それは、中学生活が終わりと告げようしていた春の日。
 わたしは始めて一人で商店街へときていた。
 普段なら、わたしの付き人を始め、多数の警備員たちがわたしを取り巻いているはずだけど、今日は一人もいない。
 春休みになって、あんまり退屈だから思いついたゲーム。あの人達を出し抜いて、どこまで一人で行動できるか。
 出かける前に、保安システムにウィルスをばら撒いて混乱させておいたし、屋敷を抜け出したのはばれないように作っておいた、わたししか知らない秘密の抜け道を通ってだから、多分、まだ気付かれてはいない。
 まあ、それでもあの人達もプロだから、そのうちは気付かれるだろう。
 その間は、一人で商店街でもぶらついている事にした。
 こういう経験も、兄上のように立派な人になるためには重要だと思う。
 それに、ちょっとした仕掛けとして、ぱっと見わからない程度の変装もしている。まあ、こっちは気休めみたいなもので、ちょっと庶民みたいな服装をして、かつらをかぶってみた程度だったけど。
 ショーウィンドーを見ると、そこにうつっているのはいつもとちょっと違うわたし。
 こうして見ると、ただの庶民みたいにも見える。
 まあ、そんなことはないのだけど。
 わたしは……メイは、伊集院家の子供なんだから。

 それは、あたしが高校に入って一年が経とうとしている春の日の事だった。
 特に当てがあるわけでもなく、まあゲーセンにでも行って見ようかと、そんなことを考えながら商店街をぶらぶらとしていたときだ。
 通りから離れた人の目に付かない脇道で、何やら人だかりが出来ているのが見えた。
 よく見ると……何人かの学生らしい連中が、一人の、髪の長い女の子を取り囲んでいるようだ。
 どーみても、尋常な場面じゃねえよな。
 あたしは、一瞬警察呼んだろうかと思ったが、しかし奴らも未成年。警察沙汰にしたところで少年法やら何やらでほとんどお咎めなしになっちまうに決まってる。
 それなら、いっそ。
 法に裁けないのなら、あたしが裁くまでだ。
 様子を見て、自体がそれほど切迫していないことを確認したあと、あたしは登れそうな場所を探した。
 当然、ヒーローは高いところから登場するものだからだ。

 怖い。
 なんだか、大変な事になってる。

「貴様ら、なんのつもりだ? 事と次第によっては、ただでは済まさんぞ」

 発端は、ショーウィンドーにうつる自分の姿を見ていて、よそ見をしながら歩いていたことだと思う。

「なんだぁ? お嬢ちゃん、随分えらそうな態度取るじゃねえか」

 だから、悪いのは私と言えなくも無いんだけど。でも、こんなところまで引っ張ってこなくっても。

「ふん。えらそうな、ではない。メイはえらいのだ。貴様らとは、育ちからして違うのだからな」

 英才教育の一環として、こういったときの対処法は習っている。変にへりくだると相手がつけあがるから、毅然とした態度を崩すな。
 だから、わたしは、相手を見据え、表情を崩さないでいる。でも。
 でも、怖い。

「ねえ、兄貴。ヤバイんじゃないっスか? こいつ、どっかいいとこのお嬢さんなんじゃ」
「そうっスよ。格好は普通だけど……いわゆるお忍びって奴っスかね?」
「そんじゃ、そのウチ助さんと格さんが出てきて、俺たち成敗されちゃうんじゃ?」

 男達はそんなことを言う。まったくあせらないわたしの態度に動揺して言うようだ。
 しかし、そんな中でもボス格らしい一人はそういった言葉に耳を貸さない。

「おうてめえら、ガキ一人相手にビビってんじゃねえぞ」

 そう言ってこっちににらんでくる。
 ポケットを探る……駄目。普段は持ち歩いている象だって倒せる改造スタンガンも、服をかえたせいで忘れてきてしまっている。
 横を見る。ちょっと歩けば人もたくさんいる商店街だ。叫び声の一つもあげれば、誰かが駆けつけてくれるだろう。意地なんか張らないで、そうした方が賢いだろう。
 でも、そうしない。
 そんなのは、わたしが。
 メイが取る態度じゃない。
 緊張した雰囲気が続き、わたしが思わず目をそらしそうになった、そのとき。

「待て待て待てーい!」

 少し離れたところから、そんな叫び声がした。
 心なしか、ちょっと疲かれているような気もした。

 ちっくしょー!
 なんで、こう、登りやすい場所が無いんだよっ! サービス悪いぞここの建物っ!
 悪戦苦闘しすぎて、始まる前からちょっと疲れちまったが、だいたいちょうどいいタイミングだったようだ。ふっふっふ。悪人どもめ、このあたしが成敗してくれるぜっ!
 えーと。この場合は、やっぱ一人称は「オレ」の方が良いよな。

