真琴とぱそこん

 それは、ある昼下がりのことだった(森本レオで)

「パソコンがほしいっ」

 と、真琴が叫んだ。

「いきなりなんだ?」

 と、俺は聞いた。
 真琴の行動はいつだって唐突だから、いちいち問いただしていたら切りが無いのだが、人のいい俺は一応相手をしてやる事にした。

「パソコンがほしいの」
「買え」
「自分じゃ買えないから、言ってるのっ」
「働け。そして、金貯めて買え」
「今すぐほしいのっ」

 パソコンは欲しいが金は無く、金は無いが働くのはいやだと言う。
 なんて世間をなめた発言だろうか。

「お前なあ。俺だってパソコンなんて持ってないぞ」
「祐一もほしいの?」
「言葉のあやだ。そもそも、パソコンで何がしたいんだ?」

 まあ、真琴のようなチビジャリが欲しがる理由といえば、大方予想はつくが。

「あのね、いんたーねっとでほーむぺーじ見るの。見たいの」
「ほう」
「えっとね、ほらほらこれ見て」

 と言いながら真琴が俺に見せたのは、真琴愛読の少女漫画雑誌。

「ここここ。ここにね、書いてあるでしょ」

 雑誌の中の、漫画家フリートーク欄を指差す。

「なになに、
『パソコンを買いました〜。インターネットに初挑戦〜。難しかったけど、友達に手伝ってもらって、なんとか自分のホームページを作りました。遊びに来てね。アドレスは……』
 って、この漫画家がホームページ作ったから、それを見たいってわけか」
「うん。そう。そうなの」

 まあ、どうせそんなことだろうと思ったが。

「でもなぁ」
「なによぅ。なんでそんな、いやそーな顔するのよぅ」
「お前の事だから、どーせ、

「わあ、ぱそこんだぁ」
「やったな真琴」
「よぉし、使うぞぉ」

 ………。
 ……。
 …。

「あうーっ! わかんないっ! もうやだっ! こんなやつ、こうしてやるっ!」
「真琴、なにお前パソコンにジャム塗ってんだよ。うわっ、パソコンが火吹いてるじゃないかっ!」
「真琴のせいじゃないもん。真琴のゆーこと聞かないこいつが悪いんだもんっ」

 と、いうことになるのが目に見えているだろうが」
「祐一、結構真琴のまねうまいね」
「そーだろ……じゃなくてだな」
「もーいいよ。秋子さんに頼むもん」

 そう言うと、真琴はきびすを返し、秋子さんのいる部屋へと走り去ろうとする。

「ちょっと、待てっ」
「なによぅ。まだなにか用?」
「なにか用じゃなくてだな。お前、そんなもん秋子さんに言ったら、一秒で了承にされるに決まってるだろ」
「ならいいじゃない」

 お気楽に答える真琴に、ちょっと頭が痛くなりつつ、

「あのなあ。よく知らんけど、パソコンって結構高いだろ。そんなもん秋子さんに買ってもらう気か?」

 秋子さんの職業は未だに不明なままだが、少なくとも女手一つで俺達を養っていくのは、楽なことではないと思う。
 そんな秋子さんに、パソコンのような高価なものをねだるのは、少し気が引ける。
 俺がそのことを真琴に言うと、真琴はしょんぼりとした顔で、

「そっか、そうだよね。秋子さんにあんまりわがままいっちゃダメだよね」
「ああ。そうだぞ」
「……あうー……」

 さすがに秋子さんの名を出されると、真琴も大人しくなる。
 それにしても、相当な落ち込みようだ。
 そんなに、その漫画家の事が好きなんだろうか。
 ……好きなんだろうな。

「……しょうがねえなあ」
「え? どうしたの、祐一」
「そこまで言うなら仕方ない」
「え? 真琴なにも言ってないよ?」
「黙って聞け」
「うん」
「俺がパソコン持ってそうな奴に当たってみるから。とりあえずはそいつの家で見せてもらうって事で我慢してくれ」
「えっ、ほんと? ほんとに見られるの?」
「わからんが、まあ、なんとかなるんじゃないのか?」

