮本堂を妻沼小学校とした。
1879年
明治12年
聖天山籠堂落成。
1894年
明治27年
10月30日、現仁王門落成。
1897年
明治30年
9月、昭憲皇后、聖天山籠堂で休憩される。
1925年
大正14年
8月20日、妻沼子供会設立。会長鈴木英良師、児童623名参加し、毎月の日曜日開催。以後13年続く。
1933年
昭和8年
本坊金剛殿竣工。
1958年
昭和33年
英海院主により平和の塔建立。
1965年
昭和40年
英海院主本殿屋根替工事発願、翌年起工。
1968年
昭和43年
英全院主により竣工式執行。
1975年
昭和50年
本坊本堂の屋根を銅板に改修。
1978年
昭和53年
開創800年記念お開扉法会を執行。
1982年
昭和57年
仁王門の屋根を改修。
1983年
昭和58年
実盛公800年遠忌法要を執行。
1984年
昭和59年
弘法大師1150年遠忌法要を執行。
12月28日、聖天堂本殿、国重要文化財に指定される。
1986年
昭和61年
塔頭花蔵院の旧本堂を移築し、自動車の交通安全を祈願する護摩堂とする。
1987年
昭和62年
10月、本殿、貴惣門に火災報知・消火・貯水設備設置、聖天山防災協力隊発足。
1988年
昭和63年
貴惣門の屋根を改修。
1990年
平成2年
中門(四脚門)の解体修理。屋根を瓦から銅板葺にする。
1992年
平成4年
鐘楼の瓦葺き替え。
1995年
平成7年
弘法大師堂新築。籠堂の裏に事務所を新築。受付・お札授与所新築。
1996年
平成8年
重文本尊奉鋳800年、開創818年を記念してお開扉法会執行。本坊庫裡を新築。