「大変ですご主人様! こげな温泉街ではびーすとうぉーずめたるすが見れないかもしれません!」
「……大変です!」
「え? あ、大丈夫みたいだよココ。なんかケーブルテレビとかで、結構チャンネル数多いみたいだし」
「なんと!(テレビ欄を見る)あ、確かにだいじょーぶですね……ふう。一安心です」
「安心ですね」
(そこまであせるほどのことなのかなあ……なんだろうなあ)
「それでは、安心したところで私は次のお仕事に行ってきます」
「あ、僕も行かなきゃ」
「行ってらっしゃいませ」

 ここまで来るには紆余曲折があったのだが、一言で言うとこいつらはそろって同じ旅館に滞在することになっている。
 それを説明するには、まずこの二人の会話から始める必要がある。

「梓、ちゃーん」

 千鶴姉さんの声。あたしは一抹の不安とともに周囲を見まわした。
 鶴来屋は旅館であり、旅館にとって世間が休みである年末年始こそかきいれどき。当然、鶴来屋のオフィスであるこの部屋にも多くの従業員がいる。
 いや、いた。数秒前までは。
 しかし、今では冗談みたいに閑散としている。
 誰が悪いって訳じゃない。のろまな草食動物は生きていけない。それだけだ。
 つまり、あたしが間抜けだったってわけだ。

「あら? みんないなくなってるけど、そろってご飯でも食べに行ったのかしら?」

 あんたが来たから逃げたんだよ。
 もちろん、あたしの姉さんにして鶴来屋グループの会長、柏木千鶴が鶴来屋のオフィスにくるのは当然といえば当然だし、みんなそのたびに逃げるわけじゃない。しかし、姉さんが良からぬことを考えているとき、みんなどうやってかそれを察知して逃げる。やはり生き抜くための知恵なんだろう。
 そんなことは知ったこっちゃない姉さんは、

「まあいいわ。ねえ梓ちゃん、ちょっと相談があるんだけど」
「……なんですか、会長」
「またまたぁ、そんな他人行儀な呼びかたしちゃってえ」

 妙に機嫌が良い。
 間違いない。こう言うときはぜったい変なことを考えている。あたしには分かる。
 千鶴姉さんの偽善。
 それは今に始まったことじゃない。昔から、それこそあたしが物心ついたころからそうだった。
 ただ、それでもまだおとなしいものだった。しかし、数年前のある事件を乗り越え、精神的に成長した千鶴姉さんは、会長としても女性としてもあたしたちの姉としてもそして偽善者としても数段のレベルアップを果たした。あたしのからかいでいちいち狼狽していたころが懐かしい。
 あたしが黙って、ただ不機嫌そうにしている横で、姉さんは言葉を続ける。

「ねえ梓、鶴来屋にメイドロボを導入しようと思うんだけど」
「はい?」

 なぜ突然そんなことを言い出すのだろう? ただでさえ忙しいこの時期に。
 ……あたしはしばし考え、
 そういえば姉さんが最近肩がこったといっていたことと、そう言えばメイドロボというのが肩揉みが上手いらしいという評判を思い出した。
 こいつ、自分専用の肩揉みロボにするつもりだな。

「……しかし、予算の都合なども」
「そんなこといわないで、いいじゃない」

 にっこり。
 千鶴姉さんは美人だ。妹のあたしから見てもそう思う。そろそろいい年なのだが、そういうものを一切感じさせない。だから、にっこり笑われるとつい心を動かされそうになる。しかし油断してはいけない。その笑顔の裏には鬼がすんでいる。いやマジに。
 ああ、ちなみに、千鶴姉さんへと新たな禁句として「三十路前」が加わった。これを姉さんの耳の届く範囲で言っちゃいけない。あたしは止めておく。どうしてもという人は試してみるといい。次の日の隆山の海には見るも無残な惨殺死体がひとつ浮かぶ。間違いなく。
 それはともかく。
 あたしは経理担当として、そういうことは綿密なリサーチを行い十分元が取れることを確認した上で行いたいのだが、

