妄想選手権ログ

本拠地:戦場には熱い風が吹くFrom dusk till dawn

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幼馴染

 昼休みの教室。彼女は、幼馴染がいる隣の教室へと赴く。
「……あれ、あんた、今日パンなの?」
「ん? ああ。いや、ウチの親ちょっと二人とも旅行に行っちまっててな」
「へぇ。そうなんだ。ふーん。それでパン、ね」
「そうだよ」
「……ねえ、あんた、なんか嫌いな食べ物とかあったっけ?」
「なんだいきなり。んーと、いや特には。冷えた猿の脳みそとかは食いたくないが」
「そんなん普通に生きてる限り食べるチャンスないわよ……そーか、そうね」
「いや、なんでそんなこと聞くんだ? 俺の食いもんの好き嫌いぐらい大体把握してると思ったんだが」
「それはそうだけど……なんでもないわよ。単なる確認」
「……変なヤツ」

 次の日。彼女の手には二人分の弁当。
「はぁ。うー、結局作ってきちゃった。あー、私のキャラじゃないわよねー。んでも、まあ、幼馴染として健康状態を心配したー、とかなんとかで通る……かなぁ」
 心配しつつ、隣のクラスへ。
「また今日も味気なくパン食べてるのかしら。んー。ちょっとは喜んでくれるかな……って、あれ? え?」
 そこに見えたのは、見知らぬ女の子(けっこうかわいい)と楽しげに談笑している目標人物。
 思わず物陰に隠れて観察なんかしていると、目標は女の子から弁当などを渡されていた。
「……なによ。ちゃあんとお弁当作ってくれるコ、いるんじゃない」
 呟き、180度回転。目指すは屋上。到着し適当な場所に腰掛ける。
 なんだかわからないが。
「……むかつくわね。あーもう、せっかく作ったのに……そりゃまあ、勝手に作ったんだけど。えーい、もういいっ、1人で全部食べてやるんだからっ」
 もぐもぐと食べていると。
「……あ、やっぱここにいたか」
「って、え? なによ。なんか用?」
「『なんか用』って、お前がいきなり走り出したから、何事かと思ってついて来たんだじゃないか」
「ふんだ。私が何しようとあんたに関係ないでしょ。幼馴染ってだけで過度の干渉は止めてよね」
「なんだ? 何怒ってんだ?」
「別に怒ってなんかないっ」
「つか弁当やたら多いが、そんなに食うのか? お前そんなに大食いだっけ?」
「うるさいわねどーでもいいでしょあんたはさっさとさっきのコと一緒に二人仲良くお弁当でも食べてればいいのよっ」
「はぁ?……あーあー、なるほど。そーゆーアレか」
「なによ、なににやにやしてんのよ。バカじゃないの?」
「お前、勘違いしてるぞ」
「え?」
「あの子はだな。俺のダチの高橋(柔道部。強い)の妹さんで、高橋が弁当忘れたからってんで届けに来たんだよ」
「……え? そう、なの? でもなんであんたが受け取ってたの?」
「あんとき高橋(気は優しい)がちょっとトイレ行ってたから、席の近い俺が預かってたんだよ」
「でもでも、なんか妙に親しげに話してたしっ」
「ああ、前に高橋(握力100以上という噂)んちに遊びに行ったとき、妹さんとちょいと話して、映画の趣味で気があったんだよ。で鳩とスローモーションと2丁拳銃と男の友情の素晴らしさについて語ってた」
「……そんだけ?」
「そんだけ。なんだと思ってたんだ?」
「別に、なんでも、な……い」
 ぽろ。
「って、お前、どうした?」
「え?」
「なんか涙出てるぞ。ゴミでも入ったか?」
「え、やだ。別にそんなんじゃない……うー、なんでだろ、もー」
「ひょっとして、俺が悪いのか。いやそれより大丈夫か?」
「う、うん。へいき。ほんと、なんでもないから」
「あー。そうか。それならいい。と、ところで」
「え?」
「その弁当さ。やっぱりお前1人で食うには多そうだから、俺ちょっと食っていいか? 今からじゃ購買に行っても売りきれてるだろうし」
「え? あ、うん。でも、私がめちゃくちゃに食べちゃったから、ちょっと汚いよ」
「いいっていいって。腹が減ったらなんでもうまい」
「……そーゆー言い方するヤツには食べさせてあげないもん」
「うぉっ、冗談冗談、うわぁとてもおいしそうだ」
「……ざーとらしい。もーなんでもいいわ。ほら、騒いでる間に結構時間経っちゃったから、さっさと食べて」
「はーい」
「あ、箸、1つしかないけど……私と一緒で、いい?」
「んー。そんなんもう珍しいことでもないし。どうでもいいや」
「……なんか感動が薄いなあ」
「ん? なんか言ったか?」
「べっつに。もう、いいからさっさと食べて」
「おうともよ」
「……ねえ」
「ん?」
「おいしい?」
「んー。うまいぞ」
「そ。ありがと」