 このITとやら革命しかねないとかいう時代だ。
 誰かパソコンぐらい持っているだろう。

「わ、やったぁっ、祐一、ありがとっ!」
「って、こら、ひっつくなっ」

 真琴は心底嬉しそうな顔をして俺に抱き着いてくる。
 こういう風に、感情をストレートに出してくる真琴を見るのは、なんというか、とても、嬉しい。
 嬉しいのだが。

「だから、離れろって」

 このままの体勢では、別の意味で嬉しい事になってしまう。

「あうーっ。うん。じゃあ、早くいこっ。ねえ、誰のところに行くの?」
「ああ、そうだなあ」

 そう言われて、俺も考えてみる。
 しかし、考えてみればいくら時代がITだといっても、こんな携帯電話を知らない奴すらいるような北の辺境で、パソコンなどあるのだろうか。
 知り合いの顔を頭の中で浮かべ、一人、また1人とバツ印をつけていく。
 そうしていくうち、1人の人物の顔が思い浮かんだ。

「北川なら、なんか持ってそうな感じがするな」
「北川、って、祐一と名雪のクラスメートの人だっけ?」
「ああ、知ってたっけか?」
「知らないけど、祐一たちの話にときどき出てたから」
「そうか。まあとにかく、なんかあいつってパソコン持ってそうな顔してるだろ?」
「だから、真琴はどんな顔なのかは知らないってば」
「そうか。まあともかく、そんな顔してんだよ」
「よくわかんないけど、まあいいや。ともかくその北川さんちにいってみようよ」
「よし、じゃあいくぞ。準備しろ」
「うんっ」

 そう言うわけで、俺たちは北川の家へと向かった。

「そう言うわけで、俺たちは北川の家へと来たのだが」
「どっち向かって言ってんだ相沢」
「気にすんな。まあ、予想通りパソコンもあったことだしな」
「ところで俺がパソコン持ってそうな顔って、お前が想定してたパソコン持ってそうな顔ってどんなんだ」
「聞きたいか? 本当に?」
「いやいい、やめておこう」
「そうしておくのが無難だろ。よし、真琴。さっそく作戦を開始するぞ」
「おーっ」

 俺は真琴に号令をかけ、時計を合わせて状況開始しようとしたが、そこに北川の制止がかかった。

「ちょっと待てって。お前ら、口ぶりからするとパソコン触ったことなんてないだろ」
「まあな」
「ないよ」
「やっぱりな。てことは、操作方法とかもぜんぜんしらないんだろ?」
「まあ、そうとも言うかもな」
「うん。知らない」

 俺たちの返答に、北川の奴はやれやれ、と言った顔で、

「そんなお前らに、俺の大切なマシーンをいじらすわけにいくと思うか?」
「思うんじゃないのか?」
「思うと思う」
「思わないんだよっ。いいかあ、この子はなあ……」

 と、北川はなにやら専門用語を並べ始めた。
 よくわからないが、このパソコンの自慢をしているらしい。
 語っているうちに気持ちがよくなってきたのか、俺たちのことを無視して喋りつづける北川のことは置いといて、俺は真琴の方を見る。
 真琴も北川の言っていることはよくわかっていないようだが、どうも雲行きが怪しいということには気づいたらしい。
 声を潜めて、俺に話しかけてくる。

「……ねえゆーいちぃ、こいつの話、いつになったら終わるの?」
「むー。パソコンマニアは語り始めると長いからな。仕方ない。俺が適当に相手しておくから、お前はパソコンいじってろ」
「うん。お願いね。でも、どうしたらいいのかな?」
「俺も詳しいわけじゃないが……とりあえずそれが電源だろ。それを押して、あとはそのマウス……えーと、コントローラみたいなもんを動かせば画面の中の矢印が動くから。それをなんかめぼしいもんに合わせて、その、左側のボタンを2回押してみろ」
「……なんだか、難しいよう」

 真琴にはちょっと高度すぎたかもしれない。
 が、聞く所によればパソコンとはしょせん馴れ次第であるらしい。
 だったらいじっているうちになんとかなるだろう。

「よし、いっとけ真琴」
「うん。やってみる」

 さて。
 真琴をパソコンに向かわせたところで、俺は先ほどから延々と語りつづけている北川に向き直る。

「というわけだから、真琴にパソコンを使わせてもらうぞ」
「やはりなにが『というわけ』なのかわかんねーぞ相沢。人の話聞いてたか?」
「まあな。円高ドル安とか失業率とか児ポ法なんかに関するコウショウな話題だろ」
「まったくもって違うっての」
「まあいいじゃないか。見ろ。このはじめてパソコンに触れる真琴の無邪気かつ好奇心にあふれたツラを。こんないたいけな少女の願いを、お前は聞けないというのか? それでもお前は男なのか?」
「む、それを言われると辛い、が」