「ああ、うん。まあ、いいかもね」

 と、答えた。まだ死にたくはない。
 とはいえ、一応、

「じゃあ、とりあえず会社からレンタルして、しばらく様子を見るってのはどう?」

 と提案。千鶴姉さんは少し考え、

「そうね、そうしましょう」

 と答えた。
 ま、あたしとしてもメイドロボの導入自体は悪い考えじゃないと思うし。

 で、それから数日後。

「さあ、ご主人様っ! しっかりつかまって下さいねっ」
「つかまって下さいねっ、って、あの、もしかして」
「さてらいとさーびす、きーわーど「チャリ」だうんろーど!」
「ひょっとしてっ」
「60、70、80、90、100、こんぷりーと!」
「自転車で隆山まで行くつもり!?」
「ええ。ウダウダいっているヒマはありませんシャカリキになっていきますよっ!」
「ええええええ?」

 そう言うことで大晦日の12時過ぎにユニちゃんからの電話を受けた僕らはその日の昼前には隆山に着いた。
 多くは語らない。
 ただ。
 『何たらの領域が見えそうだった』とだけ記しておく。

「……自転車とは、こんなにスリリングな乗り物だったのかぁ」
「はい。楽しかったですね」
「あ、ははははは、はぁ」

 さて、ともあれ隆山には着いた。
 しかし、ユニちゃんがこのどこかにいるというのが確かだとしても、さすがにこの広い隆山のどこにいるかまでは分からない。

「どうしようか?」
「とりあえず温泉饅頭食べませんか?」
「……そーだね」

 そういえばお腹も減っている。セリオ(偽)も充電が必要だろう。近くの飲食店で休憩しつつ、これからのプランについて考えてみる。

「警察とかに尋ねて見ようか?」
「いけません、サツに出てこられると色々厄介なことになります」
「……なんか意味ある?」
「いいえ」

 そんなことだろうとは思ってたけど。

「まあ、メイドロボなんてまだ珍しいから、その線でせめていけば見つかるかな?」
「しかし、ユニちゃんのスケジュールから推測するにこの場にとどまったのは昨日の夜から今日の朝にかけて。その頃は皆さん眠ってましたでしょうし、暗かったから目撃証言を集めるのは大変かもしれませんね」

 確かに。

「じゃあ、どうしたらいいだろう?……こんなことなら、ユニちゃんに携帯電話でも持たせておけば良かったねえ」
「いえ。アレは電波がピリピリだからダメです」
「……そうかなあ?」

 メイドロボクラスのロボが携帯電話程度の電波で問題を起こすとは思えないんだけどなあ。
 ま、本人の意思を尊重しよう。

「あ、そうだ。そうですよ、ご主人様」
「何?」
「鶴来屋グループのメインコンピュータにハッキングしましょう。
 あそこにはこの隆山温泉郷で得られたありとあらゆるデータが集まっているはずです。そこならもしかしたら」
「……なぜそんなことを知っているの?」
「それは、乙女のヒミツです」

 ……したことあるのか? ハッキング。

「ま、違法行為を使わないまでも、聞きに言ってみれば何かわかるかもね」
「そうですね。いってみましょ」

 そう言って食事代を払い、さっそく旅館「鶴来屋」へ向かう。

「そういえば、この前ここに来たのは夏だったね」
「そーですね。あの時はなにかとゴタゴタとしてましたね」

 昔話をしつつ、しばらく歩くと見覚えのある建物、そして、どこかで見たような人物が目に入った。
 えっと……確か。

「あそこに立ってるの、鶴来屋グループの会長の、柏木千鶴さんではないでしょうか?」
「……ああ、そうだ。そうだね」

 何で会長自らこんなところで立っているのかは分からなかったけど、とにかく都合はいい。

「ちょっと、調べてもらえないか聞いてみる?」
「そうですね。聞いてみましょう」

 セリオ(偽)は足早に近づき、話し掛けようとする。
 しかし、それより早く、

「あ、ああ、こんにちわ。あなたが来栖川からやって来たメイドロボね」
「え? はい、確かに私は来栖川製メイドロボではありやすが」
「やっぱりそうね。後ろの方は整備の方かしら?」
「あ、あの?」
「じゃあ、早速お仕事頼もうかしら? あ、まず滞在中に使うお部屋を教えておかなきゃね」
「はあ?」