 そして、ささやかなる二人の時間。

 ばんばん。

「兄さん。兄さんってば」
「……」
「ほら、いつまでも寝てないで」
「……なに?」
「『なに』じゃないでしょ。今日は一緒に買い物に行く予定だったじゃない」
「……そうだっけ?」
「『そうだっけ』って、なに? 忘れてたの?」
「いや、えーと、そだそだ。この前ゲームに負けて、その罰ゲームだっけ」
「そうよ。今日1日は、兄さんは私の召使いなんだからね」
「はいはい、今起きるよ、っと」
「わっ……なによそのヒゲ」
「なにって、朝だからそれぐらい生えるって」
「この前までそんなもん無かったじゃない」
「そんなこと言われても、生えるもんはしかたないって」
「いいから、そんなんさっさと剃って、で着替えて準備してよね」
「うん」

 しーん。

「……あのさ」
「なに?」
「出てくれないと、着替えられないんだけど」
「えっ? あっ」
「いや、僕は別に構わないけど。この前まで一緒の部屋で着替えてたりしてたし」
「私は構うわよっ……出てくから、なるべく早く準備してよねっ」
「はいはい」

 とてとて。

「着替えたよ」
「……」
「ん? どうしたの怖い顔して」
「もしかして、その格好で私とでかけるつもり?」
「え? そうだけど」
「あのね、近くのコンビニに週刊誌立ち読みに行くんじゃないのよ兄さん私と一緒に歩くんだからもう少しは身なりに気を使ってよっ」
「……って言われてもなあ」
「もういい。私が選ぶから。兄さんはそれ着てくれればいいわ」
「はあ」

 どたばた。

「ほら、兄さん急いでっ」
「って言われても、この服動きにくいんだよっ」
「そんなこと言ってないで、急いでっ、電車がいっちゃうじゃないっ」
「わかってるってばっ、えいっ、っと、ぎりぎりせーふ」
「『ぎりぎりせーふ』じゃないわよ。汗かいちゃったじゃないの」
「そんなこと言われてもなあ。別に、これが最後の電車ってわけじゃないし」
「兄さんは時間に大雑把すぎ。これ逃したら、乗り換えだなんだで1時間は無駄にしちゃうのよ」
「そしたら、ベンチでぼーっとしてればいいよ」
「よくはないわよ。そんなことしてたって暇なだけじゃない」
「そーかな。楽しいと思うけど」
「……兄さんは、それ、楽しいの?」
「うん」
「……なら、それでもよかったかも……」
「ん? なんか言った?」
「……なにも言ってないわよっ」

 がたん、ごとん。

「あ、席空いたよ」
「そうね」
「座りなよ」
「私はいいわよ。兄さん座ったら?」
「僕もいいって」
「私は運動部に入って鍛えてるんだから。兄さんは帰宅部だから体弱いでしょ」
「いや、妹立たせといて自分だけ座るってのもなあ」
「なにこんなときだけ兄ぶってるのよ」
「いいじゃん。たまには兄ぶらせてよ」
「疲れるでしょ?」
「平気だって。別に。それに、お前とこーやって立ち話してるのもなんかいいし」
「……そうなの?」
「うん」
「……」
「……」
「……あ、座られちゃったね」
「そうね……兄さんがさっさと座らないからよ」
「だね」
「……ま、もうどうだっていいけどね」
「そうだね」
「あ、もうすぐね」
「うん。そうだね」
「なんか、話してたら速かったわね」
「そうだね」
「兄さん『そうだね』ばっか」
「そうだね」
「……もう」

