時計の音が妙に大きく聞こえた。
 外を見ると、雪が降っていた。
 珍しいことじゃない。
 この町では、雪は毎年降る。
 変わらない風景。
 変わらない時間。
 でも、変わってしまったことが一つ。

 祐一は、もうこの家には来ない。

 あれから。
 私が祐一に、ふられてから。
 祐一がこの町を嫌いになってから、一年。
 何度か手紙を送ってみた。
 返事はこなかった。
 何度か電話をしようとした。
 怖くて出来なかった。
 そうして、一年。
 静かに流れる一年。
 今年は駄目だったけど。
 でも、来年になったら。
 来てくれるかな。
 そしたら嬉しい。
 早く明日になって。
 そして、あさってになって。
 春が来て、夏が来て、秋が来て。
 また、雪の降る季節になって。
 何度かそんな風に過ごしたら。
 いつか、祐一はまた来てくれるかな。
 きっと、また来てくれるよね。
 そうしたら、この家ももっと賑やかになるよね。
 お母さんは大好き。
 お母さんといれば、私は笑っていられる。
 でも。
 二人きりじゃ、この家は広すぎるから。

 早く明日になればいい。

 だから早く眠ろう。眠っていれば時間は早く流れるから。
 だけど、肝心なときに起きられなかったらだめ。
 だから、いっぱい目覚し時計を買おう。
 時間がきたら、ちゃんと目を覚ますことが出来るように。

 *

「……で、それがなんだって?」
「私がよく眠るという設定の、悲しい裏話だよ」
「俺には、朝寝坊した言い訳にしか聞こえんっ」

 私達は、いつものごとく学校までの道のりを全力で走っていた。

「うー。でも、今日寝坊したのは祐一も一緒なのにー」
「やかましい。初犯と常習犯とじゃ罪の重さが全然違うんだ」
「うー」

 なんでもないやりとり。
 いつも、ちょっといじわるないとこの少年。
 そんな彼といられることが……とっても嬉しい。

「おっ、このペースならなんとか間に合いそうだなっ、とばすぞ名雪っ」
「了解、だよっ」
「って、ちょっと待てっ! お前に全力出されたら俺じゃ追いつけないだろうがっ!」
「祐一、注文が細かいよー」

 あれから時間が経って、私も少しは強くなれたと思う。
 友達も出来た。
 やりたいことも見つかった。
 お母さんも元気。
 たとえば。
 もし、祐一に好きな人が出来たとしても。
 もう、私はあのときみたいに止まったりしない。
 おめでとう、って言えると思う。
 でも。
 もし。

「なにぼぉっとしてんだ名雪っ、さっさと靴履き替えて行くぞっ」
「わ、祐一、廊下を走ったらだめだよっ」

 もし、祐一が私のほうを向いてくれたとしたら。
 そうしたら。
 私は、もう眠ることに頼らなくても大丈夫になれるかもしれない。

 そしたらきっと、もっと幸せだよね。
 
 
 
 

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