「……ここは、どこなんでしょう?」
きょろきょろと辺りを見まわす。
ユニは知らなかったことだが、ここ鶴来屋は、この辺り一帯でも名の知れた巨大旅館である。
とはっても、標識や各階の説明などはきちんと表示されており、特別方向音痴なものでなければ、そうそう迷うもんでもない。
で。
ユニは特別方向音痴だった。
「……むー」
少し不安になる。
しかし、立ち止まっていても仕方無いのでとりあえず歩く。
どうしてこんなことになったんだろ?
ここまでのことを思い出してみる。
真一さんのお姉さんの碧さんに、泊まりこみの臨時アルバイトを紹介されて。
私を探してきてくださったセリオさんとご主人様と合流して。
それで、結局何日かアルバイトなんかしつつ宿泊することになった。
うん。ここまではいい。セリオさんも、これも社会勉強になるでしょう、て言ってくれたし。
えっと。それから。
セリオさんとご主人様のお部屋に言ってみたら。
そこには、空になった温泉まんじゅうの箱があって。
セリオさんは「あ、ごめん、全部、食べちゃった」て言ってた。
後で買いに行きましょう、とも言ってくれた。
セリオさんはやさしい。だから大好き。
そんなセリオさんにご手数をかけるわけにも行かないから、私は、自分の仕事があいたときに、温泉まんじゅうを売っているお店を探すことにしたんだ。
そして、その結果がこのありさま。
「はあ」
知らない壁。知らない床。窓の外には知らない風景。
知らない尽くしのこの場所で、募っていくのは不安だけ。
やっぱ、私、ダメなのかも。
将来の私のお仕事を考える。料理、洗濯、買い物、その他家事一般。それが多分メイン。
考えて悲しくなる。全部ダメ。
おつかいなんて、子供だって出来るのに。
不安感と自己嫌悪がループして、どんどん深みにはまっていく。空腹と眠さもそれに拍車をかける。
少々空想癖もあるユニ。
自分はこのまま誰にも見つからずこの旅館で遭難しちゃうんじゃないかなんて考えが浮かんでくる。
途端に不安感がます。
このまま、みんなが帰っちゃったらどうしよう?
一人じゃおうちに帰れない。
慌てて辺りを見まわす。見知った顔は、もちろん無い。
じわ。涙が滲んでくる。泣いちゃいけない。迷子になったうえに泣いちゃうなんて、いくらなんでもみっともない。かっこわるい。でもちょっと疲れた。あそこの角を曲がって、最初の休憩コーナーで、少し休もう。うん。そうしよう。
身近な目標を立てることで心にちょっと支えをつくり、少し早足で角を曲がろうとして。
同じく角を曲がろうとしていた人物とぶつかった。
「あっ」
「うわっ!」
びっくりして過剰に後ろずさる。と、と、と。バランスを崩してしりもち。ちょっとお尻がいたい。
これは致命的だった。心理的に不安定になっているところに身体的ショック。もうどうにもならなかった。
ユニは泣いた。
下を向いて、静かに泣きじゃくった。子供のように。
「……ったた、と。あれ? ユニ、ちゃん?」
ぶつかった人物、心配そうに声をかける。
ユニは下を向いているので顔は見えないし、声を聴いて判別するとかそう言う心理状況ではない。
どうもおろおろしているらしいその人物を認識することもかなわず泣きつづけるユニ。
そこに、第三人物登場。
「……? あー、その」
ややボーっとしたところもある声。状況をつかみかねている彼の名は月本真一。ただいま休憩中。
彼は状況をつかもうとする。
状況証拠:そのいち、ユニが泣いてる。そのに、近くに知らない人物がいる。
さあ、どう言うわけだ?
「あのーそこの人、間違えると悪いから、一応聞くが」
「はい?」
「もしかして、あんたは、その、そこの女の子をいじめたりして泣かせたのか?」
まあ、そう見えなくもない。
「……って、違う違う! 僕はたまたまこの角でユニちゃんとぶつかって」
「ユニ……なんでこの子の名前知ってんの?」
真一の中で、そいつに対する「不審人物警戒レベル」が一レベルアップ。ちょっと怪しい。
「いや、僕は、その、この子の、あの、なんていうか、えっと」
挙動不審。さらに警戒レベルアップ。
『必要とあらば戦闘も辞さない』というレベルだ。今決まった。
「僕はこの子の主人なんだ」
文面だけ取ると、えらい怪しい。
「主人? あんたがそうなの?」
「うん。まあ、一応そう言うことになってる。多分」
考えてみれば彼女はメイドロボだそうだから、主人だっているんだろう。
なんだか知らんが、そいつここにいるらしい、が。
「嘘つけ。ユニは昨日……まあ、もう今日だが。
つまりそういう夜中に自分の家に電話をかけて、そしてその電話は出た。つまり、その時点でユニの主人は家にいたわけだ。ユニの家からここまで、いくらなんでもそんな早くこれるもんかぁ?」
真一はこう言うが、実際には問題なくこれるぐらいの距離。
しかし、ここに来るまで大いに迷った真一としては「ウチ―ココ」はえらい長い距離として認識されているのだ。よってこんな疑問が出た。
「いや、そのあの、自転車で飛ばして」
「自転車ぁ」
不審レベルが倍率ドンさらに倍。なんでそんなネタ知っている年いくつだ真一、という疑問はともあれ、彼はそう思った。
「とりあえずやっちゃうか」というレベルだ。
「よう、あんたよぉ、なんか「とりあえずやっちゃうか」というレベルなんだが、どうしよう?」
「いや、どうしよう、と言われても」
そんな会話を横に。
ユニは、泣きつづけていた。あ、自己主張のため泣き声をちょっと大きくした。
無視されているのがお気に召さなかったらしい。
「……とりあえずさあ」
「うん」
「ユニを泣き止ませるのが先だと思うが、どうか?」
「うん。僕もそう思う」
そうしてユニを連れた二人は、最寄の売店(なぜユニが見つけられなかったのか分からないぐらい、あっさり見つかった)を発見、温泉まんじゅうを購入。
一つほおばるごとに、ユニの泣き声は小さくなっていった。
……食べてればしあわせ、らしい。
その後。
すっかり泣き終わったユニが真一に主人のことを紹介したことにより、二人の確執は解消した。
真一が「すまんス」というと「いや、おっけス」と答えが返った。
結構気が合うようだった。
*
そのころ。
夏樹は海岸を走っていた。
体を鍛えるため、ではなく、なまった体を暖めるのが目的だ。
このお嬢さんは、結構、負けず嫌いのようだった。