じんぐっべー、じんぐっべー。

「くりすます、ですか?」
「そう。古くは江戸時代の三太と九朗の義賊コンビ「苦裡簾魔巣」が年末生活に苦しむ町人を見るに耐えかね、悪徳の限りを尽くす越後屋から金品を強奪し町人に配ったという逸話から現在まで脈々と続けられている行事です。もちろん、現在プレゼントをくれるとする人物が「さんたくろーす」と言われているのはこれに由来するワケです。民名書房刊「サンタ苦労す」より抜粋」
「ユニちゃんに、嘘を教えないように」

 そんなわけで、クリスマスです。

「と言うわけでまあ力関係とか土着の抱き込みとか色々ありつつも現在は某ドリンク会社のイメージ戦略とかもろもろの会社の都合とかで日本においてはあまりキリスト教と関係ない祭りと化してるってわけ」
「なんか、ご主人様の認識にも色々突っ込みを入れたいと言うか世界の半分を敵に回すのも何なのでやばい所はカットしましょう」
「そうなのですか。納得しました」

 ユニは驚くほど物を知らない。
 これは、最新型人工人格であるユニの学習能力をテストする、と言う目的もあるが、むしろ、前もって教わると、その教えた人物のフィルタを通してしまうから、というのもある。
 物事を実際に受け止めたとき、彼女がどんな反応を示すか。
 それを知るために、予備知識が邪魔になることもある。
 ともあれ。
 彼女は今、クリスマスという行事を始めて見ることになる。

「そういえば、私だってクリスマス始めてですが」

 ……そおいえばそうか。

「? セリオ(偽)、誰に物を言っているの?」
「……さあ?」

 月本真一は寒くて誰も居ない公園のベンチに座り、空を見上げていた。
 ヒマだった。

「こんなところでなにしてるのあんたは?」

 声。眼球の動きだけで対象を補足しようとするが失敗。しぶしぶ首をひねる。

「……なんだ夏樹か」
「なんだとはなんだ?」

 スポーツウェアに身を包んだ夏樹。真一のリアクションに不満げである。

「……おまえこそ何してる?」
「質問を質問で返さない。先に私が聞いたの」

 真一もまた、不満げに。

「なにも。……あ、そうだ」

 そういって、かたわらのバッグをごそごそやり、

「しょうゆ、いる?」

「ケーキとか売ってますね」
「うん。買お」

 ユニとセリオ(偽)は町に買出しにきていた。
 無論クリスマス用の食べ物のため、である。
 ユニは、きょろきょろと町を見回り、

「あ、サンタさん」
「あ、ほんとーだね」

 ユニは、店舗の宣伝や街頭販売などをしているサンタルックの方々を見て、

「いっぱいいますね」
「そーだね」
「あのサンタさんスカート短くて寒そうですね」
「寒そーだね」

 そんなことを言い合っていた。疑問。
 サンタは老人ではなかったのか?

「サンタさんは老人ではないのですか?」
「んー。彼らはいうなれば見習中だから」
「成る程」

 なんか違う。
 ユニは、サンタたちの中の一人の触覚っぽい前髪を気にしたりしつつ、素直にセリオ(偽)の後をついて歩いた。

「いらない」
「じゃあ、コンデンスミルク、いる?」
「何でそんなもの持ってるの?」
「なんでだろ?」

 夏樹は嘆息。このにーちゃんは時々「スイッチが入ったみたいに」変なことをしだすことがある。
 まったくの突発で、本人にもそのときの行動はよくわかってないらしい。
 昔、修学旅行で京都に言ったときお土産に買った木刀で鹿に勝負を挑んでくれたときにはどうしてくれようかと思った。結局負けていた。

「あんた、ちょっとヤバいんじゃないの?」
「んー。かも。あ、じゃあ、鶏肉。揚げたやつ。いる?」
「あ、それはもらっとく」

 二人はそれを食べ始める(二つ買ったらしい)。
 夏樹もちょっと考える。
 スイッチ。
 自分もたまにある。
 普段はそれほど体育会系熱血派というわけでもないのだが、学校行事などで時々そのモードに入り込むこともある。
 ふと我に返ると、自分でもそうなった理由がわからなかったりする。
 ま、理屈じゃないんだろう。

「領空侵犯、不法侵入。トナカイって飼っていいのかな? それで町を走るのはどうなのでしょう」
「……ユニちゃん? 何をつぶやいているですか?」
「あ、セリオさん。プレゼントを勝手に他人のおうちに置いていくのは不法投棄に当たるんでしょうか?」
「むー。どうでしょう? 政治/経済の問題は苦手です」

