『じゃあ、このジュース、あげるよ』
ぱくぱく。
『え? いいの』
どきどき。
『うん。もう飲んだし。じゃ』
かぷ。
『あ……行っちゃった。
……ごくごく……え? これって』
がしがしがし。
がし?
「いった―い!」
指が急に痛くなって、あたしは読んでいたマンガを放り投げた。
口の方を見ると、あたしはなぜか自分の指をくわえている。むしろかみついてる。
なんで? 確かに、さっきまで大好物の肉まんを食べながらマンガを読んでたはずなのに!
「おー」
横の方で声がした。
振り向くと、そこにいるのは大大大だいっきらいな相沢祐一。
え? なんで祐一が真琴の肉まんを持っているの?
あっ、しかももう食べてるしっ!
「なにしてんのよぅっ」
「いや。ここで、世界記録の見届け人になろうと思ってな」
「世界記録?」
「おう」
あたしがわけもわからずにいると、祐一はもったいぶりながら、
「自分の指に噛み付いて、それに何秒気付かないでいられるかと言う世界記録。
いやあ。俺の作戦がよかったな。
お前のマンガにかける集中力と肉まんにかける貪欲さを有効利用させてもらったわけだ」
「誰がどんよくなのよぅっ」
ところでどんよくってなに?
「お前自分で自覚ないのか? 夕飯前にばくばく食いやがって。そんなんだと太るぞ」
「うるさいっ! よけーなおせわっ!」
「まあそう言うな。運良く俺は今、真琴愛護週間だからな。太らないよう協力してやろう」
そういうなり、祐一はあたしの肉まんに、ぱくっと食いついた。
あ、肉汁のにおいがする。おいしそ。
じゃなくってっ!
「あぅーっ、なにすんのよっ!」
「言った通り、お前のダイエットに協力したまでだ。アナタヤセルワタシオイシイミンナシアワセ」
「ヘンな外人になってごまかさないでっ」
あたしは祐一に近づき、その頭をぽかぽかと殴った。
今のあたしのパンチは、食い物の恨みは恐ろしいモードで1.5倍のこうげきりょくだ。
これなら、祐一だって。
祐一だって……。
「うん。うまいぞ」
平然と肉まん食べてるーっ!
「あぅーっ、ゆーいちのばかばかばかばかばかばかばかばかばかー!!!」
「あー、うっせー! 耳元で大声出すなっ、近所迷惑だっ」
「だったら返しなさいよっばかーっ」
「まったく、意地汚いヤツだな」
「どっちがよっばかーっ」
「あーもー馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ馬鹿っ!」
「それなら祐一の方がばかじゃないのようっ!」
そうこう言い合ううちに、下から騒ぎを聞きつけた秋子さんがやってきた。
さすがの祐一も秋子さんにはかなわなくて、あたしは祐一を部屋から追い出し、肉まんを取り戻すことができた。
でも、肉まんは祐一に食い散らかされて、もう半分も残っていない。
祐一なんかに食べられて、可愛そうな肉まん。
せめて、残りは真琴が食べてあげるからね。
小さくなった肉まんを、口に近づける。
そのとき。
さっき読んだマンガのセリフを、思い出した。
『……間接キス。なのかな?』
……。
ひょっとして。
これも。
間接キスに、なっちゃうのかな。
でもでも、気にすることは無い。
相手は祐一だもん。
ただの馬鹿だもん。
そう。
好きな人が相手じゃないと、どきどきなんてしないって、書いてあったし。
……。
でも。
どきどきしちゃったら、どうしよう?
そんなはずはない。
真琴は。
あたしは。
祐一のことが憎いんだから。
憎い、はずなんだから。
……。
試して、みよう。
あたしは、手に持つ食べかけの肉まんを、そっと口に近づけ……。
「おいっ真琴。メシだメシいつまでも肉まん食ってんな」
ぶっ。
突然部屋に響き渡る祐一の声。当然、その前にノックなんかありはしない。
「なっ、なっ」
「な? 名雪ならもう下に行ってるぞ。お前も早くしろ」
「違うっ。なに考えてんのよっ! ノックも無しに部屋に入るなんてっ」
「まあ、お前は真琴だからな」
「理由になってなーい!」
あたしがそのへんにあるものをぶんぶん投げつけると、祐一は「さっさと下にこいよ」と言って部屋から出ていった。
はあ。まったく。本当にばかなんだから。
……あれ?
手を見ると、そこに肉まんは無い。
落としたのかな? とおもって床を見ても、転がってたりはしない。
その代わり、口の中には食べなれた残り味。
びっくりして食べちゃった。
味わう暇も、どきどきかどうか試す暇も無く。
「……」
意味も無く天井を見る。なんだかほっとしたような勿体無かったような残念なような。
ま、どきどきなんて、するはずないけどね。
祐一だしね。
と、下であたしをよぶ秋子さんの声が聞こえた。
さっさと行かなきゃ。
階段を降りながら、あたしは思う。
まったく、祐一はとんでもないやつだ。
ぜったい、いつか、ぎゃふんといわせてやる。
ぜったい。
いつか、きっと。
それまで、逃がさないからねっ!
いっしょに、いるんだからね。