 俺の言葉がクリティカルに効いたようで、北川は黙り込んでしまった。
 今だ。もう一押しすれば、この触覚兄ちゃんを陥落することができるはずだ。

「まあ、そういうわけだから多めに見てやってくれ。それに、別に難しいことをしようってんじゃない。ただちょっとホームページを見せてもら、」
「ホームページ、だあ?」

 と、俺の言葉を途中でさえぎり、北川が悪魔のような顔で復活した。

「お前なー、ホームページってのはなー、そもそもなー、」
「ぐっ」

 しまった。
 とかくパソコンマニアってのは細かい言葉遣いに拘るものなのだ。
 転校する前の知りあいにもそういうやつがいて、「ハッカー」と「クラッカー」の違いを一晩中かけて図解入りで必要以上に懇切丁寧に教え込まれたことがある。途中から関係ない話になってしまって非常に辛かった。

「いいか。よく聞けよ。そもテッド・ネルソンが」
「むむむー」

 しまった。知らない人名を聞くととたんに眠くなってしまう。
 その学歴社会の弊害とも言える症状に必死に立ち向かいながら、俺はちらりと真琴の方を見る。
 真琴は、

「あうーっ、やっぱりわかんないようー」

 とか唸りながら必死にマウスを操作していた。
 画面を見つめるその目は、真剣そのものだ。
 そうだ。こいつはいつだって、バカみたいに不器用で、そして一生懸命な奴なんだ。
 俺は、そんな真琴の願いをかなえてやりたい。
 だから。

「まあそれはそれとして北川。ちょっとこっちに来てみ」
「なんだ相沢。まだ話は途中だぞってなにしやがるっっっ」
「なにって。卍固め」

 英名オクトパスホールド。
 俺の尊敬するプロレスラーの十八番だ。
 ちなみに主にアゴとかを尊敬している。

「技の名前を聞いてるんじゃないっ、突然何をするのかと聞いてるんだっ」
「いや。一生懸命な真琴に邪魔が入らないように、お前を拘束することにしたんだがな」
「一生懸命って、うがっ、なに勝手にいじってんだよ真琴ちゃんっ」
「あう?」
「あー、真琴。いいから。こいつの言うことは無視していいから」
「うん」
「ぬわっ、とても素直な真琴ちゃんっ」

 俺と北川が見ている前で、真琴はパソコンを操作する。
 なにか指示してやりたい所だが、あいにく俺も詳しくは知らない。
 と、どうやら真琴はなにか思いついたようだ。

「ねえ祐一」
「どうした真琴」
「この、かわいい絵のところでつついたら、どうなるかな?」
「うむ。漫画っぽい可愛らしい絵だな。あやしいぞ。やってみろ」
「うん。あれ? なんかいっぱい出てきたよ」
「むー、とりあえずどれか選んでみたらどうだ?」

 俺がそう提案すると、

「バッ、やめっ、それは俺の秘蔵のムー、」
「ちょっと黙ってろ北川」

 技をちょいと強めにかけてやった。
 北川は何かが潰れたような声を出して、それ以上言葉を発さなくなる。
 これでよし。

「じゃあやってみるね。えいっ」
「なんか画面が出たな」
「うん。そうだね」

 ……。
 そして。
 なんというか、その。
 この国において18年未満しか生きていないものは見ちゃダメなような気がしないでもない映像が、流れた。

「……あう? ねえ祐一。この人たち何してるの?」
「うおっ、見るな、見るんじゃない真琴っ、早くそれを止めるんだっ」
「そんなこと言われたって、止め方がわかんないわよぅ」
「この、北川っ、おまえなんてものを真琴に見せるんだっ」
「ちょっ、俺は、ちゃんと止めっ、」
「うるせえっ」

 思わず、技をさらに強くかけてしまった。
 ごきゅ、という音がした。
 見ると、北川が口から白いものを吐いていた。
 目も、なぜか黒い部分が無いような気がする。
 ……。
 やべ。

「……おい真琴。帰るぞ」
「えー、まだほーむぺーじ見れてないのに?」
「これ以上ここにいると国家権力に通報される危険がある。それはいやだろ?」
「よくわかんないけど、たぶんいやだと思う」
「よし、なら逃げるぞ」
「うー。わかったわよぅ」

