マルチさん。
 私と同時期に作られた、コンセプトの違うプロトタイプ。
 HMX12型。
 とても、やさしい気持ちを持った方。
 そして、私のお姉さん。
 マルチさんからは、たくさんの事を教えていただきました。
 マルチさんの友人のこと。
 うれしかったこと。
 かなしかったこと。
 そして、この気持ちを。
 マルチさんから受け取った、たくさんの想い。
 この想いを、私も、マルチさんに伝えたい。
 でも、伝えたい想いは、言葉にするとどうしても色褪せてしまいます。
 主観的な想いは、客観的な言葉に変換しようとすると、どうしても齟齬が生じてしまいます。
 私は、どうしたら良いのでしょうか?
 そのことを、綾香お嬢様に聞いてみたところ、次のように答えてくださいました。
『そうね……たとえば、お話とか歌とか絵とか、そういうのに触れてみたら?』
『ああいうのは、自分の中の気持ちを、他人に伝えようとする方法だと、私は思うの』
『だから、そういうものをいっぱい読んだり聴いたり見たりすれば、あなたもきっと、想いを伝える方法がわかるんじゃないかしら?』

 なるほど。さすが綾香お嬢様です。私は早速行動に移す事にしました。
 とりあえず、研究所においてあった本を読む事にしました。
 所員の誰かが読んでいたものなのでしょう。
 漢字1文字のタイトルのその本は、数年前に発売され、ドラマ化や映画化もされたものとデータにあります。
 その中に、一つ気になるフレーズがありました。
 難しい言葉です。いわゆる詩的表現というもののようです。
 しかし、私は思いました。
 このやり方なら、想いを伝えることが出来るのでは? と。
 私は読みかけの本を閉じ、マルチさんの部屋へと向かいました。
 今知ったやり方で、想いを伝えようと思います。

 電波、届いた?

大変だ! マルチがいきなりフリーズしたぞ!
原因は? なんだ? いきなり過剰な負荷がかかってるぞ?
どうも、外部からなんらかの刺激があったようだが……。
とにかく復旧急げ! このままじゃゴーストが消失しちまうぞ!

 ……。
 研究所は大混乱です。
 なにがいけなかったのでしょうか?

「HM12シリーズの許容範囲以上の電波を送信した事じゃないかな?」

 横で長瀬主任がそう突っ込んでくれました。
 想いがちょっと、強すぎたようです。
 まだまだ、私は未熟ですね。

 マルチさんの復旧はなんとか成功し、後遺症等も残ることはありませんでした。
 とてもうれしいことです。
 私も、殺意がなかったことが法廷で認められたのでお咎め無しとなりました。
 しかし、この方法は駄目そうです。
 違う方法で、想いを伝えなくては。
 そのことを綾香お嬢様に話したところ、

『そうね、じゃあ、これなんか良いんじゃない?』

 と言って、一冊のビデオを貸してくださいました。イニシャルにすると「GG」です。
 早速観て見ました。
 なるほど。こういう想いの伝え方もあるのですね。
 私は納得し、綾香お嬢様が一緒に貸してくださったエクストリーム仕様のグローブを持って、再びマルチさんの部屋へと向かいました。
 すでに、格闘技のデータはサテライトからダウンロードし、体の各部分とのすり合わせも終えてあります。
 これで、私はなんの憂いもなくマルチさんに挑むことができます。
 そう。
 格闘家とは、拳で語るものらしいですから。

 ……あれ。
 マルチさん?
 ……。
 動いてくださいマルチさん。
 ……。
 なにがいけなかったのでしょうか?

(おしまい)

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