 セリオ(偽)がそのペースに巻き込まれている。めったにないことだしちょっと観察していたかったけど、そうも言ってられないので僕が近づいていくと、

「それじゃ、お部屋に案内します。着いてきてね……ふふ。これから三日間、よろしくね」

 ……早い。行動が。
 それに、なんかあの笑顔を見ていると口出しが出来ない。
 その人は美人だし、別に怖くはないはずなんだけど、なぜか僕の頭には「蛇ににらまれた蛙」という言葉がぐるぐるした。

 そうして、なんだか知らないうちに、僕らは鶴来屋に滞在することになってしまった。
 ……なんで?

 あれ?
 あたしはなんか変に思った。
 姉さんがメイドロボと歩いている。それはいい。確か今日試用のためのメイドロボが派遣されて来る予定だったから。
 でも、確かあれはHM13型。頼んだのはHM12型だったと思うんだけど……。
 まあいっか。
 変な事いって姉さんを怒らすのだけはごめんだ。

 おや?
 滞在先の旅館の廊下でふらふらしていた月本碧は、見覚えのある連中を確認した。
 あれは、私の弟、及びその友人、及び試作型メイドロボのユニだな。
 なぜこんな所にいるのだろう?
 興味を持ち、話しかけてみる。

「やっほー。弟」
「……は? って、なんで姉貴がここにいる?」
「久方振りに再開した姉に、その返事はないのではないのかな?」
「久方ぶりに再開することになったのは、あんたがあちこちふらふらしていたからだと思うが」
「言うねえ。ま、それはそれとして、君らこそなぜこげなところにいる?」

 月本姉弟が話をしているのを聞きつけ、いっしょに歩いていた星野裕司とユニが振り返る。
 裕司は真一の幼馴染であるから、この人物を知っている。真一の姉。月本碧。僕を上回る変な人。
 ユニはあまり家庭環境にまで詳しくはないので、この人物を知らない。でも、どっかで見たことがあるような。

「俺らは、ここまで初日の出を見に来て、その後なんか夏樹がいやがったからその部屋で少し休んで、で、今から帰ろうとしているところだ」
「そぉか。せわしないことだなぁ。……どうだ? 君らさえ良ければ、私が部屋を工面してやっても良いが」
「ちょっと待て、今正月だぞ。いくらなんでも飛び入りで部屋が取れるとは思わないが」

 姉の提案を、真一は突っぱねる。確かにそれはもっともだが、

「ふふふ。君の常識で私をとらえるなかれ。君に不可能でも私には可能なのだよ」

 相変わらずよーわからんしゃべり方だなあ。
 真一はそう思いつつ、同行する二人を見る。裕司はまあ、どーでもいいが、ユニはなんか疲れてるっぽい。
 ちょっと考え。

「なー。俺ら二人とユニの分で部屋2つ、用意できるのか?」
「当然だとも」
「じゃ、頼む。二人とも、いいか?」
「うん。ぜんぜんおっけ」
「はい」

 別に、帰って何かするっつー訳でもないし。

 返事をしてからユニは、

(いけない、また帰るのが遅くなっちゃう)

 とは思った。でも、返事しちゃったし、それに、
 もうちょっと、ここで色々見ていたい。
 それでもユニはしばらく悩んでいた。
 そこで見覚えのある二人の姿を見かけるまでは。

 こうして、一連のつながりを持つ一同はここ「鶴来屋」に集結した。
 ところで。

「……あれ?」

 ひょー、と風が吹く鶴来屋玄関。
 是が非でも仮契約を本契約まで持っていこうと意気込んで来栖川から派遣されて来たこのHM12型は。
 玄関で待っています、と言われてたから律儀にそこで待つ人物を待っていた彼女は。
 一時間待っても誰も来やしねえから半泣きになって、その後なんとなく気になって見まわりをしていた柏木梓に保護された。
 ま、これはあまり関係のない話。

(つづく) 日記 リーフのコーナー