反応速度は上々。感覚は戻ってきている。
 しかし、相手は、自分よりも圧倒的に。
 速い。
 二日目、夜。21−3。

「あれ? セリオさん、このテレビにはお金を入れるところがありますが、これはなんですか?」
「……え? あ。確かにありますねえ」
「何々、どうしたの?……はー。なんだろーねこれ?」
「なんでしょう?」
「むむ……(ひらめいた)そうだ! これは、アレですよ!
 観光地とかで、コインを入れると使えるようになる望遠鏡とか、そう言うの!」
「なるほど。さすがです」
「……いや待てよ。なんか、これに類する話を昔先輩に聞いたような」
「まあ、しのごの言わずにお金、入れてみましょうか」
「……て、この、端っこのほうに目立たないようにおいてあるそれに対する説明とおぼしき紙を見るに」
「……っ! きゃー! な、なんですかこれはっ!」
「……この方々はなにをなされているのでしょうか?」
「あっ、ユニちゃん、見ちゃいけませんっ」
「……なんだかなあ」

「なんかむこーのほうが騒がしいな」
「それはいいからさあ、さっさと仕事済ませて、ご飯にしようよ」
「ああ。ここのメシ、上手いからな」
「それはそれとして、マルチちゃん見なかった?」
「ああ。HM12だな。さっき、20代後半ぐらいの女の人が連れていたったぞ。
「へー。だれだろ?」
「さあ。ここの従業員の服着てたから、ここの人じゃねーの?」

「はぁー。うん。気持ちいいわ。
 あなた、肩揉むのお上手ね」
「はい。お褒めに預かり、光栄です」

 あたしの思ったとおり、姉さんは新規導入予定のメイドロボ、HM12を、自分専用の肩揉みマシンにするつもりのようだった。

「柏木梓様。梓様の肩もお揉みしましょうか?」
「ああ、お願い……いやいい。会長のほうをお願い」

 途中で訂正したのは、姉さんがこっちをすげえ目で見たからだ。もうちょっと揉んでもらいたいらしい。まったく。
 まあしかし。
 このHM12は、マシン、と呼ぶのがためらわれるほど人間に近い造詣をしている。言動や行動などは、ちょっと硬いところもあるけれど。
 この子なら雇っても良いな、思わせるような感じはあった。
 そういえば、数年前、偶然隆山に来ていた試作機だというHM12(いや、HMXだっけ?)とあったこともあるけれど。
 あの子も、いい子だったなあ。
 それはそれとして。
 もみもみ……。
 肩を揉まれながら、気持ち良さそうにしている我が姉(てゆうか偽善)を見ながら。
 あたしは、誰かこいつを止める奴はいないのか、と思った。
 ふと、姉さんと婚約を結びながらも嫌気が差したのかなんなのかあたしたちの妹二人を連れてどっかにバッくれた従兄弟の顔が思い浮かんだ。
 あいつなら……。
 無理かなあ。物理的にはともかく精神的に。
 はあ。
 あたしの苦労はもう少し続きそうである。

「と、言うわけですぜ大将」

 夜。
 僕が仕事も終わってふらふらしていると、先輩が唐突にそう言ってきた。

「どう言うわけでしょうか?」
「ふっふっふ。決まっておろう? ここは温泉だ。つまり」
「つまり?」
「女子浴場を拝見に行く」
「犯罪ですから止めてください」

 言ってから、ふと。

「てーか、先輩女なんですから、別にふつーに行けば良いんじゃないんですか?」
「……甘い。甘いよ後輩。古来よりの伝統として、温泉モノにおいて、風呂場を覗く、あるいは耳を傍立てるというのは最早抗いがたい義務だとは思わないかね?」
「思わないし、僕の疑問の答えにもなってません」
「ええい。ウダウダ抜かすなぁっ」
「ああっ、そんなっ先輩っ、引っ張らないで……助けてぇー」

 セリオさんには完敗なのですが、夏樹さんとはギリギリです。
 まあ、ギリギリこっちの負けなんですけれど。
 しかも彼女もまだ成長期であることを考慮すると、自体は深刻であると言わざるを得ません。
 上層部に提出した嘆願書は、今のところ聞き入れられた様子は無く、もはや自体は容易ならざる状況です。
 なんとか……なにか有効な手を打たないと。

「……? ユニちゃん? 何深刻な顔してんの?」
「むっ、何か心配事でもありましたか!」

 いけません。お風呂で顔を半分お湯の中に入れてぶくぶくしながらじとーとした目で色々観察していたら不審に思われてしまいました。心配をかけるようなことがあってはいけません。

