ある日。僕が例によって夜遅くに帰宅すると。
 テレビの前で、まるでそこで力尽きたかのように突っ伏しているセリオ(偽)とユニちゃんがいた。
 床を見ると、そこにはゲーム機のコントローラがほったらかしになっている。
 また、ゲームを力尽きるまでやっていたのかな?
 やれやれだなと思いつつ、ゲーム機を片付け、二人を揺さぶる。
 二人はまだ寝ぼけていたようだけど、ふらふらしながら寝室である押し入れへと向かった。
 そうして、その日は何事も無くおさまった。

 そう、今思えば、そのときからすでに彼女らの計画は始まっていたのかもしれない……。

外伝13話「選択肢」

 朝日が目に染みる。
 まだ眠い。
 朝、僕は布団の中でまどろんでいた。
 今日は、珍しく完全な休日だから、もう少しねむっていよう、そんなことを考えながら。
 うーん。むにゃむにゃ。

 ……ちゃん。
 
 声が聞こえる。

 ……お兄ちゃん。

 誰かを呼んでいる声のようだ。
 この家には兄呼ばわりされる人材は居ないから、多分外か、あるいはテレビの声だろう。

 ……お兄ちゃん、早く起きないと遅刻するよっ。

 どうもその兄と言うのはお寝坊さんらしい。
 それにしても、この呼び声。
 どこかで聞いたことがあるような。

 ……お兄ちゃんってば!

 近くで物音。上空から殺気が迫る。目を開くよりも先に布団を上に払って牽制、すぐさま「いもむしごろごろ」の技術でその場から転がりつつ撤退。
 どしん、と音がする。落下してきたものが……いや、人が出した音だ。下に布団をしいてすら、その振動は大きい。
 僕は、その、片膝ついて座っている人物に対して、

「おはようセリオ(偽)さん。朝っぱらからトップロープからの地獄の断頭台とは穏やかじゃないね」
「はっはっは。超人硬度10といったところでしょうか?」
 
 当然、こんな愉快なことをしかけてくるのはこの家に一名しか存在しない。

「どう言うつもりかな? 返答次第ではこちらにも「筋肉の復讐者」の準備は出来てるけど?」
「いやいや、そんな若い人にはわからないようなネタは置いといて」

 ぱちん、と指をはじく。
 すると、どこからかユニちゃんが出てくる。
 彼女は、なにやらプラカードのようなものを持っていて。

「さーあ、気を取り直していきましょう」
「……どこいくのー?」
「では……やっと起きたんだね、お兄ちゃん」

 ……は?

「あの、セリオ(偽)さん?」
「なーに? お兄ちゃん」
「……その呼び方は?」

 事態が飲み込めていない僕に、プラカード持ちのユニちゃんが紙を渡してきた。
 そこには『ただいまご主人様とセリオさんは血の繋がらない兄妹という設定になっています』と書かれていた。設定ってなんだ?
 よくわからないが、これは彼女らの遊びなんだろうか?

「まーそんなこたぁいいですから」
「いやよくは無いと思うのですが」
「それより。……ほら、早く朝ご飯食べよ、目玉焼き、冷めちゃうよ」
「……はい」

 僕はそう返事をしたのだが、セリオ(偽)もユニちゃんも動く様子が無い。いや、ユニちゃんは手に持つプラカードを一枚、をさっとあげた。そこには。

1.『うん。食べよう』
2.『まだ眠いよ』
3.『貴様の作った飯など食えるか』

 と書かれていた。僕がわけもわからず立ち尽くしていると、ユニちゃんがまた紙を渡してくれて、そこには『選択肢です。1,2,3のどれか一つを選んでください』と書かれていた。
 選択肢……いまいちルールが飲み込めないけど、まあ無難なところで。

「……じゃあ、1.『うん。食べよう』にします」
「はい。じゃあ、食べましょう」

 3人そろって食卓へ。食事はごく普通にすすむ。
 そのとき、

「ねえ、お兄ちゃん」
「……はあ」

 どうもその呼び方、馴れないんですけど。

「今日、お休みなんでしょ?」
「うん。まあ」

 セリオ(偽)が妙に高い声を出しているのにも馴れないのですけれど。

「だったら……一緒に、遊園地に行かない?」
「はあ。うん、いいけど……」

 と言おうとしたとき、さっきまで黙々と食事していたユニちゃんがプラカードを上げて、

1.『了承』
2.『否』
3.『やだぷー』

 2番と3番は意味が同じような気もしたがとりあえず僕の選択は1番。

「了承」
「わーい。やった。じゃ、駅で待ってるからね」
「え? あの」

 というが早いかさっさと食事を終えたセリオ(偽)は、すばやく家から出ていった。

「……家、同じなんだから。別に外で待ち合わせしなくってもなあ」

 そんな僕の呟きは無視される。なんか不条理。
 仕方なく、僕が準備をしてその後を追おうとすると、

待ち合わせ場所はどこでしたか?
1.『駅』
2.『イスカンダル』
3.『コロニーサイド6』

 この選択肢を作った人の年齢はいくつなんだろう?
 そんな疑問が頭をちらついたが、考えても仕方ないので1を選ぶ。ユニちゃんは満足したような表情。
 そして、僕は選択肢どおりに駅に向かうことにした。なんだかなあ。

