よぉっし。これで合法的に帰れる。鞄を引っつかみ、超速ダッシュで教室から脱出。頭の中でコースを描く。教室出口から昇降口までの最短ルート。こう見えても「ひびきの高校のスピードスター」で通っているあたし。イレギュラーな障害物である一般生徒をうまくよけ、ドリフトターンを駆使してゴールを目指す。
しかし、突然目の前に立ちふさがる男子生徒たち。
こいつらは!
「ふっ、我らひびきの高校生徒会!」
「会長、どこへ行かれるおつもりですかな?」
「今日と言う今日こそは、生徒会に顔を出してもらいますぞ」
「さ、覚悟なされ」
ちぃ! 生徒会の連中だ。
「手前ら、そこをどけ! 会長の命令が聞けないのか!?」
「ふむ。会長の権限を行使するからには、しかるべき義務を果たしてからにしていただきたいですな」
「ああ、まったく」
「こいつらは……」
くそ、名もなき生徒会員ABCDの癖に生意気な。飼い犬に手をかまれるとはこの事だぜ。
「と、に、か、く、どけっつってんだよ!」
「ふ、そうはいきませんな。どうしても、と言うならば……」
と、生徒会員Aは自分たちを指差し、
「われわれを倒してからに
「シャイニング会長キィッック!!!」
全滅!(二秒)
「ぐふっ!」
「ま、まさか、こんなにあっさりと……」
「そんな、あきらかに通常の会長の三倍のスピードは出ている!」
地べたに倒れた連中は口々に疑問の声を出す。
あたしは、そんな連中は無視してさっさと帰宅しようとするが、
「くそ……なぜ、会長に勝てないんだ……」
とか言っているヤツがいたので、一応答えてやることとした。
「おめーらとは、背負っているものが違うんだよ」
「背負っているもの? 一体、あなたは何を背負っていると言うのですか?」
あたしは静かに、
「今日は、早く帰らないと……」
「帰らないと? 一体何があるというのですか!?」
「ゴッドリラーが始まっちまうんだよぉっ!」
今日はなんか知らんけど始まるのが早ええんだよっ!
そう答えると、あたしはきびすを返し、たっ、と走り出した。
校庭を抜け、校門を通りぬける。
ヤバイ、かなりヤバイ。バカにかまってたせいで、時間がデッドラインぎりぎりだ。
もちろん、あたしはビデオ予約している。しかし、だからってリアルタイムで見なくても言い理由にはならない。オタクくさいと言うなら言え。なんと言われようとあたしはリアルタイムで見る。
しかし、このままではまずい。
(くそ、やはり未完成のワザは負担が大きいぜ)
あんな連中相手に使うのはもったいなかった。あたしが後悔しつつも必死で走っていると、
「ん? 誰かと思えば、赤井ほむらではないか?
何を急いでいるか知らんが、ご苦労なことなのだ」
後方の車からそんな声が聞こえた。
……この声は。
「メイ!」
「ふん。まあいい。メイも忙しい身だから、あまり貴様にもかまってられないのだ。
おい。もういい。速度を出せ」
後半のセリフは運転手に言ったものだろう。メイの乗った車は、徐々に速度を増していく。
その車を見ながら……あたしはあることを思いついた。
車を見据える。よし、いける。
残った力を振り絞って、
車の、今メイが明けた窓を見据えて、
あたしは、
飛びついた。
「で、で、でぇい」
「……え!? ちょ、ちょっと、貴様、何をしているのだ?」
「お、い、メ、イ、ちょっとどいてろっ!」
「え? え? え?」
うろたえるメイを尻目に、あたしはもう結構なスピードの出ている車の中に飛び込んだ。
どさっと、体をシートに預ける。その横には、あっけにとられた顔のメイ。
うひー。結構スリリングだったな。
「……よし、成功成功っ!」
「成功……って」
きょとん、としているメイが、突然すごい剣幕で、
「何考えてるのだ、けが……けがしたらどうするつもりなのだ?」
「あん?」
「あぶないのだ。そんなことしちゃ、だめなのだ……」
なんだか知らんが、やつは今にも泣きそうな口調である。
「何言ってんだよ。お前に心配されなくても、あたしが怪我なんかするわけないだろ」
あたしがそう言うと、メイはぴた、と止まり、それから明後日の方向を見て、
「べ、別にメイは貴様の心配など、してないのだ。
怪我するってのは……だから、貴様が無茶なことをして、メイが怪我するのを恐れたのだ。
本当なのだ!」
「別になんでもかまわねーよ」
「良くないのだ! 貴様の心配などしてないのだ!」
そして、いつものごとくケンカ腰になるメイ。
わけわかんねーやつ。まあいいや。それより重要な用事をすまさねえと。
「おいメイ」
「何なのだ?」
「車を、あたしん家に向かわせろ。どうせ、調べついてんだろ?」
「まあ、貴様の家の位置ぐらいとっくに調べ上げてるが、なぜメイがそんなことをしなければならん?」
「してくんねーのか? ちぇ、仕方ねえ」
と、あたしは窓に手をかけると、
「ちょ、ちょっと、何をするつもりなのだ」
「あ、だから、仕方ねーから車から出てく」
「だから、無茶したらダメなのだ!