 ざわざわ。

「人が多いなあ」
「兄さん、人ごみとか苦手な方だっけ?」
「そうでもないけど、久しぶりだからなぁ」
「そう……大丈夫?」
「え? ああ、別に平気だよ」
「そ。じゃ、早く行きましょ。今日はがんばって荷物持ちしてもらうんだからね」
「へいへい。ごしゅじんさま」
「……街中でそんな呼び方しないでよ。どんな仲かと思われるじゃない」
「どんな仲、ねえ」
「……ねえ。私たち、どんな仲に見られてるのかしら?」
「え?」
「んーと、私たち歳が近いわりに顔似てないから、ひょっとしたら兄妹とは思われないんじゃないかなぁ、って思って」
「そうだねえ。じゃあ、いとことか」
「兄妹と大して変わってないじゃないの」
「そ言えばそか。じゃあ、クラスメイト、幼馴染、教師と生徒」
「歳が近いって言ってるでしょ」
「んじゃあ……恋人?」
「……何言ってるのよ……」
「いや、会話の流れからしてそうなるかなーって思って」
「……バカみたい。そんなわけあるはずないじゃないの?」
「わ、ちょっと待てって、そんなに急に歩かないでくれ……って、なに顔そむけてんの?」
「別にそんなんじゃないわよちょっとあきれてるだけよなんでもないってばっ」
「……変なの」
「変なのは兄さんっ」

 からんころん。

「じゃあここで少し休憩して。兄さん何食べる?」
「……」
「何黙ってるのよ」
「……疲れた」
「何よ。たかだかその程度の荷物で音上げちゃって」
「お前、ちょっとは容赦してくれよ。不良日本一だってここまでは荷物持たせないぞ」
「そんなわけわからない日本一のことはどーでもいいから、早くメニュー決めちゃって」
「はいはい……あ、僕このパフェがいい」
「却下」
「なんで?」
「なんでって、あのね、男がそんなの食べてたらみっともないでしょ私に恥じかかすつもり?」
「つもりって言われても。食べたい物は仕方ないし」
「……いいわ。パフェは私が頼むから、ちょっとわけてあげる」
「わかった。それでいい」

 ことん。

「来たね」
「そうね」
「おいしそうだね」
「そうね」
「……」
「何黙って見てるのよ。そっちにもスプーンあるでしょ。それで食べたら」
「……うん」
「……何か、変なこと考えてなかった?」
「いや、別に」
「……そう……ねえ、本当に変なこと考えてなかった?」
「ないって」
「……そ。じゃああげない」
「え? なんでー」
「別に、なんでもないわよ。でもあげない」
「約束じゃんか」
「そんなに食べたい?」
「うん」
「じゃあ、一口だけね」
「うーん……うん」
「んじゃ、ほら」
「うん」

 ぱく。

「……美味しい?」
「うん」
「そう。よかったわね」
「うん。よかった」
「……」
「ん? どうしたん? スプーン見つめて」
「……別に……やっぱ、これいらない。あげる」
「え? だってお前、一口も食べてないじゃん」
「いいの。やっぱいい。あげる。全部食べて」
「ふーん。別にいいけどね。じゃあもらいっ」
「……ばか」
「え?」
「なんでもないっ」