「オレは、ひびきの高校生徒会長、赤井ほむらっ! か弱い女の子に対する貴様らの態度、このオレの目が黒いうちは認めるわけにはいかんっ! つーわけで」

 あたしは、その場所から飛び降り、くるりと一回転して見事に着地。そいつらを見据える。

「泣かす。覚悟しろ」

 びしっ、と指差してそう言ってやった。

「なんだ手前、文句あんのか?」
「わざわざ高い場所から出てきた意味はあんのか?」
「ところでお前、男か女か?」

 などと雑魚ABCのわめき声が聞こえる気もするが、そんなのにかまってはいられない。

「ふん。まずはそこの雑魚ABC! 手前らからかかってきな。一人2秒、合計6秒で沈めてやるぜっ!」

 あたしの挑発に乗り、雑魚ABCはこっちへ突っ込んでくる。
 まったく、おつむが足りないと言うか、なんと言うか。

「ふん。貴様が誰かは知らんが」
「所詮、そのような小さい体で」
「われわれ3人を相手に出来ると思うのかっ!」
「ドラゴンキィーック’99!」×3。

 奴らはきっかり6秒で沈んだ。

「ふん。あとは手前だけだな」

 残るのは多少は雑魚とは違う雰囲気を持つ、ボス格の男。
 その後ろにいる少女は、なんかあっけに取られたような顔をしている。

「よお。待ってな。今助けてやっからよ」

 少女は、いまいち状況が飲み込めていない様子だが、なんとかこくこくと頷く。

「ちっ。なんだかしらねーが、余計な茶々を入れてくれるじゃねえか。しかし」

 ボス格の男は、ニヤニヤしながらこっちを見て、

「なにやら、随分と疲れている様子じゃねえか。
 それで、俺の手下3人を秒殺するのは、多少なりとも骨だったろう?
 そんな状況で、果たして俺に勝てるかな?」

 くっ。
 確かに、高いところに登るのに必要以上に体力を使っちまったからな。
 普段ならばこいつぐらい敵じゃないんだが、今だとちっときついかもしれない。
 あたしがそんなことを考えていると、今まであっけに取られていた少女が急に、

「お、おいお前、なんだか知らないが……何をそんな無茶をしているのだ!
 メ……わたし、の心配など、する必要なない。かっこつけるだけ無駄と言うもんだぞ」

 妙にえらそうな口調でそんなことを言ってきた。
 言葉は悪いが、つまりはこっちを心配していると言うことだろう。この状況で、大したもんだ。
 しかし。

「お嬢ちゃん。勘違いが二つあるぜ」

 あたしは人差し指をふりつつ、

「まず。オレにかかればこんな奴らを相手にするぐらい、無茶でもなんでもない。これがひとつ。そして。もう一つ」

 効果的にためを作る。やっぱ演出は重要だ。
 少女も、ボス格も、次のあたしの言葉を待っているようだった。

「俺はな、かっこつけているんじゃない。
 かっこいいんだ」

 決まった。決まりまくった。ああ、ビデオでも持ってくれば良かった。

「ちっ、なにワケわからねえこといってやがるんでぇ」

 約一名、このかっこよさが理解できない奴がいるようだが、そんな奴は、

「さあ、かかってきな。貴様には特別に、倒すのに10秒かけてやる。ありがたく思いな」
「なめんじゃねーぞ!」

 奴は突っ込んでくる。
 しかし。
 この状況なら、どっちが勝つかはすでに決まっている。
 天が決めなくてもあたしが決める。

「ふぃー。結構やるじゃねーか。ちょいと疲れちまったぜ」

 わたしの前には、ぼろぼろになって倒れている男の人が4人いる。
 それを、別の人―確か、赤井ほむらと名乗っていたかな?―が一人で倒してしまった。
 身長はわたしとほとんど同じ、150センチもないだろう小柄なのに、大の男4人に勝ってしまった。
 すごい。

「おう、お嬢ちゃん。大丈夫か? 怪我とかしてないか?」

 こっちに向かって、そう聞いてくる。目が合う。
 なんだかどきどきする。さっきとは違う種類のどきどき。

「あ、ああ、いや、はい。怪我、ない、です」

 なんだ? さっきの男達と話をしていたときは、態度を崩さずにすんだのに、この人の前だとうまく喋れない。

「それよりも、あなた、は、大丈夫……ですか?」
「ん? おお。この程度の連中相手にするぐれーじゃ怪我なんかしねーよ」

 そう言って、軽く体のほこりを払う。
 その仕草は、とてもかっこ良くて。
 わたしが、その仕草に見とれていると、

 ―メイ様ー!

 遠くで声が聞こえた

「……咲之進?」
「なんだ? 知り合いか?」

 もう見つかったか。さすがに伊集院家の警備体制もそれほど無能というわけでもないらしい。

「うん。いえ。はい。多分」
「そっか、じゃあ、今日は気を付けて帰れよ。じゃあオレはここで」

 そう言って、歩いていってしまう、わたしは声をかけようとするが、なんといって言いかわからない。
 言葉に詰まっていると、咲之進がやってきた。

「ここにおられましたか。さ,帰りましょう」

 そう言って、わたしの手を取る。見ると、近くには迎えの車が来ているようだった。
 わたしはおとなしく車に乗り込む。今日のことは、お父様にお叱りを受けるかもしれないが、それでもいい。
 前で車を運転している咲之進にわたしは声をかける。

「なあ、咲之進」
「はい。なんでございましょう」
「メイは、春からひびきの高校に通うのだったな」
「はい。そうでございますが、なにか?」
「……いや。なんでもない」

 あの人は自分のことを「ひびきの高校生徒会長」と名乗っていた。
 ということは。
 春になったら、また会える。
 そのときは、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。

(つづく)

戻る