 歩きながら、ちょっと思い出した。
 そういえば、最近彼女らがやっているゲームで、画面に女の子の絵と文章が出ていて、そしてなにやら選択肢が出ているものがあったような気がする。
 楽しいの? と聞いたらセリオ(偽)は「いやあ、萌え萌えっスよ。特にこの妹」と答えてきた。
 もえ、という言葉の意味はわからなかったけど、なんか楽しそうだった。
 ……やっぱ、それに影響されているのかなあ?

 駅にたどりつく。
 そういえば、駅のどこで待ち合わせするのか、聞いてなかった。
 ま、そんな大きな駅でもないから、うろうろしていれば出くわすだろう。
 そんなことを考えていたら、

 1時間たった。
 遅い。
 先に出たはずなのに、遅すぎる。
 ……もしかして、何かあったんだろうか?
 心配になり、近くにプラカード持って控えているユニちゃんのほうを見てみるが、彼女はまったく動じていない様子。
 また、何か悪巧みしているんだろうか?
 僕がそんなことを思いつくと、遠くから声が聞こえてきた。

「ごめんなさーい」
「……はい」

 そういって駆け寄ってきたのは、言わなくてもわかると思うけどセリオ(偽)。それっぽく息切れとかもしている。

「……どうしたの?」
「はあはあ……えーと、ここに来るまでの道が込んでて」

 別に道は込んでいなかったと思うし、そもそも徒歩に影響するほどの込み具合の道って、どれぐらいだ?

「まあ、別にいいけど……」

 と、そこでまたしてもプラカード。

1.『僕も今来たところだから』
2.『ざけんなこら。なめとんのかい』
3.『ごめん。きみとはおわりにしよう』

「……シナリオライターは誰?」
「あ、私っす」
「なんか、2番と3番は、選べそうに無いんですが」
「わかりやすくて良いっしょ?」
「まあ、ね。じゃあ1番『僕も今来たところだから』」

 僕が多少疲れを込めてそのセリフを言うと、突然、

「ええっ、ひどいっ。今回は私が遅れたからいいものの、そうじゃなかったら1時間も遅れてくるつもりだったのねっ」
「……はあ。確かにそうなるのかも」
「あんまりよっ……さよならっ」

 そう言ってセリオ(偽)は走り去り、手近な物陰に隠れた。ユニちゃんのプラカードには『ばっどえんど』の文字。よくわからないがこの選択は間違いだったらしい。
 僕は、セリオ(偽)の居る物陰まで近づいていって、

「あの3つの中じゃ、1しか選べないと思うんだけど」
「いえいえ。実は3を選ぶとまあなんか色々劇的なシナリオが待っていて最終的にまとまる、という事だったのですが」
「……ちっともわかりやすくないじゃないか」

 はあ。ため息一つ。
 僕は、黙ってつかつか歩く。

「あ、ご主人様、あのー」
「もう、さっさと行くよっ」

 人が結構居る駅前で、こんな変なことをこれ以上やりたくはない。
 僕は、さっさと電車に乗り込むことにする。二人もついてくる。
 とりあえず、電車の中では例の選択肢は出なかった。

 遊園地につく。
 黙って、少し早めの歩幅で歩く僕に、黙ってついてくる二人。
 セリオ(偽)は、ちょっと、不安そうな顔をしながら、

「あの、ご主人様」
「……」
「もしかして、その、」
「……」
「怒ってます?」

 黙ったまま、僕はセリオ(偽)の方に向き直り、さっと手を上げ

「っ!」

 びっくりして目を閉じたセリオ(偽)の前で、僕は。
 頭を掻いた。

「……は?」
「ははっ、引っかかった引っかかった」
「……って、小学生ですかー!」
「お返しお返し」

 初歩的ないたずらだが思いのほかうまくいって嬉しくなってくる。

「別に、君がヘンなコトするのは今に始まったことじゃないから、気にしてないよ」
「なんか聞き捨てならねえような気がしますですが……怒ってなくて、よかったです」

 そんな感じで笑い合う二人。
 と、そこに。ピピー、という笛の音。音のした方向を見ると、そこにはユニちゃんがいて、

「セリオさん、NGです。げんてん2てんです」
「あ、そうでした。失敗失敗」
「……減点?」
「ちなみにご主人様は今のところ減点6です。10点たまると「エンピツと空き缶」ですから気を付けてください」
「あ、そうでしたね、気をつけないと」
「……あの、「エンピツと空き缶」って?」
「さあ、再開しましょう」
「はい。そうしましょう」
「エンピツ……」