 ふたたび、がたんごとん。

「帰りは電車、空いててよかったね」
「そうね」
「しかし、ずいぶん買ったなあ」
「そう? これでも手加減したつもりだけど」
「これで? マジですか」
「マジよ。何、重かった?」
「そりゃもう」
「……そんなに? 本当に、重かった?」
「いや、ほんとはそんなでも」
「……なに言ってんだか」
「ん? どしたん?」
「だから、なんでもないっていってるでしょ」
「なんか今日、怒ってばっかだな」
「……誰のせいよ」
「……僕?」
「それ以外いないじゃない」
「……じゃあ、僕なんか誘わなきゃよかったじゃん」
「え?」
「だからさ。どうせこうなることはわかってたんだし、僕じゃなくて友達とでも行けばよかったんだよ」
「……それは、その」
「そうだよ。お前友達多いしさ。僕より力ありそうな男友達もいそうだし。そういう人でも誘えばよかったんだよ」
「……そんなの」
「なに?」
「……そんなの、いや。私は……兄さんと一緒に行きたかったんだから」
「はい?」
「そーよ、私は兄さんと一緒に買い物に行きたかったのよだから昨日どんな服着てこうか一生懸命考えたしどんなこと話そうか一生懸命考えてて眠れなかったしこの前のゲームで勝つために一生懸命イカサマ考えたんだからっ」
「……あれイカサマだったのか?」
「そこはどうでもいいのっ……とにかく、その、不機嫌にさせちゃったんなら……ごめんなさい」
「いや、ほんとは怒ってないけど」
「……え?」
「いや、お前ってさ。慌てると本音出るじゃん。今日なんか隠しごとしてたみたいだから、ちょっと揺さぶってみたんだけど」
「……」
「あれ? どした?」
「……」

 ごん。

「……痛い……」
「……ばか」
「いや、確かにさっきのはちょっと悪かった」
「ちょっと?」
「すごく悪かった」
「反省してよね」
「うん。する」
「……なんか怒鳴ったら疲れちゃった」
「んー。そいやさっき眠れなかったって言ってたな。少し寝たら?」
「……うん。そうする。ついたら起こして」
「おう。肩貸そか?」
「いらない……ううん。やっぱお願い」
「素直じゃないなあ」
「もうそんな歳じゃないのよ。大人になると段々捻くれてくるもんなの」
「そうかねえ? 僕にはまだ随分子供に見えるけど」
「……どこ見ていってんのよ。まあ、いいわ。おやすみなさい」
「うん」

 ゆさゆさ。

「……にゅぅ」
「おーい」
「……にゃあ」
「もうすぐつくぞ」
「……まだにぇむいぃー」
「変な声出してないで。寝過ごしてもいいのか?」
「ううぅ……お兄ちゃあん、もうちょっと眠らせてよぅ……」
「……は?」
「ううん……って、あっ、もう着いてるじゃないっ、なんで起こしてくれないのっ」
「いや、起こしたけど」
「言い訳はいいから早く降りるっ、ほら、忘れ物しないでねっ」
「……はいはい」

 ばたばた。

「はぁ。なんか最後までばたばたしちゃったわね」
「そだね」
「『そだね』じゃないわよ。兄さんがちゃんと起こしてくれないから」
「いや、起こしたってば。あ、そう言えば」
「なによ?」
「さっき、お前僕のこと『お兄ちゃん』って呼ばなかったか?」
「え? それは……その、寝ぼけてたのよっ」
「ふーん。そうなんだ」
「そうよっ」
「……そう言えばさ、いつからお前、僕の呼び方が「兄さん」になったんだっけ?」
「……いつから、かな? もう結構経つわよね」
「なんか。懐かしい呼ばれ方な気がした」
「……変なこと言わないでよ」
「変なことって言われても、本当にそう思えたんだし」
「そう……ねえ、兄さんは、その……前みたいな呼び方のほうがいい?」
「え? いや別に。お前の呼びたいように呼べばいいんじゃないの?」
「そんなもんかしら?」
「そんなもんでしょ」
「……まあ、そんなもんね。んー、じゃあね」
「なに?」
「久しぶりに……あ、さっきの寝ぼけは数に入れないで……久しぶりに、懐かしい呼び方してみる。それで、しばらくはその呼び方しない。そんなの、どうかな?」
「いや、なんか意味あるのそれ」
「別に意味なんかないわよ。ただ、そうして見たいだけ」
「ふーん。じゃあ、してみれば」
「なんか気が入ってないわね。ま、いいわ。じゃあ、ちゃんと聞いてね。一回しか言わないからね。しばらく聞けないんだからちゃんと聞いてね」
「はいはい。早く言えって」
「うん。じゃあ、言う。えーとね、