 不満がる真琴を引っつかみ、倒れた北川は一応生きてることを確認したらほっぽらかしにして、俺たちはその家から立ち去った。
 若干、北川には悪いことをしたような気がしなくもない。

「はあ。結局無駄足だったね」
「そうだな。世の中ままならんものだ」
「そんな意見は聞きたくないっ。ねえ、どうにかならないかなあ?」
「そうだなあ」

 北川の家から逃げだしたあと、俺たちは行く当ても無くとぼとぼと歩いていた。
 いつもそうだ。
 俺はいつだって、こんな小さな願いをかなえることもできないんだ。

「ごめんな、真琴。俺が不甲斐ないばっかりに」
「うん……そうだね」
「いやちょっとは否定しろよ」
「あ、ごめん。でも、祐一はがんばってくれたもん。だからいいよ」

 普段生意気な奴に殊勝にされると、かえって辛い。

「しゃーない。肉まんと漫画買って、帰るか?」
「買ってくれるの?」
「あんまりたくさんはだめだぞ」
「うんっ」

 笑ってくれた。
 それがなによりだと思う。

「よし、まずは本屋に行くか」
「そーしよっ」

 そうして、俺たちは、近くの本屋へと行こうとする。
 と、そのとき。

「あら、真琴に、相沢さん。こんにちは」
「え? あー、美汐ーっ」
「よう天野。奇遇だな」

 俺たちに声をかけてきたのは、三国一のおばさんくささを誇ると専らの評判である天野美汐だった。
 やたらと天野になついている真琴はさっそく美汐に抱き着いていった。
 天野は、困惑しながらも、真琴の頭をいとおしげに撫でている。
 なんかいい光景だ。

「天野は買い物か何かか?」
「はい。ちょっとお茶っ葉を切らしてしまったので」

 買うものがなんだか天野って感じだ。

「相沢さんたちもお買い物ですか?」
「いやまあ、今からはそうだな」
「今から、と言いますと?」
「んーと、だな」

 俺は、天野に今までのいきさつをかいつまんで話した。

「それは……困りましたね」
「そうだろ」
「真琴にヘンなものを見せるなんて、よくないです」

 そっちか。

「それにしても、パソコン、ですか」
「そうなんだ」
「そうなの」

 そう言って、天野は何やら考えこんだ。
 一瞬ちょっと期待したが、それは儚い思いだと打ち消す。
 天野はパソコンが苦手だ。断言できる。証明したっていい。

  1. 年寄りはパソコンが苦手だ。
  2. 天野は年寄りだ。
  3. ゆえに天野はパソコンが苦手だ。

 3段論法で証明されたからには間違いないだろう。

「相沢さん。なにか、今ものすごく失礼なことを考えていませんでしたか?」
「いいや。べつに」
「あやしいです」
「祐一がへんなこと考えているのはいつものことだよ」
「ちょっと待て真琴。それじゃ俺が変な人みたいじゃないか」

 失礼にも程がある。

「ああ、それはそれとして」
「なんだ?」
「私、知ってますよ。パソコンのある場所」
「なにぃっ」

 俺は思わず叫び声をあげてしまった。

「天野がパソコンなんて、知ってるわけないじゃんっ」
「私は島根ですか。相変わらず相沢さんは失礼です」

 天野は、ちょいとへそを曲げてしまったようだ。

「むー、祐一、美汐にあんまりひどいこと言っちゃだめっ」
「ああ、すまなかった。正直意外でな」
「相沢さんは、私をなんだとおもってるんですか?」
「いや、その、天野だなー、って」
「もう、いいです」

 しまった。天野を怒らせてしまった。
 天野は怒ったところでどなったりはしない。
 が、そのぶん根を引くのだ。
 美汐の様子を察した真琴が俺を睨む。

「ゆーいちーっ……美汐、機嫌直して。」
「わーたわーた、俺が悪かったって。天野、機嫌直してくれって」
「別に私、怒ってなんかいません」

 といいつつ、顔はぷい、としている。
 それはそれでちょっとかわいいのだがさておき。

「なあ、真琴のためだと思ってさ」
「あうーっ」
「……そうですね。真琴のだめですから、今回は大目に見ます」

 やっぱり怒ってたんじゃないか。

「えと、それで、なんの話でしたっけ?」
「えーと、あれ? なんだったっけか?」
「もー二人ともーっ、パソコンの話だってばーっ」
「おお、そうだったそうだった」

 真琴に突っ込まれてしまった。

「それで、天野はパソコンのありかを知ってるんだっけ?」
「はい」
「どこだ?」
「私たちの学校ですよ」
「え?」

 そんなのあったっけ?