……仕方ない、今回は特別に、貴様の家まで行ってやろう」
まったく、最初っからそう言ってればいいんだよ。
さすがに車は速い。あたしは無事放送時間前に家に着くことが出来た。
メイも使い様だな。
「おう、あんがとさん。じゃーな」
ま、一応礼ぐらい言い、あたしが家に入ろうとすると、
「ちょっと待つのだ」
「んだよ?」
メイが呼び止めてきた。
「貴様、人にさんざん迷惑をかけておいて、そのまま行ってしまうつもりなのか?」
「なんだよ、礼言っただろ?」
「大体、メイはなぜ貴様が急いでいるのかも知らないのだ。
一体、貴様は何をしようとしているのだ?」
メイの問い。ま、もっともっちゃもっともだが、すでに気が急いているあたしは、
「うっせーな。テレビ見んだよテレビ」
「てれび?……たかがテレビを見るためにあんな無茶をしたというのか?」
たかが、と言うのは気に食わなかったが、議論をしているヒマはないので、
「あーそうだよ、何に急ごうととあたしの勝手だろ?」
「……待つのだ」
「あーもー。今度はなんだよっ」
「メイも、そのテレビ番組を見るのだ。貴様がそこまでする番組、少し興味がある」
「あー、勝手にしろ」
もうどうでも良くなってきたあたしは、家の中に入っていく。後ろからはメイもついてくる。
「ここが貴様の家か」
「あん? なんだ。狭い家だとか文句言うつもりか? そりゃお前んちにくらべりゃ狭いだろうが」
「……別に、そんなつもりじゃないのだ」
なんかメイのやつは落ち着かない様子だが、そんな事はどうでもいい。
あたしは早速テレビをつけ、チャンネルを合わせる。
少し待つうち。
始まったぜ!
「くぅー、やっぱゴッドリラーは燃えるなあっ!」
「……って、これは」
「おおっし、今回はどんな話だ?」
「マンガではないのか?」
「え? なんだって、ああ、そうっだのか! そこでそうなるとは、くそー、やられたぜ!」
「貴様こんなのが見たかったのか?」
あたしが熱中している横で、メイがなんかごちゃごちゃ言っている。
「るせーな。黙って見ろ」
「しかし、こんな子供向け番組。メイは2歳で卒業したのだ」
「見たくなきゃ帰ればいいだろ? お前に騒がれるとあたしが集中できねえんだよ」
「……ま、仕方ない。黙っててやるのだ」
?
なんか今日は素直だな。ま、いいか。
そして、熱血とドリルの30分が過ぎる。
「やー、今回も最高だったなあ」
「……」
「あん?」
「……」
「どうしたんだ?」
「……え? な、何でもないのだ。今日のところはこれで帰るのだ」
「おう。気をつけて帰れよ」
「別に、貴様に心配なんかされたくないのだ」
そう言って、メイは帰っていく。
なんだか知らんが、ちょっとぼーとしている。
ったく、ワケわかんねーヤツだな。
でも、まあ。
かまうと面白いやつではあるけどな。
*
その日の夜。伊集院宅。
「……そうかもうビデオが出ているのか」
「メイ様? 一体何をご覧になっているのですか?」
「咲之進? あ、これは……」
「たしか、赤井ほむら殿が好きなテレビ番組、でしたか?」
「いや、その……メイは、この番組の、個性的な科学考証が気になっただけなのだ」
「そうでございますか。では、研究資料として取り寄せさせますが」
「う、うむ。よろしく頼む」
「なんでしたら、まだ放映されていない分などを集めることも出来ますが」
「……いや、普通に市場に出回っている物だけでいい」
「かしこまりました。では、明日にでも」
そう言って咲之進退室。
部屋に残されたメイ。ポツリとつぶやく。
「ズルなんかしたら、赤井ほむらに悪いのだ」
ほむらVSメイそのに。
実はけっこう趣味合うんじゃないんですかね。この二人。
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