 お兄ちゃん……大好きっ」

「……え? その、なんて?」
「一回しか言わないって言ったでしょ。だからもう言わない。ほら、さっさと帰るわよ」
「う、うん」
「あ、夕日。きれいね」
「うん」
「……なんで気のきいた台詞のひとつも出てこないかしらね」
「……いや、お前にそんなこと言っても仕方ないじゃん」
「ははっ、それもそーね。あ、そだ。兄さんの服も買っといたから、家に帰ったら着てみて」
「そんなん買ってたの?」
「そうよ。兄さんに任せたってどーせろくなもの買わないんだから、私が選んであげたんだから感謝してよね」
「なんか納得いかないけど。うん」
「それ着て、また……遊びに行きましょうね」
「……うん」
「よろしい。そんじゃあ……」
「わっ、急に引っ張るなって、荷物が落ちるだろっ」
「いいのいいの。さ、早く家に帰りましょっ」

 とたとたと。
 夕日の中、二人は、二人の家へと、歩いていく。

永遠の少女

1.

 3丁目に住むばーさんは、町内でも有名な元気のよい年寄りで、よくそこらへんの子供達を連れて山やら河やらで遊んでいるらしい。
 らしい、というのは私はもう子供と言う歳でもないので、そう言った遊びに付き合うことはなかったからだ。
 だが、その日ばかりは事情が違っていた。
 なんでも、隣町に大きなアミューズメント施設がオープンして、子供達は大抵そっちに流れてしまったそうだ。
 で、運悪く散歩していた私は、ばーさんにとっ捕まって山登りをする羽目になってしまったのである。
「おばーさん。もうずいぶん登ってるけど、一体どこまで行くんですか?」
「若いくせにだらしないねえ。もーちょっとだから、がんばれや」
 何回目の『もーちょっと』なのかはすでに数えるのを止めていた。
 細い山道を登りながら、その後数回の『もーちょっと』を繰り返していると、急に視界がひらけた場所に出た。
 一面の草原。前を見ると、上には青空、下には町並み。
 風が吹き、草が揺れる。
「あんたはまだ連れてきたことなかったっけねえ。どーだい、これがアタシたちが住んでる町さ」
「……」
 そう言って、ばーさんは、無邪気に笑いながら草原を駆けていく。
 ふと。
 その姿に、小さな女の子が重なったような気がした。
「どーしたい?」
「いえ……あー、きれいですね」
「そーだろー」
 そう言ってばーさんは、大きな口をあけて、にかっと笑った。
 なるほど、と思う。
 たぶん、このばーさんは、永遠に少女なのだろう。

(ぱっと思いついたのがこれ。どーか)

2.

「どこまでも終わることなく、永遠に続く……今の私って、永遠の少女ってカンジ?」
「いいからさっさと原稿描け」

 状況は絶望的。締め切りは明日。むしろもう今日。

3.

 透き通る様に白い肌を紅く染めて、彼女は立っていた。
 周囲には、錆びた鉄の様な匂いが立ち込めている。
 ……それは、僕の両親の血の匂い。
 ぽたり、と彼女の細い指先から雫が垂れ、床に血溜りを形作る。
「ごめんなさい」
 と、彼女は鈴の様な声で言う。
「喉が、乾いちゃったの」
 その瞳は、僕の事を見ている。
 それは、食卓の上に置かれた料理を見る目。
 一歩。彼女が僕の元へと近づく。
 僕の喉が引きつったような音を出す。
 逃げることは出来ない。
 足が……いや、全身が動かない。
 それは、恐れによるものもあるけれども。
 それよりも、強く。
 僕は、彼女を美しいと思っていた。
 彼女は、ゆっくりと僕の顔へと手を伸ばす。
 そして、僕の顔を覗きこみ、興味深そうな顔をして、
「あなた、綺麗な顔をしているのね。ねえ、私ね、ずっと、一人だったの」
 そう言いながら、冷たく、笑って。
「だから……私と、遊んでくれない?」
 そう、言った。

 そして、僕の永遠が始まった。

4.