「いえ。なんでもありません」
「そう。のぼせないようにしないとね」
「そーですね」

 それにしてもここのお風呂は、せんとうと同じぐらい広くて、なおかつ岩場とかあってロケーションこっていて、さらに外にあります。世の中いろいろなものがあります。
 私が、きょろきょろと辺りを見まわしていると。
 ふと。
 向こうの、お風呂の境となっている柵のところに、何やら人影が見えたような気がしました。
 セリオさんと夏樹さんを始め、ほかの方々は気がついていないようです。
 私は、影になる場所でお湯の中に潜航し、そこへこっそりと近づいていきました。
 目だけを出して左右を確認。おっけい。音を立てないように湯船から出て、ゆっくりと接近します。
 思ったとおりそこには人がいました。
 それは、バスタオル一枚巻いた女性と……。

「あの、何をなされているのですか?」
「うあっ!」

 私は、その物陰にいる、まるで覗きをしているかのような女性に声をかけました。

「ああ、いや私は怪しいものでもなんでのねーつーか……ああ、ユニくんか」

 良く見るとその人は、私の知っている人でした。

「碧さん。こんなところで何を?」
「いや? なんでも無いよぉ」

 そういって、そそくさと湯船のほうに向かいます。
 すれ違いざま、「なんつーかなぁ。スリルってもんがなあ」とか言っていたような気もしますが良く分からないので聞かなかったことにしましたし、その向こう側で遠ざかっていく、碧さんにかどわかされたと思わしき人物の影が2,3見えましたが見なかったことにしました。
 私、血を見るのは苦手なんです。
 ひゅるー。風が吹いてきました。
 寒いくなってきたので、私も湯船に戻ります。
 まあ、何事も無くって何よりです。

 ちゃぽん。ちなみに湯音。

「それにしても、セリオさんがユニちゃんと同居してたなんて」
「それを言うなら、夏樹さんがユニチャンの同級生だったなんて」
「いや、世の中広いようで狭いわねえ」
「そうですねえ」
「ま、いーや。ねえセリオさん?」
「はい。なんですかぁ?」
「この旅行終わって、学校が始まったら……良かったら、ウチの卓球部に来てくれない?」
「はい? 構いませんが、なぜ?」
「ウチさあ、設備とかには問題無いんだけど、イマイチ部員のやる気が無いのよ。
 そこで、外部から強力な選手を連れてきて、みんなに気合入れよーかなー、て作戦なの」
「ほう。なるほど。そういうことならおっけーです」
「お願いします。……それにしても、セリオさんて……その、」
「変わってますか?」
「いや、そこまで言わなくても」
「いやいや。どーもそうっぽいですからねえ。最近は私も「私って、ヘン?」とか思ってますし」
「……まあ、確かにそうかもしれないですけど、いいんじゃないんですか?」
「ほえ?」
「面白い、ですし」
「……私はコメディアンですかー!?」
「ははっ……まあ、ともあれ。あがったら、一戦よろしくお願いします」
「ふっふっふ。手加減はしませんよっ」

 着替えて軽く柔軟運動。
 昨日から、双方のヒマさえあれば、試合を挑んでいるが、いまだに一勝もしていない。
 準備を整えて、ある程度実力を発揮できるようになればなるほど、彼女との実力の差を思い知らされる。
 深呼吸、一つ。
 横では、ギャラリーが無責任な応援。
 ……それが、結構心強かったりもする。
 無論勝つ気でかかる。それは当然。でも。
 多分、勝てない。
 実力差なんて、早々埋められるものじゃない。
 それでも。
 自分の、出しうる力すべてを出す。それが全力を出してくれた彼女に対する礼儀。
 台を挟み、向かい合う。
 周囲が静まり返り、そして。試合が始まる。
 一つ確信。
 私、これが好き。

 朝方。結構寒い。

「それじゃ。私は車で帰るけど……あなた達、ちゃんと帰れるの?」
「まかせろ。電車代は前借した」
「でなくて。道順とかそーゆー」
「平気だよなっちゃん。これたんだから帰れるって」
「大丈夫です」
「なんか心配だなあ、まあいいか」

 夏樹、家族の車に乗り込む。

「それじゃあ、私達も帰りますかご主人様?」
「……自転車怖い」
「……マジで自転車で来たんスか? すげえ」
「すごいよっ」
「セリオさん、私は、真一さん達と帰ることにします」

 セリオ、ちょっと心配そうにしつつも。

「自転車三人乗りはさすがに危険ですからねえ」
「二人乗りも危険。二人乗りも危険」
「ま、ともあれみなさん」

 全員、顔を見合わせ。

「帰ったら、また会いましょー!」

(温泉編>おしまい)
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