四葉のフォトショップ

 放課後、咲耶が校内をふらふらと歩いていると、なにやら人だかりが出来ているのが見えた。

「およ? 一体なにかしら?」

 興味を持ち、人だかりに近づき、背伸びしてその中を覗きこむ。
 そのなかで繰り広げられていたのは。

「チェキー! そこ行くダンナ! 今日というトゥデイは四葉ちゃん写真店日ごろの感謝を込めて大安売り中デス! 学園のアイドル、咲耶ちゃんのあーんな写真やこーんな写真が格安であなたの手に! さあ、チェキするなら今しかないデス、ってお客サマ? どうしてそげにデンジャーなものを見るような顔をして四葉から離れていくデスか?」
「……多分、私が後ろにいるからじゃないかしら?」
「チェキッ!?」

 いつの間に回りこんだのか、咲耶は四葉の後ろにいた。
 咲耶は四葉の頭に手を置き、そのまま頭を鷲づかみにして、力任せに振り向かせる。

「よ・つ・ば・ちゃん? 一体なにをしているのかしら?」
「な、なにと言われテモ、四葉とシテモなにがなにやらサッパリ」
「強引にとぼけるんじゃないの! この地面に置かれてる私の写真がなによりの証拠でしょ! まったく、こんなのいつの間に撮ったのよ?」
「ふっふっふ。チェキチェキ四葉ちゃんに不可能は無いのデス!」

 咲耶は四葉の頭を握る手に力を込める。
 めきょ、という音がちょっとだけした。

「イタ、イタタタタ! 咲耶ちゃん痛いデス!」
「反省の色がまぁったくないからよ。勝手にこんなもの撮って。肖像権の侵害だわ」

 憤る咲耶に対し、四葉はまったく悪びれない。

「イヤイヤ、これも四葉ちゃんチェキチェキ資金のタメデス。兄チャマをチェキするにもタダじゃあスマナイご時世なのデス」
「……いいから、この写真は没収よ」
「いやデス。ゴメンこうむりマス」

 今度の音はごきょ、だった。

「イタタタタタタタタッ! いや咲耶ちゃん、かなりマジにシャレにならない痛みデスッ!」
「……いい、四葉ちゃん? あなたには今、3つの選択肢があるわ。
 1.私に大人しくその写真を渡す。
 2.このまま頭が潰れトマトになるのを待つ。
 3.某大手ゲームメーカーなみの訴訟攻撃を食らう。
 さあ、どれを選ぶのがおりこうさんかしら?」
「ハイ。写真デス」

 命と資金を天秤にかけた四葉は非常に素直だった。
 写真を受け取ると、咲耶は頭を握る手を離す。

「ふふ、四葉ちゃんにも、生命の危険を察知する生物として必要最低限の知恵ぐらいは備わっていたようね。素直に渡してくれて嬉しいわ」
「四葉は命があるだけで満足デス」
「そうよ。これからもそうやって、謙虚に生きていくといいわ。それじゃあ、私はもう帰るから。2度とこんなコトしちゃだめよ」

 四葉に釘を刺し、咲耶は帰っていく。
 歩きながら、

「まったく、私のこういう写真を見ていいのは、お兄様だけなのよ」

 とか、

「あ、でも、写真の映り自体はいいわ。四葉ちゃんにも少しはいいところがあったのね。でも、この場合は被写体がよかったのが大きいわよねえ」

 とか言う声が聞こえた。
 後に取り残された四葉は、

「うっ、うっ」

 声をふるわせ、泣いている。
 と、思いきや。

「うっ……うっふっふ。咲耶ちゃんもマダマダ甘いデス」

 にやり、と笑い、どこからか封筒を取り出す。
 その封筒には、でっかく「X」と書かれていた。

「ふふふ、四葉ちゃんにはまだ切り札があるデス。四葉がチェキパワーを駆使して手に入れた、咲耶ちゃんフォトグラフX! サスガに白昼堂々売ってたらPTAとかSCEとかに捕まってヒドイことになってしまうので隠し持っていたのが幸いシマシタ! これさえあれば、チェキ資金はマダマダ十分稼げマス!」

 四葉は自信たっぷりに言い放った。

「……へえ」

 その後ろには、いつの間にか、血に飢えた修羅が1人いた。

「四葉ちゃん。まぁっっったく反省できてないようねぇ……」

 四葉の顔に、冷たい汗が一滴、たら、と流れた。

 僕がいつものように放課後の街を歩いていると、前のほうから12人の妹(いや、改めて考えると結構すごいなあ)の1人の四葉が走ってくるのが見えた。

「やあ四葉。そんなに急いでどこにいくんだい?」
「あっ、兄チャマいいトコロにっ! ちょ、ちょっと隠れさせて下サイッ」

 と言って、僕の後ろに隠れる。

「一体どうしたの?」
「四葉の命に関わるコトデス。このままでは四葉は明日の朝日を東京湾の底でおがむコトになってしまいマス」
「なんだかおおげさだなあ」
「いや、かなりマジにというか、十中八九間違い無いデス」

 四葉は本当に怯えているようだ。
 一体、何があったんだろう?
 と、そんなことを考えていると、前のほうからまた妹の1人、咲耶が走ってくるのが見えた。

「やあ咲耶。そんなに急いでどこに行くんだい?」
「あっ、お兄様いい所にっ! ねえお兄様、その辺りに四葉ちゃんが逃げてきませんでした?」

 と言って辺りを見まわす。

「一体どうしたの?」
「私の名誉に関わるコトなの。四葉ちゃんに、明日の朝日を東京湾の底でおがんでもらおうと思って」
「なんだか物騒だなあ」
「いや、私は本気っちゅーか、それでも生ぬるいぐらいだわ」

 咲耶は本当に怒っているようだ。
 一体何があったんだろう?
 僕としては、妹同士のじゃれあいの邪魔をする気はまったくないので、

「まあ、四葉ならここにいるけど」
「えっ、あ、ああっ! こんなところにいたのねっ」
「チェ、チェキッ! 兄チャマ、四葉を売りマシタねっ」
「はっはっは。四葉、それはひどいなあ」
「覚悟しなさい四葉ちゃーん」
「わわっ、お助けデスー!」

 四葉は再び逃げだし、咲耶はそれを追いかけていった。
 修羅の形相で追う咲耶に、逃げ惑う四葉。
 それは、子犬がじゃれあっているように見えたので、

「ああ、やっぱり妹たちはかわいいなあ」

 と僕は思うのだった。