卓球、と言う球技は、とかく錬度に作用される。
 経験者とそうでないものでは、悲しいぐらいに差が現れる。

「あーもー、やってられっか。ヤメだヤメ」
「何言ってんの。あんたは、まだ一点もとってないじゃない。こっちは手加減してるってのに」
「こんなちっぽけな球を、そんな狭いテーブルに返せるわけねーだろ」
「私はやってるけど?」
「とにかくやめる。……それに、まだ仕事が残ってからな。こんなところで体力使うわけにもいかん」
「そ。がんばってね。裕司によろしく」

 幼馴染が一通り文句を言って去っていくのを見ながら、夏樹は考える。
 なんだか事情はわからないのだが、真一、裕司、ユニの三名はこの旅館でアルバイトをすることになってしまったらしい。
 真一いわく「騙された」とのこと。
 彼らが今になってもこの場にとどまっているのはそう言うわけらしい。
 で、ちょうど仕事の合間の真一と出くわした夏樹は、共に暇つぶしにぶらぶらしたところでゲームコーナーにあるこの卓球台を発見。「卓球部の腕前を見せてみろ」と挑発する真一にのってやったのだが。
 結果は真一の惨敗。夏樹は一応手加減した。ま、手加減できるシチュエーションすら少なかったのだが。
 そうして、彼は捨て台詞を残して去っていってしまった。
 あとに残されたのは夏樹一人。
 いや、室内にはもう一人人物がいる。服装から推測するに、この旅館の従業員。
 容姿から推測するに、多分HM13型のメイドロボ。最近は良く見かけるので、とくに不審にも思わない。
 彼女はどうもこの場の清掃をしているらしい。
 夏樹、卓球台でピンポン球を弾ませながら呟く。「……ちょっと打ってみたい気分ね」
 中途半端に体を動かしてしまったので、なんかうずうずする。
 とはいえ、相手はいない。少し考え。
 思いつく。

「あの、すみません」
「はい?」

 声をかけたのは件のHM13。

「卓球台で、壁打ちをしたいんですけど。台、よせてもいいですか?」

 壁打ちとはその名のとおり壁に向かって打つこと。一人でやる分にはちょうどいい。
 HM13は、ちょっと考えて。

「はあ、別に良いと思うですけど。あ、対戦相手がいないのでしたら、私がお相手しましょうか?」
「え?」

 夏樹はその答えについて考える。接客が仕事なら、こういう反応も考えられる。
 ロボットというのが、どれくらいの運動能力を持っているのか、ちょっとは興味もあるし。

「あ、はい。じゃあ……お願いできますか?」
「へーい。じゃ……ふっふっふ。腕がなりますねえ」

 ……。
 なんか口調に違和感を感じなくもなかったけど、ともかく試合を開始した。

 セリオ(偽)が来栖川から派遣されてきたメイドロボであるという誤解は、まあ、色々あったうち解けた。
 それでも僕らは鶴来屋の会長であると言う柏木千鶴さんの勢いに圧倒されて、本当に派遣されてきたと言うHM12型がその場に現れるまで誤解を解くことも出来なかったのだけど。
 本来ならそれで帰ってしまうところだったんだけど、セリオ(偽)が「せっかくだから」とばかりに本当にこの旅館で働いてみたいと言いだし、別に断る理由もないので僕もそれに追随した。
 旅館のほうも結構人手が足りなかったみたいだし、とりあえず僕らは雑用みたいなことをすることになった。
 そして、この場に来た理由であるユニちゃんとも、あっさり再会できた。
 なんだろう? 偶然が過ぎる気がする。誰かが裏で糸を引いているような。
 考えすぎだろうか?

 ぱち。

「というわけで、僕としてはあなたがすべての黒幕だとおもうのですが、どうですか先輩」
「そりゃねーよ。と、ここ、取り」
「あっ!……厳しい。でも、ここなら」
「ほー。なかなかやるようになったねえ」
「先輩がヒマなときに僕に将棋とか碁とかのつきあいをさせるからじゃないですか」
「あー、そうだな」

 温泉地で将棋。
 何やってんだろう。こんなとこまで来て。

「じゃーしんちゃん、次はあそこの角まで、どっちが先にモップをかけられるか、勝負だっ」
「……おめーは元気だなあ」
「もちろん。いやあ、モップがけの名手といわれるHM12と一緒に掃除できるなんて、そんなチャンスそうそう無いよ!」
「ありがとうございます。光栄です」
「……ま、そりゃそーかもしれんが。しかし、なんで温泉まで来て掃除せにゃならんのやら」
「碧さんのだした条件がそれだったんだし。ま、いいんじゃない。泊まれることになった上にバイト代まででるってんだから」
「でもなあ」
「……すみません。わたしがみなさんの分まで働くことが出来たなら、みなさんが苦労されることも無かったでしょうに」
「え? いや、そーゆーつもりは」
「あ、ダメだよしんちゃんマルチちゃんいじめちゃ」
「まるち? なんだそりゃ?」
「この子……HM12型の商品名、ていうか愛称。知らないの?」
「俺はロボのことは知らん」
「だめだなあ。時代に乗り遅れちゃうよ」
「別に構わん」
「にゅー。ま、いいか。ともかくちゃちゃっと掃除やっちゃお」
「そーだな」
「そうですね」

 そのちっぽけな球は。
 少女の脇をすり抜け、後ろの壁にバウンドし、床で数回跳ね、そして静止した。
 0-21。パーフェクトゲーム。
 夏樹は敗北した。

「はっはっは。100年早まりましたね。私の挑戦したの」
「そう、かもね」

 夏樹は乱れた息を整えながら、なんとか返事する。
 言い訳は出来る。
 浴衣だし、スリッパだし、ろくに準備運動もしていなかった。ラケットも違う。
 でも、条件は相手だって大して変わらない。
 最初。
 彼女は、明らかに手加減をしていた。それでも、夏樹が何とか勝てるぐらいだったが。
 だから、夏樹は言った。

『あの、本気でやってもらえる?』

 別に、相手に他意はなかったのだろう。
 自分は従業員で、相手は客だから。
 自分は機械で、相手は人間だから。
 いや。もしかすると、単に本気を出すのも大人気無いと思っただけなのかも。
 ともかく。
 そう言った後。
 彼女は、それこそ容赦無く、本気で来てくれた。
 完敗だった。

「あなた、強いのね、セリオタイプの、サテライトサービスって奴?」
「いえ。サテライトサービスは、使ってませんけど」

 素でこれだけ出来ると言うことか。
 次第に整っていく呼吸。
 目の前の人物をじっと見つめ、

「ねえ」
「はい? なんですか?」
「私は、この宿にあと少しいるんだけど。
 もし良かったら、再戦、お願いできる?」
「はい。もちろん良いですよ。どーんと来てください」
「ありがと。ここにくれば会える?」
「はい多分。私の仕事はこの辺りの清掃ですから」
「わかったわ。……今度はこうはいかないからね。セリオさん」
「はい。楽しみにしてますよ、えっと、」

 と、夏樹は名乗っていなかったことに気づき、

「ああ、えっと、私は夏樹。風間夏樹」

 リターンマッチの鐘は鳴る。

(まだケイゾク)
日記に戻る リーフのコーナー