セリオは焦らない。
下校中。現在の時刻は3時20分。
自分の歩行速度とマルチさんとの待ち合わせのバス停までの距離を計算。
問題なく5分間の余裕を持って到着可能。
と、異常事態を発見。道で小さな子供が泣きじゃくっている。
周囲の人たちは見て見ぬふりをしている様子。
「人間に仕えることこそ至上目的」であるセリオ。その子供に話しかける。
「どうかなさいましたか?」
「……おかあさんがどこかにいっちゃたの……」
迷子だ。
セリオは「迷子を発見したときの対処法」をサーチ。
「では、あなたのお名前とお母様のお名前を教えて下さいますか?」
母親はきわめてあっさりと見つかった。
現在の時刻は3時46分。
自分の走行速度とマルチさんとの待ち合わせのバス停までの距離を計算。
セリオは焦った。
バス停についたとき、既にバスは発車してしまった後だった。
「あ、セリオさーん。こっちですぅー」
マルチさんが手を振っている。
セリオは加熱した体を冷却するため、大きく息を吸い、そして普段の調子に戻った。
「遅れて、申し訳ありません」
マルチは、珍しいものを見たような目でセリオを見る。
知る限り、セリオが時間に遅れてきたことはないし、走って息切れしているのも見たことは無い。
「どうかなさったんですか? …あ、セリオさんのことですから、道で迷子さんを見つけて、その子のお父さんかお母さんを探してて遅れたんですか?」
マルチは、結構鋭かった。
言い訳をするつもりはないが、嘘をつくつもりも無いセリオは、はい、と答えた。
「そうですか。セリオさんはえらいですね」
そう言うとマルチは、セリオの頭をよしよしとなでた。困惑するセリオ。
「あの……マルチさん?」
「あ、これは、良いことをした人にはこうするものだと、学校で習ったんですけど…いけませんでしたか?」
「……いえ、問題ありません」
ほっとした顔をするマルチ。
「次のバスまでは、まだ少しあるようですね」
「本当ですね。じゃあセリオさん、あそこに行ってみませんか?」
マルチが指差したのは、近くにあるゲームセンター。
「ゲームセンターですか?」
「はい。このあいだ、学校のお知り合いの人に連れていってもらったんです」
マルチはうきうきとした顔をしている。
セリオは、断る理由も無いし、遅れたのは自分の責任であるので、その提案を了承することとした。
ゲームセンターの中は、結構込み合っていた。
マルチは、とてとてと、エアホッケーの台に近寄る。
「これ、やり方を教えてもらったんですけど、とってもエキサイトするんですよ。セリオさん、一緒にやりませんか?」
「はい」
自分は、データをダウンロードすれば、どんなスポーツでもプロ級の腕を持つことが出来る。
とはいっても、そこまですることはないだろう。
そのままの能力でも、このぐらいのゲームなら出来なくも無い。
セリオはそう思い、台についた。
それどころじゃなかった。
マルチは、狙ってやってもこれほどにはならないだろう、というほどのへろへろっとした感じでパックを返してくる。
はじめは、普通にパックを返していたセリオだが、それではゲームにならないことを悟り、できうる限り遅い速度でパックを打ち返すこととした。
それでも、マルチは打ち返すのがやっとのようだった。
自分に、あれほどゆっくりとした反応をしながらゲームが出来るだろうか?