「こんこーんっ、っと。おとーさん、入ってもいい?」
「ん? ああ、いいぞ。入れ」
「はーい。じゃーんっ」
「って、なんだお前、その格好は」
「へへ。似合う?」
「似合う? ってなあ、式は明日だろうが。少し気が早いぞ」
「そんなこといーじゃない。ね、似合うかな?」
「まあ、ま……」
「『馬子にも衣装』なぁんて、つまんないこと言わないでよね」
「……まあ、そこそこ似合ってんじゃないのか?」
「なぁんか、気持ちが入ってないことばー」
「あーあー、きれいきれい。それはいいから、明日も早いんだしさっさと寝ろ」
「やっぱり気持ち入ってない……って、あ、ビール飲んでる。私にもちょーだい」
「……お前、酒飲めるんだっけか?」
「んー。ちょっとだけ」
「やめとけ。明日に残ったらどうする」
「いーじゃない。固いこと言わないでさ」
「……まあ、ちょっとだけならな」
「わーい。……ん? どうかした?」
「いや。お前と一緒に酒飲みするようになるとはなあ」
「なに言ってんの。やだなあ。感傷的になるのはちょっと早いんじゃない?」
「まあ、そーかもな」

「ねえ。おとーさん」
「なんだ?」
「あのさ……だっこしてくれない? 子供のころみたいにさ」
「……お前、もう酔ってるだろ。歳考えろ歳そんなことできるか」
「いーじゃない。ね、ね」
「……ちょっとだけな」
「わーい。……ふふふふふー」
「変な笑い声出すな。重いからさっさと降りろ」
「酷いなあ。ふつーこんなおっきな娘はこーゆー風になつかないものだよ」
「こんなおっきな娘なんだから、もうちょっと普通になれ」
「いいじゃない。しばらくさぁ」
「……」

「ねえ」
「ん?」
「おとーさんの匂いがする」
「だろうな。体臭ぐらいある」
「そーゆーことじゃなくて。なんだか、懐かしい匂い」
「まあ、そうだろうな」
「……あのさ」
「なんだ」
「私……上手くやってけるかな?」
「なに?」
「私、1人暮しとかしたことないし、家事全般ダメな方だし、見ての通り子供っぽいし。こんなんで、ちゃんとやってけるのかな」
「後悔してんのか?」
「ううん。そんなんじゃない。でも……なんだか、不安なの」
「まあ、確かにお前は要領悪いしダメだし子供っぽいしで、俺からしても不安だな」
「……ひどい」
「でも、ま、ダメさで言ったら俺の若いときだって大差ない……むしろ俺の方が悪かったし、それでもなんとかここまでやってこれたんだから、なんとかなるんじゃないか」
「……そうかな」
「それに、お前は1人じゃないだろ」
「え?」
「お前の惚れた相手だろ。ちっとは信頼してやれって。あと、俺達もいるしな」
「うん」
「まあ、どーしてもしんどくなったらこっちこいや。また酒飲みつきあってやるって」
「……そんなことならないよっ。私たち、らぶらぶだしっ」
「また脳天気なこと言ってんな。まあ、その方がお前らしいしな」
「うん。……ありがと。元気でた」
「おう。って、もうこんな時間だ。寝ろ寝ろ」
「なんだかまだ子供扱いだなぁ。まあいいや、お休み、おとーさん」
「ん。お休み」



 そう言い残して、娘は部屋から出ていった。
 その後ろ姿を見送りながら、俺はビールを一口飲む。
 不安、か。
 いつも脳天気そうにしている娘だから、そんなことを考えていようとは、思ってもいなかった。
 ふと、窓ガラスに映りこんだ自分の顔が目端についた。
 若いつもりでいたが、その顔に刻まれた皺は随分と深くなっている。
 俺も歳をとる筈だ。
 あの、小さかった子が、結婚するような歳になったのだから。
 それでも、目を閉じると、あの頃の小さな少女が目に浮かぶ。
 小さくて、可愛らしくて、ちょっと生意気なあの子が。
 たぶん、これはこれから一生消えることはないだろう。
 たとえば、あの子が俺と同じ歳になったとしても。
 そう。
「永遠の少女に乾杯、か」
 呟いて。
 少し気障だったかと自分でも思い、俺は苦笑いを浮かべた。

機械少女(感情発展途上型)