「はい。私もあまり使ってませんけど、パソコン教室があったと思います」
「そーだっけか?」

 昼間の学校を探索したことは、あまりないからよくわからなかった。

「はい。たしか、インターネットにも繋がっていたと思います。休日も一般生徒には開放されていたと思いますし」
「なるほど。それはいいな。しかし外部の人間が使えるのか?」
「私の予備の制服を貸してあげますよ。管理はそれほど徹底していないらしいですから、それでたぶん平気でしょう」
「ふーん」
「相沢さん、なんですか?」
「いや、天野がそう言う提案をするなんて意外だな、って」
「そうですね」

 そう言って、天野はふふっ、と笑って、

「真琴のためですから」

 と、言った。

「ありがとね、美汐」
「いえ。礼には及びませんよ、真琴」

 そう言って、二人は微笑みあった。
 つられて、俺も笑ってしまった。

「よし、そうと決まったら善は急げだ。まだ時間平気だろうから、さっそく行くぞ」
「うん。そうしよっ。まずは美汐のおうちに行くの?」
「そうなりますね。急ですから、たいしたおもてなしはできませんけれど」
「だいじょーぶだいじょーぶ。さあ、いこっ」

 そういうわけで、俺たちは学校へと向かうことになった。

 そして、俺たちは学校で目標を達し終えた。
 学校には確かにパソコンがあったし、使うこと自体は簡単だったが、3人ともパソコンに詳しくないので、多少苦労した。
 だが、3人集まればなんとやら。試行錯誤の末、なんとか真琴が見たがっていたというホームページへと辿り着くことが出来た。
 そのときの、真琴の嬉しそうな顔。
 それを思い返すだけで、俺は、やってよかったと思うことができた。
 そして、俺たちは今、夕暮れの道を歩いている。

「楽しかったーっ、ありがとねっ、祐一、美汐っ」
「ああ。よかったな」
「よろこんでもらえて、うれしいです」

 夕日に照らされ赤く染まった顔で、真琴が笑っている。
 その真琴見て、天野も笑っている。

「ねー、美汐、たしか学校は明日もお休みだよね?」
「ええ。そうです」
「なら、うちに泊まってかない? 一緒にあそんだり、ごはんたべたり、まんがよんだり、ねたりしよっ。ね?」
「え?」

 いやなぜさらに赤くなる天野。

「はい。そうですね。もう付き合いも長いですし、そういうのもいいかもしれません」

 いやなんか裏の意味がないか天野。

「うん。そーしよ。あ、祐一も一緒にねる?」
「え? あの、その、祐一さん?」
「……あー、その、なんだな」

 いや、真琴は単にスリープするかという意味で聞いてるんだろうが。
 そうなんだろうが。

「真琴、あんまりそういうことは大声で言うもんじゃないぞ」
「そうですよ?」
「え? なんで?」
「なんでも、だ」
「なんでも、です」

 などと言ってから。
 なんだかおかしくなって、俺と天野は笑った。

「?? どーしたの二人とも。なにかあったの?」
「いや、べつに」
「そうですね。べつに、なんでもないです」
「……へんなふたり」
「まあいいってことよ。よし、帰るぞ真琴。天野は本当に来るのか?」
「えっと、そうですね。はい。お邪魔させてもらいます」
「うんっ、じゃあ、早くかえろっ。きっと秋子さんと名雪が待ってるよっ」
「ああ。そうだな」

 俺たちは家路に着く。
 前には小走りで走ったり戻ったりしている真琴と、それを見つめている天野がいる。
 それを見ながら、思う。
 これ以上、望むものなんてない、と。
 そうして、やがて。
 俺たちの家が、見えてきた。

 どーでもいいことだが。
 学校に行く途中。
 なにやらファンファンとサイレンを鳴らしながら走る白い車が、北川の家に向かっていた気がした。
 考えるとこわいことになりそうなので、俺は全力でそれを頭から追い出すことにした。
 まあ。たぶん平気だろう。
 北川だし。

終われ。