ひょっとしたら、遅すぎてかえって過負荷がかかってしまうかもしれない。
そういう意味では、むしろ尊敬に値する。
結局、ゲームはセリオが勝った。
「まいり、まし、たー。はぁはぁ……セリオさん、すごいです」
別段、すごいことをした覚えはないのだけれども。
「お疲れ様でした」
「まだ、ちょっと時間ありますね……そうだ、今度はこっちのゲームをやってみませんか?」
マルチが向かったのは、昔ながらの一画面アクションゲーム。
「これもやり方を教わったんですよ」
二人で同時に遊ぶことも出来るそのゲーム機に、マルチは硬貨を2枚、チャリンチャリンと入れる。
「セリオさん、一緒にやりましょう?」
「……はい」
セリオは、ゲームの操作方法の書いてあるインストラクションカードを見つめ、
「はい。ルールは理解しました。始めましょう、マルチさん」
「はい! よぉし、今度は頑張りますっ!」
当然ながら、マルチはさっさとゲームオーバーになった。
セリオのフォローも間に合わない。自分から敵にぶつかりに行っているんじゃないかという気もする。
「はぅー、あ、あとは任せましたセリオさん……私にかまわず先に行って下さい……」
マルチは、どこで覚えたのか変な台詞を口にする。
そんなマルチの横で、セリオはあくまで冷静にゲームを進行する。
的確で無駄の無い移動。正確な攻撃。初めてだというのに、点稼ぎまできっちりやっている。
そんなセリオを、マルチは感心したような顔つきで見つめている。
と、そこへ。
「お、マルチに……セリオじゃねーか? なにやってんだ? って、ゲームか」
声がかかった。
「あ、こんにちわです……」
マルチが挨拶をしている。
セリオは、ゲームの間に後ろを振り向く。
確か、マルチさんの通っている高校の先輩の方。
「こんにちわ」
「おー。しかし、ロボットもゲームするんだな」
「はい」
「どうだ? おもしれーか?」
「……はい」
面白いのか。
自分は、楽しんでいるのか。
どうも、そういった感情は分かりづらい。
マルチさんはどうなんだろう?
セリオはゲームを進めていく。
次のステージでは、画面いっぱいに敵が存在していた。
「お。この面難しいんだよな。俺いつも一回やられちまうんだよ」
そんな呟きを聞きながら、セリオはゲーム画面をじっと見る。
敵キャラの移動速度、当たり判定、アルゴリズム、それから自キャラの性能。
瞬時に行動指針を叩き出し、実行する。
画面中の敵キャラが、あれよという間に撃破されていく。
「……すげー」
「わぁ……」
結局、セリオはそのゲームをクリアしてしまった。一回もやられることなく。
ちょうど、バスがやってくる時間になっていた。
マルチは、ぺこりと頭を下げ、セリオも軽く会釈し、
「では、失礼します。また明日」
「……さようなら」
「おー、じゃーな」
バスが到着する。
バスのドアが開き、二人はそれに乗り込もうとする。
「あ、セリオ」
「はい、なんでしょうか?」
「あのゲームのコツさ、今度教えてくんねーかな? なんか、色々勝負ふっかけてくる奴がいてさ、今ちょっと不利なんだよ」
「……はい。わかりました」
「にしても、セリオってゲーム上手いんだな」
「……ありがとうございます」
バスに乗り込み、ドアが閉まる。
「今日は楽しかったですね、セリオさん」
「……はい」
「それにしても、セリオさんてゲームお上手なんですね。驚いちゃいました」
*
マルチさんは楽しんでいる。
自分はどうなんだろう。
楽しんでいるのか。
楽しいと思うことが出来るのか。
隣を見ると、マルチさんが眠っていた。
正確に言うと『主となる回路をサスペンド状態へと移行し、身体の状況を整えるための休眠状態』になった。
でも、彼女は多分、眠っているのだろう。
ふと思い出す。
『ありがとう、お姉ちゃん』
母親を見つけたとき、あの子は笑いながらそう言ってくれた。
そのときも、マルチさんが笑ってくれたときも、マルチさんの先輩が誉めてくれたときも。
自分は、何か不思議な感覚を受けた。
何かむずがゆいような、そしてけして不快ではなく、むしろ暖かいような。
これはなんなんだろう?
これが、『幸せ』という状態なんだろうか。
今の私には分からない。
マルチさんの寝顔を見ながら、思う。
彼女は、この感覚を知っているのだろうか?
多分、彼女はもっと色々な感覚を知っているのだろう。
そんな彼女を、時々……そう、『うらやましく』なる。
バスは研究所へと到着する。
私たちはバスから降り、研究所内へと向かう。
私が試験動作を終え、停止するまであと数日。
それまでに、私はこの感覚を理解することが出来るだろうか。
少しでも、彼女に近づくことが出来るのだろうか。
end
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