 彼女はクールが売りな最新型アンドロイドである。
 その実に端正な作りをしたお顔は、常に一定で崩れることを知らない。
 てんで。
「……何をなされるのですか?」
 ちょっと、ほっぺをつまんでびみょーんと伸ばしてみた。
 ぷにぷにと柔らかくて、よく伸びる。
「……お食事の準備がありますので、やめて下さいませんか」
 こーゆーことをしても反応は極めてふつー。ちぇ。
 つまらないので手を離す。
 よく出来てるもので、つまんだ部分はほんのり紅くなっていた。
 なんか、照れてるみたいでかわいい。
 しかし、彼女はそんな顔のまま、
「……お食事が出来ましたらお運びします。それでは」
 と普段どおりに部屋から出て行こうとする。
 と、その途中で。
「……ところで」
 こちらを振り向き、先ほどと同じほんのり紅いほっぺのまま言う。
「先ほどのような行為は、出来れば以後止めていただけないでしょうか」
 それだけ言うと、彼女は部屋から出ていった。
 そう言う彼女の顔は、なんだか困り顔のようにも見えた。
 うん。
 次は、どんなことをして困らせてみようかな。

(ヤなやつだな主人公)

隣のお姉さん

 そこで、物語は止まっている。

 背は頭1つ分高かった。
 腰まで伸びた髪がきれいだった。
 そして、彼女はいいにおいがした。
 別れのとき、僕は何も言わず、ただうつむいているだけだった。
 ひょっとしたら、涙を流していたかもしれない。
 そんな風にしている僕に、彼女は少し困ったような顔をしながら、そっと、おでこにキスをしてくれた。
 またいつか遊ぼうね、と言い残して。

 ぴんぽん、というチャイムの音で目を覚ました。
 どうも眠ってたらしい。
 昔の夢を見ていた。
 もう、小学生くらいのころの夢だ。
「……なんで、今になってあんな夢見たんだろ」
 頭をひねる。
 別れ。
 たしか、引越しか何かが理由だと思うが、よく覚えていない。
 ともあれ、あれ以来彼女には会っていない。
 僕の初恋の、あの人に。

 もう一度、ぴんぽん、という音がした。
 そうだ、その音で目を覚ましたんだから、お客さんが来たと言うことだ。
 出なきゃ。
「あ、はい」
 そう答えて、安普請のアパートの床を軋ませながら、玄関へと行く。
 そして、扉を開ける。

 そこに、一人の女の人が立っていた。
「あ、ども。こんにちはー」
 背は、僕よりも頭1つ分低い。
「はじめましてー。わたし、今度となりに引っ越して来た者なんですけど」
 髪は、肩までで切られていた。
「で、引越しそばなんかもってきたんですけどー。って、あの?」
 だけど相変わらず、いいにおいがした。
「聞いてます? って、あれ?」
 そう言って、彼女は上目遣いに僕の顔を覗きこむ。
「……きみって、もしかして」

 そして、物語はまた転がり出す。

(お姉さん萌えつーよりは、主人公萌えなのではないかこれは。
個人的萌えポイントはおでこにキス、二人称「きみ」、再会)

犬と少女

 雨の中、傘を差して、一人歩く。
 楽しくもつまらなくも無い、単なる自然現象の中での行動。
 そんな時。
 ふと、道に子犬がいるのが見えた。
 小さくて、白い。
 が、雨と泥で汚れているせいで、少し茶色い。
 時々、震えたりしている。
 ……寒いのなら、雨の当たらない場所に行けばいいのに。
 と、思った。
 それ以外の事は考えず、その場を立ち去ろうとした。
 ところが。
 その犬は、おぼつかない足取りで傘の中へと入ってきた。
 成るほど、そこならば雨はしのげる。
 理には適っている。
 靴下が汚れるようなこともなさそうなので、放っておく。
 歩くと、それにあわせて犬も歩く。
 しばらく歩く。
 雨は、ざあざあと降っている。
 ふと、下を歩くその子を見ながら、口を開く。
「うちに来る? 大したおもてなしは出来ないけど」
 言葉が理解できている筈は無いだろうが、その犬は小さく一声鳴いた。
 それを、了承と取る事とした。
 さて。
 家に、子犬が食べられそうなものがあっただろうか。
 いや、まず体を洗ってあげるべきだろうか。
 そう言う事を考えるのは、少し、楽しかった。
 雨の中、傘を差して、一人と一匹で、歩いていく。
 もうすぐ、おうちにつく。
 ふと気づくと、何時の間にか、雨は上がっていた。

(世間一般で言う萌えとは違うかもしんない。私は萌えるんですが)