 二人とも、夢のない会話をしないように。

「ケーキ、食う?」
「食べる」

「枕元に靴下を置いておくとその中にプレゼントが入っているという話です」
「なるほど。わかりました」

 ユニは靴下を用意した。新品の、まだ履いてないヤツだ。
 しかし。
 HMX-17uユニは全体的にサイズが小さい。
 HM-13型は比較すれば大きいほう。
 ユニはじっと見比べて、

「……あう」
「?」

 これでは自分の欲しいものは入らない。

「そう言えば裕司はどこいったの? あんたら部活は?」
「……部活は、裕司の強い要望により休み。裕司は多分、臨海副都心」
「臨海副都心? ひょっとして、デート、とか?」
「いや、多分、本買いに」
「本? なんで臨海副都心で本?」
「……いや、ひょっとしたら売ってるかも」
「???」

「メリークリスまーす」
「どうなされたのですかセリオさん。突然どこかに行かれたかと思ったら」

 セリオ(偽)はどこからか調達してきたサンタルックに身をまとっていた。

「いいえ、私はセリオとかじゃありません」
「はい?」
「サンタ山の、クロースお姉さん!」

 セリオ(偽)は自信満々に言いきった。感心したようなユニ。

「その格好はサンタさんのコスプレなのですね」
「はい。あ、いいえ」

 狼狽する。

「なぜいいえと答えたかと言うと、私がセリオではなくサンタだからです」
「おヒゲ、落ちましたよ」
「あ、ありがと……じゃなくて!」

 セリオ(偽)もといサンタはぶんぶんと首を振り。

「わたくしサンタは、ユニちゃんにプレゼントを持ってきたのです」
「はあ」

 どるるるるるるるる……。
 どこからか聞こえなくもないドラム音響。多分サンタの口から聞こえるんだと思われるが。
 じゃん!
 サンタは持っていた袋から出したものをユニに渡す。

「あ、これは……」

 それはユニの欲しがっていたおもちゃ。

「フフフ……ともかくメリークリスマスであけましておめでとう」
「あの、セリオさんの分は良いのでしょうか?」

 ぴた。
 サンタの笑みが凍る。
 ちょいと引きつりつつ。

「あはは、へーき、へーきです。……なぜなら私はサンタだから!」

 そう言い、さっそうと扉を開けて外に出ていった。
 しばし、そとでなんかごそごそやっている気配があって。
 ドアを開けてセリオ(偽)が入って来た。

「ねえユニちゃんっ! そこでサンタらしい人物を見かけたんだけどっ!」
「はい。そうですね」
「もしかしたらこの家にきたのかな? どーかな?」
「はい。そうですね」

 ユニは、この行動の意味は良くわからなかった。
 嬉しかったけど。

「そーゆーお前は部活は?」
「それが、ウチは女子卓球部でしょ」
「ああ、そうだな」

 夏樹は、頬杖ついて、

「みんな、さわやかに青春送ってんのよ」
「なんだそりゃ?」

 真一は良く分かってなかった。

「で、仕方ないから一人で走り込みしてたんだけど」
「サボってんのか。不真面目」
「あんたに言われたかないわね」

 そんな感じでダベってると、そのうち周囲は暗くなって来た。

「寒くなってきたわね」
「……じゃあ、コート、いる?」
「そんなものまで買ったの?」
「いや」

 真一は自分のコートを脱いで。

「俺の」
「あんたが寒いでしょう」
「ん、ああ」

 ちょっと首をひねり、

「寒がりたい気分」
「……何よそれ」

 どうも、まだ「変なスイッチ」は入りっぱなしのようだ。
 せっかくだから借りるとする。

「……帰ろか?」
「そーね」

 どうせ家は近い。一緒に帰る。
 距離もそう遠くは無い。
 てくてく。二人は歩く。

「真一、寒くないの?」
「ん? いや別に」

 中空を見つめてぼーとながら歩いている真一。なんか見えてるのかもしれない。

 夜。
 皆が寝静まるころ。
 ユニはベランダに出ていた。

「あ、こんばんわ。こんな夜分遅く、ご苦労様です。
 いいえ。私はちょっと目がさめちゃっただけです。夜更かしなんかしていませんよ。
 え。プレゼント、ですか?」

 ユニは、背後を、そこで眠ってる、自分の家族を見て。

「いいえ。せっかくですけれど。私は、欲しいものは、もう持ってますから」

(ともあれつづく)


日記 リーフのコーナー