 10点たまると何をされるのかすごく気になったが、そんな僕をさしおいて二人は話を続ける。

「じゃ……えっと、ご主人様。じゃなかった、お兄ちゃん。最初にどれに乗る?」

 とりあえずゲームは再開するらしい。
 まあ、この際だから最後まで付き合うこととする。

「はいはい。選択肢見せて」

 そう言って、例のごとくプラカードを見ると、

1.『はやいやつ』
2.『おちるやつ』
3.『とべるやつ』

 ……どれも、具体的な乗り物名を書いてははいないが、なんとなくどんなのかわかる。
 そして。
 僕は、この手の乗り物は苦手だ。

「ねえ。どうしてもこのみっつから選ばないとだめ?」
「もち、です」
「観覧車とかにしないの?」
「観覧車は最後に乗るものだと相場が決まっています」

 どこの相場なのか気になったけど、とりあえず僕は「ちょっと待って」と言い、この遊園地のパンフレットを見て。
 思いついた。

「じゃあ、1番」
「なんか1番しか選択しないですね」
「いいじゃないか。別に」
「ふっふっふ。じゃあ、はやいやつに乗りましょうか」

 セリオ(偽)がにやりと笑う。明らかに、僕がそういう乗り物が苦手だと察知している様子だ。
 だが、こっちにも切り札がある。

「うん。じゃあ、これに乗ろう」
「へ? ……これは、乗り物に乗るタイプの、お化け屋敷ですか?」
「そう。ジェットコースターとお化け屋敷のあいの子みたいなやつ。結構速いらしいよ」

 速過ぎるとお化けのアトラクションを見ていられないから、あくまで結構、だろうけど。

「ふーん。まあ、いいです。それにしますか。ねえユニちゃん?」
「はい。そうしましょう」
「じゃあ、行こうか」

 そういって、僕はパンフレットをさりげなく握りつぶす。
 この中の、アトラクション説明文章を読まれたら、計画はおじゃんになる。
 そう『リアルな雷音を再現しています』という1文を。

 その日。
 その、ライド型のお化け屋敷から、とてつもなくけたたましい悲鳴がみっつほど聞こえたという。

 日は暮れ、空には夕日が見えています。
 最初のアトラクションで、まんまとご主人様に一杯食わされた私とユニちゃんは、そのあとどうにかしてご主人様にリベンジするべく様々な計画を立てました。
 途中から、当初の作戦とは大幅にずれ、私も演技を忘れ素に戻ってしまったりしましたが、それでも楽しかったです。
 ちなみに勝敗としては……まあ『痛みわけ』とだけ言っておきましょう。
 そして今。トリとして、3人で大観覧車に乗っています。
 ゆっくりと回る観覧車。二人は疲れてしまったらしく、眠り込んでいます。
 ……。
 それにしても、あの最初のお化け屋敷にはやられました。作り物だとはわかっていても、かなりビビってしまいました。あそこでゴロゴロドンは反則でしょう。ええまったく。
 ……。
 観覧車は、ゆっくりと、ゆっくりと回ります。景色は奇麗なのですが、ちょっと退屈でもあります。
 そんなことを考えながら窓の外を見ていると、窓ガラスに反射して視線が一つ。
 振り向くと、そこには。

「ん。僕寝ちゃってた?」
「ええ。ユニちゃんは現在進行形で眠ってます」
「そ。じゃあ、静かにしないとね」
「……はい」

 夕日のに照らされた、あの人の顔。
 その静かな空間で、その顔を見ていると、何故か。
 何故か、寂しいような気分になって。
 そして。

「あの、」
「なに?」
「選択肢、です」
「はあ? まだ続いてるの?」
「はい」

 目を伏せながら。

「大切な、人が」
「はい?」
「大切な、人が、えと、人間の、人が、いたとします」
「うん」

 何故こんなことを聞きたくなったのか、分からなかったのですけれど。

「そして、私もいまして、それで」
「……うん」
「どちらかが、そう、どちらかがいなくなってしまうとしたら」

 楽しかったから。
 今日が、楽しいから。
 怖くなったのかもしれません。

「あなたは、どちらを選びますか?」

 沈黙。
 静かな、箱の中。
 景色だけが流れていき。
 そして、それを打ち破って。

「両方」

 そう、言葉が紡がれました。

「……はい?」
「両方」
「そんな答え、ずるです」
「やだ、両方」
「って、あの」
「大切な人なんでしょ? だったら。
 僕は、失いたくない。もう二度と」
「……」

 再び静寂。
 そして。

「だから、君も」

 そっと、私の髪を触れながら。

「僕の前から、いなくならないでね」

 はい。
 わたしは、ぜったいに。ずっと。
 あなたのそばにいます。

(つづく)
リーフのコーナー